多様化の“先進企業” 実現への突破法[2021/05/01 07:00]

◆新入社員が取締役に 驚きの多様化戦略

IT企業のサイボウズ。3月の株主総会で、新たな取締役が選任された。その顔触れは、当時の新入社員や女性5人を含む17人。そのひとり、入社2年目の山田翠さん(24)は、取締役にも色々な立場の人がいてもいいのでは、と考えていた。

サイボウズ 山田翠 取締役
「気づけなかった穴や問題点が見えてくると思う。いろんな人がみることでつぶしていける、もっと強くなれる。」

17人の選任を機に、自称「おじさん3人」だった経営陣が、一気に多様化した。 この改革を主導したのは青野慶久社長(49)ら経営陣だ。ほぼ全ての情報を従業員に共有し、全員が意見できる開かれた組織作りを目指し、取締役の社内公募に踏み切ったのだ。上場企業では初の試みだ。

サイボウズ 青野慶久社長
「オープンに議論ができる、そういう組織をサイボウズは作りたい」

そもそも、情報共有ツールを提供するサイボウズでは、社内情報の透明性は当然のこととされ、社長のスケジュールや交際費まで社員みんなに共有されるなど、誰もが経営を監視できる体制が備わっている。青野社長らは、社内公募に応募した山田さんら17人全員を選出し、経営層を目に見えて多様化することで「全員取締役」の意識をより浸透させることができると考えたのだ。


◆企業の“多様化”は不可欠

一見奇抜とも思えるサイボウズの取り組み。しかし、多様性を経営戦略に取り入れることは、すでにあらゆる企業にとって必要不可欠だ。
コンサル大手マッキンゼーの2020年のレポートでは「経営層の多様化が進んでいる企業は、そうでない企業に比べ収益が25%高く、その差は年を追うごとに開く」。
またボストンコンサルティングも「多様性に富む企業は収益が38%高い」などと、多くの調査でポジティブなデータが示されている。


◆“タバコ部屋人事”からの脱却 メルカリの危機感

フリマアプリを運営するメルカリでは、去年12月以降、中間管理職以上のポジションへの登用時に、誰をどのような理由で推薦するのかを明記することになった。
誰を登用するかを決める上司が、自分と同じ性別、国籍で、似た経歴といった偏った人物だけを優遇していないかをチェックする目的だ。
例えば、「日本人の男性」という社内の“多数派”を登用するなら、他の社員と比べて、どうしてもこの人でなければいけない理由を客観的に説明することが求められる。これにより、多くの日本企業に未だ存在するであろう、いわゆる「タバコ部屋」で培った表面的な信頼による登用は通用しなくなるという。

このように、積極的に多様性を推進するメルカリを変えるきっかけは、女性や外国人、性的マイノリティなど当事者らによる働きかけだった。外国出身の社員が急増した2018年ごろ、当事者らが始めた、「多様なメンバーが違いを尊重しながらビジネスを進めるには何が必要か?」を考える小さな勉強会が経営層の目に留まり、1年も経たずして人事部門にD&I(ダイバーシティー&インクルージョン)専任チームが誕生したのだ。

重視するのは多様性の先にある「インクルージョン」、つまり個の違いを価値に変えるための施策だ。その一例が、誰もが持つ「無意識バイアス」を適切に理解するための研修。「子育て中の女性は出張ができない」や「外国人は日本企業に合わない」など、普段の生活や文化の影響で無意識に培われた偏見を誰しも持っていることに気付き、日々意識することを習慣化する重要性を学ぶ。性別や属性ごとに抱いてしまう偏見を意識することは、機会均等の担保や個々の成長に直結するからだ。
その他、リーダーシップ育成の一環として行っているのが、直属ではない“斜め上の経営陣”によるメンタリングプログラムだ。業務のフィードバックやキャリアプランの相談を月に一度、半年間行い、社員の能力を高めると同時に、まだ発揮されていない秘めた能力発掘の場ともなっている。
また多国籍の社員が共存するメルカリだからこそ、社内の通訳専門チームが、言語や文化の壁によるミスコミュニケーションを防ぐ架け橋となるなど、誰一人取り残さない、職場環境作りを行っている。

