金利を“封印”した日本の凋落の姿 円が国際通貨でなくなる日[2022/05/13 20:00]

20年ぶりの安値を更新し続ける円安が「悪者」扱いされている。
輸入コストの上昇でガソリン高騰や食料品などの相次ぐ値上げに拍車をかけているからだ。

この円安はアベノミクスの超低金利政策の延長線上にある。金融緩和で金利が下がれば円安になり、上がれば円高に作用する。岸田政権は「アベノミクス」を「新しい資本主義」という看板にかけ替えようとしているが、超低金利のアベノミクス路線は修正していない。

「金利」は経済の生殺与奪を握っている。異様な金融緩和で金利という大事な「規律」にフタをすることで、現実を直視する目が曇り、未来を切り拓く力がそがれているのではないだろうか。金利を封じ込めてきたアベノミクス路線が日本凋落の一因になっていると考える。関係者の言葉などから問題の本質を探った。

■円安めぐる政府との“ズレ” アベノミクス路線を貫く日銀総裁

「どちらかと言えば、悪い円安」。
4月18日、鈴木俊一財務大臣は衆院の委員会で円安をけん制して見せた。ガソリンや食料品などの価格上昇が国民の財布を直撃していることが背景にある。

「経済を下支えするため粘り強く金融緩和を続ける」。
しかし、その10日後、日銀の黒田東彦総裁は、金融政策決定会合後の会見でこう明言した。金利上昇を抑えるため指定した利回りで国債を無制限に買い入れる指し値オペを原則、毎営業日実施すると発表し、金融緩和を強化する姿勢を示した。日銀は景気刺激の観点から円安が望ましいと考えているようだ。この発表の直後に円は急落。一時、1ドル=131円台を付けた。

「アベノミクスに囚われ過ぎている」(市場関係者)。
安倍政権と進めたアベノミクス路線を貫こうとする黒田総裁には、こうした指摘もある。

■「金利がないから何もできない」 円安で日本企業が海外から買収される懸念

アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)は5月4日、0.5%の利上げを決めた。一度に0.5%上げるのは22年ぶりのこと。コロナ禍から立ち上がる経済下で40年ぶりの高いインフレに直面するアメリカは速いペースで金利を引き上げる構えだ。

「日本は金利がないから何もできませんよ」。
中央省庁の中堅幹部は悔しそうに私にこう漏らす。金利の上げ下げで経済をコントロールする余地があるアメリカの姿がうらめしく映るのだろう。日米の金利の差が開くので、金利の高いドルが買われて円が売られ、円安が進む。アメリカ以外の各国も利上げの方向に動いている。

「円の価値が下がれば、日本企業が米中など海外から買収されやすくなる」(銀行系エコノミスト)。こうした懸念も生じている。

■「超低金利」が企業競争力を奪い、賃金も上がらず

安倍政権が2013年6月に打ち出したアベノミクスは3本の矢を柱にした。大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略。歩調を合わせた日銀は2016年1月には禁じ手とも言われるマイナス金利の導入に踏み切った。

アベノミクスの評価は賛否がある。戦後第2位の長さの71カ月も景気回復を継続させた。世界経済の回復が背景とはいえ、マクロ経済政策としては一定の評価に値する。しかし、課題のデフレ脱却は果たせず、副作用も招いた。アベノミクスは完全雇用をほぼ達成したが、非正規従業員や短時間労働者が増えたことで賃金は抑えられ、生産性低下の要因になった。超低金利の悪循環が続いている。

「日本銀行は、景気循環を超えてゼロ金利政策や円安を固定化しており、それが資源配分や所得分配を歪め、潜在成長率や自然利子率を低迷させている。ゼロ金利や円安なしでは存続できない生産性の低い企業が増えているから実質賃金も低迷している」。
BNPパリバ証券のチーフエコノミスト、河野龍太郎氏は4月、こう指摘した。河野氏はアベノミクス路線は失敗したと認識している。

■「倒産件数が歴史的な低水準」という不自然

帝国データバンクが調査した2021年度の企業倒産件数は5916件に減り、半世紀ぶりに6000件割れとなった。コロナ禍の中なのになぜ歴史的な低水準なのか。超低金利や公的な金融支援などが支えたからだ。一見、救済策が成功しているようにも見えるが…。

「銀行融資の審査基準も甘くならざるを得なかった」(霞が関筋)。
こうして、本来淘汰されてしまうはずの力のない企業が存続でき、その影響で、競争力が高い企業の成長が阻害されるという弊害も指摘される。企業の存続支援に力点を置くあまり、世界で勝負できる企業が育ちにくく、日本の衰退を促しているという見立てがある。

■他力本願型のアベノミクスの“失敗” 「金利復活で円安是正し財政規律を取り戻せ」

「アベノミクスは結局、まやかしのようだった」(元金融当局筋)。
アベノミクスに関わった関係者からも、こうした厳しい声が漏れてくる。省みれば、金融緩和は経済の規律を緩め、財政出動は将来の国民に借金を背負わせる、いずれも他力本願型の政策だ。政治的に苦労が伴う肝心な成長戦略は迫力に乏しい内容だった。経済政策とは「現在」と「将来」の両立てで講じなければならない。

「日本経済が長期低迷から脱却できないのは、経済政策が間違ってきたからである。超金融緩和、財政赤字の拡大、円安の三大失政だ」。
中前国際経済研究所の中前忠代表は去年11月、日経新聞のコラムでこう批判した。中前氏は、この3つの政策を逆方向にするべきだと提案する。特に金利の復活で円安傾向を是正し、財政規律を取り戻すことが重要だと指摘する。
「ゼロ金利からの脱却によってはじめて市場経済の規律が働き、産業間、企業間の新陳代謝が復活し、生産性が上昇してくる。ゼロ金利と量的緩和で財政規律を失ったままでは、日本経済の窮乏化は、世界経済の減速の下で一段と進まざるをえないだろう」。

