『脱炭素』で“復権”にらむ?菅政権下の経産省[2020/12/30 10:34]

政府は25日、2050年の温室効果ガス「実質ゼロ」に向けたグリーン成長戦略、そしてその実行計画をとりまとめました。

「成長の制約ではなく、成長戦略としていく」。
菅総理が会見でこう強調したように「成長戦略」という名を冠したこの計画。
洋上風力、水素などで野心的な数字が盛り込まれましたが、その狙いや実現可能性、また菅政権下での経産省を検証します。

●菅政権誕生に不安感拡がる〜風向きが変わった所信表明演説

2020年9月、菅新政権誕生。その影響を一番受けると目されていたのが、経済産業省でした。出身者が「官邸官僚」として重用されたことから、「経産省内閣」と言われてきた安倍前政権。後を継いだ菅総理が信頼を置くデービット・アトキンソン氏の主張は、経産省が進めてきた中小企業政策とは相容れないもの。

さらに安倍政権で看板政策の検討を担ってきた「未来投資会議」も「成長戦略会議」に改組され、省幹部からも「これまでと政策の作り方が変わるかも」「政権がかわったのだから、それに合わせて仕えるのは官僚の矜持」など、体制が変わったことによる変化を受け入れざるを得ないという表情が垣間見えました。

しかし、風向きが変わり始めたのは10月26日、菅総理の初めての所信表明演説でした。「成長戦略の柱に『経済と環境の好循環』を掲げて、『グリーン社会』の実現に最大限注力してまいります」。こう語った上で、「2050年温室効果ガス『実質ゼロ』」を宣言したのです。梶山経産大臣も同日に会見し、「経産省が“主導的に”取り組んでいく」と強調しました。

そもそも総裁選の際、出馬や就任の会見で「グリーン」という文言はありませんでした。「実質ゼロ」自体は安倍政権時代から検討されていましたが、ここにきて所信表明に盛り込んだ裏側には、経産省やその関係者によるアプローチがあったとされています。

●走り出した実行計画

その「グリーン成長戦略」の策定作業は、急ピッチで進みました。各分野について、中身を詰めていく作業は、発表直前まで約2か月のあいだ、連綿と行われました。

「単なる環境政策ならば、経産省はやらない。これは成長戦略なんだ」。
策定に関わった幹部が力強く語ったように、環境対策にとどまらず、産業政策として推進していくための内容が検討されました。中には、現状から飛躍的な技術開発や制度整備がない限り、とても達成できない数字も盛り込まれています。

象徴的なのは自動車です。「2030年代半ばにすべての新車を『電動』にし、ガソリン車をなくす」。「電動」にハイブリッド車を含みこそするものの、EV(電気自動車)はまだ価格が高いことや、そもそも日本のエネルギー比率で二酸化炭素を出す火力発電が多いことなどから、導入に前向きではない企業が多いのも実情です。これに関し、ある経産省幹部は「業界と調整して合意できた数字を出すだけなら、経産省は要らない」と、国が意欲的な目標を立てる意義を強調しました。

また、洋上風力発電については、2040年に最大45GW、稼働率を考慮しなければ大型の火力発電所45基分となる、かなり高い目標を掲げる結果となりました。洋上風力は部品が数万点に及ぶほか、港湾の整備なども求められるため、「すそ野が広い」産業として、今回の実行計画でも筆頭に置かれました。しかし、風車を作る国内メーカーは不在。また発電量が多く見込まれる地域と、使用が多い地域をつなぐ送電線の整備など、越えるべきハードルが残されています。

これらの目標に関し、梶山大臣は「現時点の技術では、達成するのはかなり難しいという印象を多くの人が持つと思う」としたうえで、「機動的に対応していく」と意気込みを述べています。

●経済対策に盛り込まれた「2兆円」基金〜「グリーン」は菅政権の目玉政策に

さらに、計画に先んじて経済対策として盛り込まれたのが「カーボンニュートラル基金」です。水素などの「脱炭素」の技術開発に取り組む企業などに対し、10年間で2兆円の支援を行うものですが、その額については当初、1兆円が想定されていました。しかし、菅総理みずから「1兆円では足りない」として、増額を指示。2兆円に跳ね上がったとのことです。

総理は、24日の講演でも「ポストコロナの世界で次の『成長の原動力』が必要」として「グリーン社会の実現とデジタル化」を掲げ、基金をきっかけに民間投資を促す意義を強調しました。このように、気づけばすっかり目玉政策の一つとなった「カーボンニュートラル」。

経産省幹部はこう分析します。
「安倍政権下の経産省は、ある意味、自分の範疇以外の所に手を突っ込んでいたが、足下のエネルギーは踏み込めなかった」「菅政権になって、政権に迫ることも出来るようになった。通常の業務に戻ったということなんじゃないか」。
また別の幹部は、「梶山大臣を通して総理に直接訴えやすくなったようにも見える」「結局、経産省は一度も落ち目を見てはいない」と強調しました。

●問われる実効性〜財務省からは冷ややかな声も

ただ、この「成長戦略」については、先述のように、今のままではとても達成できない数字も盛り込まれています。「1億総活躍」「全世代型社会保障」など、キャッチコピーを作り、看板政策にしていくのは、安倍政権時代からの経産官僚の特色でもあります。

現に、財務省からは、「あれは『梶山プラン』で各省がオーソライズしたものではないし、内容も当たり障りない」「補助金つければ何とかなるだろう的な印象を受ける」など、冷ややかな声もあがっています。

「成長戦略」を掲げ、2050年に向けた道筋を描いた政府ですが、今後、産業界や家庭などあらゆる階層を巻き込んで、「実質ゼロ」実現に向けたアクションを起こせるのか。実効性が問われることになりそうです。

経済部 中村友美

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