天才ドラマーよよかさん(12)が日本を去るワケ〜「学校は答えを最初から決めている」[2022/04/02 10:00]

2本のスティックが激しく宙を舞う。息つく間もなく次々と叩き出される愉快な音。天才ドラマー、相馬よよかさん(12)。才能は早くから弾けました。9歳でニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」に、また11歳で世界的なドラム関連サイト「ドラマーワールド」の世界トップ500ドラマーに、いずれも史上最年少で選ばれました。アメリカのシンガー、シンディー・ローパーさんや、ロックバンド「ディープ・パープル」のドラマー、イアン・ペイスさんら世界の著名アーティストと共演してきました。

北海道石狩市に住むよよかさんとオンラインで対面したのは小学校の卒業式目前の3月でした。ドラムを叩く激しさとは打って変わって、ふんわりとした存在感。12歳とは思えないほどの深みのある言葉が出てきます。よよかさんは、日本を離れる決意をしていました。世界に挑戦するためだけではありません。もうひとつの理由がありました。

■「1つの答えが最初から決まっている」 “立ちはだかる”学校

「音楽と道徳の授業が嫌いです」とよよかさん。音楽アーティストなのに何故。
「決められたやり方で正確に演奏することが求められ、自分の好きなようにアレンジして演奏できないんです」。道徳の授業では、クラスメイトが自分の考えを発表し、「良い意見だね」と言って拍手し合う。「でも結局、答えは最初から決まっていて、最後に先生が1つの答えに導こうとするんです」。教師や学校の想定にない演奏や考え方は、なかなか受け入れられないと感じました。

小1の時、学校の学芸会でドラムを演奏しました。でも、それ以降、学芸会でドラムを叩くことはありませんでした。ドラムは1人が複数の打楽器を演奏するので、小太鼓や大太鼓など、他の子のパートがその分なくなるからと言われることもありました。ドラム演奏の海外遠征で学校を休んだ時、クラスメイトに欠席の理由を話さない担任教師も多かったそうです。それぞれの個性を見つめてもらえないのだろうか。学校は息苦しいという思いが、よよかさんに募っていきます。夢を大きく膨らませるよよかさんに、立ちはだかったのは「学校」でした。

■幼少期から開花した才能 娘のありのままを受け入れる両親

よよかさんは天才ドラマーと言われます。でも、ちょっと違う気もしています。初めてドラムを叩いたのは1歳半。音楽家の両親は家の中のスタジオに、いろんな楽器を並べていました。赤ちゃんのよよかさんがハイハイで向かうのはいつもドラム。そんなに気になるならと、両親はドラムの椅子に座らせて好きなように叩かせました。授業で使うノートにたくさんの落書きをしていた時、両親は注意せず、ほめました。よよかさんが絵を描くのが大好きだと知っていたからです。

「娘がしゃべりたいときに、好きなようにしゃべらせてあげたいと心がけてきました」。こう言う母親の梨絵さんは、自分の失敗談なども話題にして娘との会話を大切にしてきました。バックパッカーで世界を旅した時、治安の悪い場所で野宿したこと。労働環境が劣悪な企業を1日で辞めたこと。両親は娘のありのままの姿を受け止め、ありのままの親の姿をさらけ出していました。

よよかさんは本も好きです。小学校の図書室で借りて読んだ本は6年間で1155冊。2日間に1冊を読んでいたことになります。こうした環境で、自分らしく、自分の頭で、自由に考える習慣が早くから身についたのかもしれません。

■「アメリカなら色を自由に塗れる」 100点満点を求める日本

「やっぱり、アメリカで学びたい。自然体でいられます」。去年秋、演奏で1カ月ほど過ごしたアメリカで、湧き出る気持ちを抑えられなくなりました。「アメリカ人と演奏していると、色を自由に塗ることができる感じがします。日本での演奏は、まるで塗り絵をはみださないように描くよう求められている気がします」。日本だと点数を付けられ、100点満点を求められる気分になってしまうそうです。

日本が嫌いなわけではありません。日本の食文化や礼儀正しさ、協調性の良い面などを誇りに思っています。「でも、自分の個性や才能を爆発させて表現できる場所に行きたい」。よよかさんは、アメリカに移り、ドラマーとして挑戦する決意をしました。目指すのは点数など付けられない境地。「アメリカには様々な人種、宗教観やセクシュアリティを持った人たちがいます。そうした多様性がある中で、学び、暮らすことが大事だと思っています」。目的意識は明確です。