■「政治が幼稚になっている」 日銀は政府の子会社なのか

以下は去年7月、アベノミクスを推進した安倍晋三元総理大臣が新潟県で講演した際の発言だ。
「子どもたちの世代にツケを回すなという批判がずっと安倍政権の時にあった。でも必ずしもこの批判は正しくはないんです。特にコロナ対策においては、政府・日本銀行が連合軍でやっていますから、政府が発行する国債は日本銀行がほぼ全部買い取ってくれています。みなさん、どうやって日本銀行は政府が出す巨大な国債を買うと思います?どこからお金を借りてくるのか。違います。紙とインクでお札を刷るんです。20円で1万円札ができるんですから。つまり、それは新しいお金が誕生して世の中に出て行きますから。それはデフレ圧力に対抗する力にもなります。同時に円高が進んでいかない力にもなって行くということであります。日本銀行というのは、政府の言ってみれば子会社の関係にあります」。

「政府の子会社発言は暴論に等しい」(シンクタンク幹部)。
その後も繰り返される安倍氏の「日銀は政府の子会社」発言にこうした批判がある。日銀の資本金の55%は政府が出資しているが政府に議決権はない。何より日銀法は金融政策において日銀の政府からの独立性確保を定めている。財政健全化は最重要課題の1つだ。もし財政破綻に向かえば、超インフレ、失業、預金封鎖、増税、円の暴落などが想定され、すべての負担が国民に押し付けられる。

「政治が幼稚になっている」。
中央省庁の幹部が私に漏らした言葉だ。コロナ禍との闘いには財政出動も必要だったろう。ただ、先進国で最悪の日本の財政をめぐる政治家の発言には慎重さが求められるのだ。

■アベノミクス路線の修正か継続か 「MMT」にすがる政治家

「自民党内ではアベノミクス路線修正への反発が広がっている」(永田町関係筋)。
アベノミクス路線をめぐっては現在、修正派と支持派がせめぎあっている。一方、与野党の一部には、大胆な財政出動を前提とした「現代貨幣理論」(MMT)に依存しようと考える議員がいる。MMTを端的に言えば、自国通貨の円を発行できる日本政府は、一定の条件下なら財政赤字を拡大しても基本的に債務不履行にならないという「打ち出の小槌」のような理論だ。未来に責任を負う政治家が軽々に政策に応用していいのだろうか。理論の発祥とされるアメリカでは、サマーズ元財務長官が「重層的な誤りがある」と否定している。

金融緩和や財政出動は、ある意味、政治家に大きな負担がかからない政策手段だ。だが、政治家とは、経済規律という制約の中で、岩盤のような規制や抵抗勢力と必死に闘い、新しい制度を創生するために必死に知恵を生み出すのが本来の姿ではないだろうか。

■金利の正常化は大きな痛みを伴うが…

「金利は簡単に上げられない」(政府関係者)。
政府は円安をけん制する一方で、金利上昇に慎重な点では黒田総裁と同様の姿勢だ。国の借金は1241兆円余に膨れ上がり、未知の領域に入っている。財務省は金利が1%上がると国債費が3.8兆円増えると試算する。国債費が膨らめば財政を圧迫するので、政府が金利上昇に臆病になるのは無理もない。

しかし、人口が減り、経済が縮小し、世界で埋没が進み、将来が見通せない日本は極めて深刻な局面にある。可能性がある人や企業を、まるでICU(集中治療室)のような異様な超低金利にいつまでも閉じ込めておくわけにはいかないのではないだろうか。居心地のいい超低金利になじんでしまった日本が、金利を正常化する道は大きな痛みを伴うだろう。しかし、正常な金利を早期に取り戻すことは事態打開へ避けて通れない一歩だと考える。

金利が付けば利子収入が生まれる。全国の家計の預貯金1000兆円弱に仮に1%の金利が付けば10兆円弱の利子が家計に入り、このうち約20%の税金の約2兆円弱が国・地方に回る。企業への融資に市場に即した金利が付けば、銀行の審査基準も正常化し、競争原理が機能し、強い企業が成長する余地が生じる。世界で勝負できる強い企業が増えれば、新たな関連企業や雇用が生まれる。

■円は20年〜30年後に国際通貨から陥落するのか

ロシアがウクライナに侵攻した2月下旬、ある有力エコノミストは「日本は円高に見舞われる」と予想した。有事で安全資産の円が買われると踏んだのだ。しかし、予想ははずれ、侵攻から2カ月で約15円も円安が進んだ。円はもう安全資産と見なされていない可能性が指摘される。

「今のまま日本が0.5%程度の低成長が続き、他国が相対的に高い成長を続けると、20年後とか30年後は、すっかり円が埋没して国際通貨でなくなってしまうかなと思う」。
河野龍太郎氏は5月のセミナーで、将来、財政危機が始まって、円が国際通貨から陥落する可能性をこう警告した。大地震や台湾有事などが立て続けに起これば、もっと早く「陥落する」と見立てる。

「日本がこのままなら、いつか1ドル=300円の時代が来てもおかしくない」(国会議員)。政界からこんな弱気な声も出始めている。


テレビ朝日 岡田豊 経済部デスク、元アメリカ総局長
著書『自考 日本人の最後の切り札』(プレジデント社)

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