「絶メシ」の今 後継ぎに悩む「老舗カレー店」 4年探し…味を継ぐ“調理未経験者”[2023/05/27 11:00]

6年前から始まった“ある取り組み”が全国で注目されています。絶滅の危機に瀕している絶品グルメを「絶メシ」として登録し、現在、その「絶メシリスト」には61店舗が登録されています。ドラマ化もされるなど注目されている、食べられなくなってしまう「絶メシ」の今を追跡しました。

■高崎市全体でも…後継者はなかなか見つからず

群馬県高崎市が、後継者問題に悩む飲食店を応援しようと始めた「絶メシリスト」。

他の自治体にも広がり、ドラマ化されるなど全国で注目されています。サイトでは後継者募集も行っていますが…。

JR高崎駅から徒歩5分、創業45年の老舗洋食店「デルムンド」。看板メニューは、パスタの上に分厚いハンバーグがのった「ハンブルジョア」です。「ブルジョア気分が味わえる」と名付けられました。

お店を切り盛りするのは、高橋さん夫婦です。

妻・恵美子さん(72):「(問い合わせの)電話はたまに来るんです。ただ、後継者にしたいとは思わない人ばっかり。『そのままくれるんですか?』って人が多いんです」

実は、高崎市全体でも、後継者はなかなか見つからないといいます。

■店主が大病患い…「絶メシリスト」で後継者探し

そんな中、初めての後継者になるのか?候補者が見つかったお店がありました。

北高崎駅からおよそ1キロにある、創業40年のカレー専門店「印度屋」。駅から遠いにもかかわらず、店内はお客さんで大にぎわいです。

常連客:「30年くらい(通っている)」「他のカレー屋さんとは違う感じで。家でもなかなか、こういうカレーは作れないので」

一番人気は「ミート焼きチーズカレー」。ひき肉たっぷりの秘伝のカレーソースに大量のチーズをのせて、オーブンでこんがり焼き上げた後、仕上げはバーナーで焦げ目をつけます。カレーとチーズが混じり合いマイルドな味わいに。

その他にも、ふわふわトロトロの玉子が乗った「オムライスカレー」も大人気です。

秘伝のカレーソースは、なんと4種類。メニューによってソースを使い分けるのが店主のこだわりです。

こちらが、店主の荒木隆平さん(72)と接客担当の妻の千波さん(56)。

6年前、荒木さんは緊急入院する大病を患いました。娘たちは結婚し家を離れていたため、「絶メシリスト」で後継者探しを始めました。しかし、当時は…。

荒木さん:「焼き鳥店やってるんだけど、2年くらいでダメだから、カレー屋やりたいって。そういう人間は絶対ダメですね」

■後継者は“本格的な調理経験なし”…なぜ?

あれから4年…ついに後継者候補が現れたのです。

周東祐一郎さん(28):「全部おいしかったので、本当にたたむのもったいないと思って」

実は周東さん、3年前から高崎駅近くでダーツバーを経営していますが、一体なぜカレー店に?

周東さん:「(ダーツバーは)楽しいけど30、40歳まで同じテンションでやれるかというと、ちょっと難しい。体がもたないという問題もある」

不規則な生活で体調を壊し、将来に不安を感じたといいます。

そこで、ダーツバーは友人に任せ、昼間に営業する飲食店に挑戦したいと「絶メシリスト」のお店を食べて回り、その中から「これしかない」と感じたのが印度屋のカレーでした。

しかし、不安も…。

千波さん:「料理をしたことがない。包丁もあまり使ったことがない感じだったので、不安だった」

本格的な調理経験のない周東さんを、なぜ後継者に?

荒木さん:「周東さんは若いし、伸びる率が高いから。そこを買った」

そして、決め手が…。

荒木さん:「『支店を出したい』って言うので。印度屋の。僕の夢でもあったので支店を出すのは」

■一日でも早く…ダーツバーの営業後にも“繰り返し練習”