両親と弟と家族4人で、今夏の渡米を目指します。しかし、道のりは平たんではありません。アメリカの住居費や物価は高く、やり繰りが心配です。「日本では15歳以下の才能ある芸術家を対象にした支援制度がほとんどない」と父の章文さん。両親も就労するためのビザ取得にトライしていますが、当面の生活費は貯金で賄うつもりです。活動を支援してくれるスポンサーも探しています。今後、クラウドファンディングを利用し、世界にいるファンにも支援を仰ぐ予定ですが、うまく行くのかどうか不安もあります。章文さんは言います。「世界のトップを目指すのであれば、できるだけ早く挑戦すべき。12歳のよよかが単身で渡米しても音楽活動はできないので、リスクを負ってでも家族でチャレンジする覚悟です」。

■持続可能でない日本の教育制度 世界で縮む日本

よよかさんの渡米は、日本の教育に問題提起をしています。教育は国づくりの基本です。高いモラル、高い協調性、生真面目さ、高い当事者意識…。日本人が誇りにしてきたこれらの特性は、この教育制度があったからこそです。しかし、協調性は時に個性を奪い、生真面目とは時に思考を制御します。激変を続ける世界の中で、たった1つの決められた答えに導くような教育では、国が凋落するのも無理はありません。

教育の現場からは「ミシミシ」ときしむ音が聞こえるようです。教職員の人員は足りません。家庭教育や社会福祉の機能まで背負わされ、学校現場は悲鳴をあげています。すべての子どもの個性を受け入れる余裕は、なかなか持てないのかもしれません。不登校は増え、いじめはなくなりません。個性を奪われ、自由に、楽しく生きることを拒まれ、イノベーションの芽を摘まれる。こんな教育制度は持続可能ではありません。

もし個性を存分に受け入れる土壌があったなら、よよかさんは、日本でドラムを叩き続けたかもしれません。彼女の周りには国内外から多くの人が集まり、その自由で創造的な発想は社会に伝播し、イノベーションを生むパワーになっていたはずです。

未来を担う才能ある子どもが日本を去る。世界のコンセンサスになりつつある「日本の埋没」を象徴しているかのようです。世界全体のGDP(国内総生産)に占める日本のGDPのシェアは1994年に約18%ありましたが、2020年に6%にダウン。2050年に1.8%に縮小すると三菱総合研究所は試算します。1人あたりのGDPは韓国より低い。国債の格付けランキングは韓国や中国より下。2020年の日本の実質賃金はOECD(経済協力開発機構)の加盟35カ国中、22位。7人に1人の子どもが「貧困」状態。15歳〜39歳の死因の第1位は自殺。これが日本の姿です。

■大人が教える「教育」から、大人も一緒に成長する「共育」へ

「子どもたちの個性をすべて受け入れる」「答えは子どもたちの数だけある」「自分の頭で自由に考える力を育む」。こんなシンプルで当たり前のことを実践するだけで、教育のあり方、国のあり様が変わるのではないでしょうか。日本はあらゆる分野でイノベーションを必要としています。これまでにない新しいアイデアを生み出すのは、新しい教育だと思います。教育を変え、新しい国づくり、社会づくりに挑む時が来たのではないでしょうか。

「月に1回くらい、子どもが大人に教える授業があったらいいなと思います」。12歳のよよかさんに、日本の教育や学校を良くするにはどうしたらいいかたずねたら、こんな言葉が返ってきました。ハッとしました。本質が見えているのかもしれないと。日本の凋落の責任は大人にあります。私もその1人です。子どもたちや若い人たちは、きっと、そのことに気付いているのでしょう。大人たちは、これまでのやり方を見直す必要があります。

子どもに教える前に、まずは大人が新しいやり方を自分の頭で考える。そして、子どもと一緒に、学び、成長し、新しいやり方を創る。こうした取り組みを「共育」と定義させて下さい。「共育」の形をみんなで創生するのです。子どもと大人、若者と高齢者。学校、大学と実社会、地域。世代や居場所の垣根を取り払い、相互に受け入れ、一緒に未来を切り拓く。例えば、個性あふれる実社会の大人を学校の講師に組み込み、その大人は授業で子どもが投げかけた宿題を実社会でどう実現するのか一緒に考え抜く。子どもは校外授業で実社会を目の当たりにし、大人と一緒に解決策を考え抜く。そうした成果は社会全体で共有する。「共育」の形は無数にあるはずです。

■「世界中の人たちに元気や勇気を届けたい」

「ドラムは言葉や人種の壁も超えられるコミュニケーションの手段です。ドラムで世界中の人たちに、元気や勇気を届ける存在になりたい。日本で、才能や個性を発揮できず、困っている人たちも助け、教育を変えていきたいです」。これがよよかさんの夢です。よよかさんは、アメリカで様々な経験をするでしょう。アメリカの醜い部分も垣間見ると思います。日本の良さをあらためて知る場面もあるでしょう。貴重な経験を重ねながら、地球市民として、世界中に、粋なメッセージを発信してくれることを心から楽しみにしています。
(テレビ朝日経済部 岡田 豊)

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