D&I推進の責任者を務める品川瑤子さん(31)は「当社のミッションを達成するには、様々な視点が必要という大前提がある。D&I推進はゴールというより、ビジネスの基盤」だと話す。

メルカリが積極的に多様化推進に取り組むのには理由がある。経営陣やリーダーシップ層には未だ似たような属性が多いのだ。5人の取締役のうち、女性は社外取締役の1人のみ。また20人いる役員で女性は2人、外国籍は男性が2人だ。40の国と地域からの社員が集まる企業として、経営層や管理職の多様化が急務だとして、今年1月CEO直轄の社内委員会「D&I カウンシル」を立ち上げた。

メルカリ 品川瑤子 People Development Team (人材育成チーム)/ D&I Lead
「メルカリも完璧ではないからこそ、D&Iという言葉を使って、多様性の推進を“仕組化”していく必要があった。」

この委員会では、D&Iに関する中長期的な目標の設定や、課題の吸い上げと施策の推進、CEO直轄で実行する。今や1700人もの大所帯であるからこそ、見えづらくなる情報や課題を集約し、D&I推進における各所での認識のギャップを防ぎながら、トップの強い意志によりスピード感をもって実行したい考えだ。

日本の上場企業の現状は、女性役員の比率は6.2%(2020年7月・内閣府)。経団連は2030年までに女性役員30%を目指すとしているが、果たしてこのままのペースで実現可能なのか。


◆20年以上も前から“女性活躍”に取り組む日本IBM

アメリカが本社の日本IBMでは、1998年に女性社員らによって労働環境改善を目的とした社内組織が発足した。この組織の働きかけにより、20年以上前からテレワークを実施したり、10年前に社内託児所を設置したりするなど様々な施策を実現。当事者自らが課題を分析し、提言、それを経営層が支援して素早く仕組み化することを続けてきた。従業員の多様性を尊重する環境の実現こそが、重要な経営戦略の1つであるとするトップメッセージが社内に浸透しており、男性が圧倒的に多い業界ながら、役員は20%が女性だ。

しかし、男性に比べ女性の方が管理職になることに消極的だという傾向はIBMも例外ではない。IBMで管理職候補とみなされた人でも、4割が「管理職になりたくない」と回答したのだ。
女性管理職を確実に増やそうと、2019年に始まった女性向けの管理職育成プログラムでは、部署横断で抜擢された50人が、1年を通してリーダーシップスキルを学び、自分ならではの新たなリーダーシップ像を考える。4割だった“管理職になりたくない人”はプログラム終了後には1割にまで減少。初期メンバーの半数は1年以内に管理職になった。

IBMのD&Iの責任者、杉田緑さんは、ジェンダー格差是正への機運が高まる2021年はまさに、多くの企業が多様性推進に取り組むチャンスではないかと考える。新型コロナをきっかけに、10年以上かかると言われたテレワークが一気に拡大したのと同様、きっとスピード感をもって進めることができるはずだという。

日本IBM 杉田緑 人事 D&I 担当パートナー
「社会全体が変わろうとしている時に変わらなければ、変わりゆくビジネスに対してニーズをつかめなくなる。IBMでも 1990年代の深刻な経営難の時期に『生き残りのためのダイバーシティー』を加速させた歴史がある。」


◆ボトムアップと経営層の意志

強力に多様化を進める3社に共通するのは、いずれもボトムアップをきっかけとし、当事者が声を上げ続けていることだ。それと同時に、経営層がしっかりと耳を傾け、仕組化し、実行する強い意志があることだ。その双方なくして、企業の多様化は成り立たない。
似通った境遇の人が集まる組織は、視点も均一化しやすく、見えないリスクは回避できない。一方、多様な人が声を出せる組織は、多くの視点が加わることで、よりよいプロダクトを生み出せるはずだ。企業の規模や業種に関らず、多様性を活かせる環境があるか否かが、より強い企業へと成長するための土台となる。「生き残りのための多様化」を日本企業は迫られている。

テレビ朝日 経済部 村角恵梨


※写真:日本IBMの女性向け管理職育成プログラム「W50」(2019年)

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