期待と不安が入り混じるなか、3月から修業が始まりました。周東さんにとって、毎日が学ぶことばかりです。

荒木さん:「パン粉がいっぱいあるから、こうやって練るの。そうすると混ざってくるでしょ」

周東さん:「はい」

荒木さん:「こんなにまとめて入れちゃダメ。全部くっついちゃうよ。バラして入れないと」

当初、周東さんには甘い考えも…。

周東さん:「あるレシピを再現するのは、そこまで大変じゃない。そこまで苦じゃないだろうというのが最初の見通しだった」

しかし、現実は…。

荒木さん:「まずはレシピで覚えてもいいけど、舌で覚えてもらわないと。自分がノート写したりしないと覚えないでしょ」

仕事中に必死にメモを取る周東さん。そこには、レシピや盛り付け方などがびっしりと書かれています。

周東さん:「『入れる前に、はからせてください』って言ってはかって。一個一個作っているのをメモしている」

この日は、一番苦手な卵料理に挑戦します。

周東さん:「オムレツとオムライスが、まだ全然できない」

人気メニューのオムライスカレーやオムレツカレーには欠かせない卵料理。ところが…。

周東さん:「ちょっと形が悪い」

荒木さん:「確実にお客さんにいいもの出してくれ。じゃないとお客さん逃げちゃうよ」

一日でも早く荒木さんに認められたい!深夜、ダーツバーの営業後にもひたすら練習を繰り返す周東さんの姿がありました。

■胃がん見つかり…店主「もう独り立ちしてもらわないと」

4月下旬、荒木さんからスタッフに「話したいことがある」という連絡がありました。

荒木さん:「4月に胃がんが見つかりまして。5月の末に手術」

健康診断で、胃がんが見つかり手術を受けることになりました。荒木さんは、時間をかけて周東さんを育てるつもりでしたが…。

荒木さん:「もう独り立ちしてもらわないと私も困る」

これ以上迷惑はかけられない!切迫した状況に、これまで以上に真剣に修業に取り組む周東さん。すると…。

荒木さん:「動きが全然違うよ。2週間前と」

周東さん:「ここ2週間の危機感はヤバかったですね」

■店主“引退を決断” 周東さん「OKもらえたので、まず一安心」

いよいよ修業も最終段階です。

荒木さん:「下をきれいにしてよ。それからオムレツ作ろう」

この日は、オムレツの最終チェック。

荒木さん:「ここを良くやっとかないと」

周東さん:「はい」

真剣な表情で見守る荒木さん。

荒木さん:「中が半熟じゃないと玉子焼きになっちゃうよ」

そして、苦手なフライパンの返しは…。

荒木さん:「うまくなってきたじゃん。あー、うまいうまい」

お店のこだわり、ふわとろオムレツ、荒木さんの評価は?

荒木さん:「中も半熟になってるし、これはいいよ。大分うまくなったよ。大体オッケーです」

この日、荒木さんは周東さんに店を任せ、自分は手術前に引退する決断をしました。

荒木さん:「見てると徐々に伸びてる。動きも良くなってる。あとは経験だと思う」

周東さん:「まず一安心というか、やっとオーケーをいただけたので」

■40年の歴史に幕 店主「あとはよろしく」

4月30日、この日は娘3人が駆け付け、両親を労うための食事会が行われました。

千波さん:「もちろん後継者が見つかったことは良かったなと思うんですけど。今まで印度屋を築き上げた40年間が、これで終わってしまう寂しさ」

荒木さん:「ほんと色々感謝ですね。うちの家族には」

長女・沙織さん:「お父さん、お母さん。40年間お疲れ様でした」

荒木さん:「ありがとうございます」

その日の夜。

荒木さん:「周ちゃん、あとはよろしくお願いします。できる限り私たちも援助しますから、お願いします」

周東さん:「頑張ります」

■ついにオープン! 後継者の味を受け入れてくれるのか?

そして、ゴールデンウィーク明け、本当の意味での修業の成果が試される日が来ました。

周東さん:「緊張してます」

そして午前11時にオープンしました。すると、新規オープンを聞きつけ、お客さんが続々と…あっという間に、ほぼ満席になりました。周東さんも厨房(ちゅうぼう)で大忙しです。

周東さん:「味、大丈夫だったのかなとは思いつつ」

果たして、お客さんは周東さんの味を受け入れてくれるのでしょうか?

常連客:「(作る人が)替わったって聞いても同じ味」「前と変わらずおいしいなと思ってて。変わったなとは思わない」

周東さんのカレー、お客さんにも好評です。新規オープン初日、64人ものお客さんが来店しました。

周東さん:「やっぱりすごい愛されてるお店なんだなと思って。変わらず来てもらえるように努力をしようと思う」

荒木さんは先週、無事に手術を終え、順調に回復。新規オープンの成功を喜んでいるそうです。

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