経済

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2025年6月20日 02:58

「もう一度世界一に」USスチール買収はなぜ可能に?日本製鉄“逆転ディール”の裏側

2025年6月20日 02:58

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アメリカの鉄鋼大手USスチールを約2兆円を投じて完全子会社化した日本製鉄。バイデン政権に一度は却下された巨額の買収が逆転した裏側には“粘り強い”交渉がありました。

■「もう一度 世界一に復権を」

日本製鉄 橋本英二会長
「トランプ大統領の歴史的な大英断によりまして、当社がUSスチールの全ての株式を取得し、パートナーシップが実現しました。今回の合意は当社にとって十分満足いくものと認識しています」

異名は“鉄の交渉人”。世界一へ返り咲くという執念が交渉を実らせました。

日本製鉄 橋本英二会長
日本製鉄 橋本英二会長
「私が45年前に旧・新日鉄に入った時は、世界一の鉄鋼メーカーでありました。それが残念ながら順位をどんどん下げてきました。やっぱりまず個人の思いとして『そんなはずじゃない』ということ。もう一度、世界一に復権する」
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■買収を可能にした“粘り強さ”

バイデン前大統領

鉄鋼王カーネギーらによって1901年に設立されたUSスチール。同じ年、日本で産声を上げたのが官営八幡製鉄所、後の日本製鉄です。互いに国家の名を冠し、歴史もプライドもある巨大企業。バイデン前大統領が中止命令を出すなど、買収交渉は何度も頓挫しかけました。それを妥結へと導いたのは…。

日本製鉄 橋本英二会長
日本製鉄 橋本英二会長
「森副会長が超人的な粘り強さで、緻密な頭脳の持ち主で、頑張った」

会見では橋本会長の隣に座った森副会長。今年2月、ANNのカメラは羽田空港でその姿を捉えていました。トランプ政権の誕生をチャンスと捉え、盛んにロビー活動をしていたとみられます。

日本製鉄 森高弘副会長
日本製鉄 森高弘副会長
「何度も通って時間と労力をかけて、地元の政治のリーダー、経済のリーダー、あるいはコミュニティーの人たちと対話を重ねて、本ディールの本当の真価、正しい価値を理解してもらったのが、最後にトランプ大統領の背中を押したのではないか」
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■トランプ氏に投資計画を開示

先月30日、ペンシルベニアにあるUSスチールの工場は熱気に包まれていました。

日本製鉄 森高弘副会長
日本製鉄 森高弘副会長
「力を合わせて国内トップ、そして世界一の製鉄会社を目指しましょう」

その後、トランプ大統領が演壇に。

トランプ大統領
アメリカ トランプ大統領
「つい先ほど日本製鉄が、世界中の企業の投資額を吹き飛ばして、史上最高額となる140億ドルの投資を発表した」
日本製鉄

日本製鉄は、このうち110億ドル(約1兆6000億円)を2028年までに投資すると明らかにしています。それは密かに温めてきた切り札でした。

日本製鉄 橋本英二会長
日本製鉄 橋本英二会長
「トランプ氏の演説に熱狂・感激しましたよね。その時に『これはいけるな』と」
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■米政府には“黄金株”を

黄金株

そして、とどめの一押しが“黄金株”の提案。USスチールの経営に関する重要事項については、アメリカ政府が拒否権を行使できるというものです。

トランプ大統領
アメリカ トランプ大統領
「大統領の私が黄金株を取得する。私以外では頼りないが、これで大統領が全面支配できる。米国民が株式51%を保有したも同然だ」

一方の日本製鉄。黄金株は、トランプ大統領に花を持たせながら、巨大市場アメリカを押さえるための巧みな戦略だったことを匂わせました。

日本製鉄 橋本英二会長
日本製鉄 橋本英二会長
「(米国に)どういう拒否権があるか。“コミットした設備投資の削減”削減どころか拡大していくつもり。全く支障ない。“米国外移転”これもそういうことはない。私どもがやりたいことについて阻害されることはありません」
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■米政府に“黄金株”影響は

1年半以上に渡った買収計画。決着の決め手となった“黄金株”とはどういうものなのでしょうか。

黄金株

黄金株とは、通常発行される株式とは異なり、特定の決定に対して拒否権を持つことができる特殊な株式のことで「拒否権付株式」とも言われます。今回は、この拒否権を持つ黄金株をUSスチールが発行し、米国政府が保有することになりました。

アメリカ政府が拒否できる内容

どんなことを拒否できるかというと『USスチールの本社移転』『生産・雇用のアメリカ国外移転』『従業員の給与、原材料の国外調達の保護措置』などとなっています。

この拒否権について、企業買収などに詳しい多摩大学・真壁昭夫特別招聘教授はこう話します。

多摩大学 真壁昭夫特別招聘教授
多摩大学 真壁昭夫特別招聘教授
「経営の基本原理は効率性を求めて人員や工場を稼働させていく。そこに国内の雇用を守りたいトランプ大統領の意向が大きく作用することになる。事実上、アメリカ政府の意に沿わないことは決定できない」
政府の黄金株について

この黄金株を提案した日本製鉄・橋本会長は「生産や雇用を別の所に移すことをわざわざやる必要はない」「私どもが何かやりたいことについて阻害されることはない」としていて「今回の合意は十分に満足のいくもの」としています。

巨額投資

(Q.今回の買収で日本製鉄は巨額の資金を投じることになりますが、それに見合う成果をどうあげていきますか)

USスチールの株を100%取得するために買収額は約2兆円(141億ドル)かかっています。買収後の設備投資については、当初は約3900億円(27億ドル)かけるとしていましたが、今後2028年までに約1.6兆円(約110億ドル)を投資するとして、合わせて3.6兆円の巨額拠出となります。

多摩大学 真壁昭夫特別招聘教授
多摩大学 真壁昭夫特別招聘教授
多摩大学 真壁昭夫特別招聘教授
「投資回収は長期的には可能。米国内は鉄鋼の需要があるが“質の高い鉄鋼の供給”が追い付いていない。そこに日鉄の高い技術力を取り入れて、USスチールでより付加価値の高い鉄鋼を供給できれば、勝機がある。また、トランプ大統領の高関税政策も“後押し”になる。関税の壁で中国からの鉄鋼製品の流入が一層制限されれば、日本製鉄の米国内生産の追い風となり、投資回収が見込まれる」
会見
大越健介キャスター
「橋本会長は記者会見で気になる認識を示していました。バイデン政権、トランプ政権と続いた難しい交渉を振り返りながら、ある時代認識を示しました。経済を民間や市場に任せ、自由貿易を拡大しようという時代から、政府が経済・ビジネスへの関与を強める時代へと変化しているという時代認識でした。政府が経済への関与を強めることの良し悪しは別として、今回の交渉の経緯には、世界と関わっていく日本企業にとって、共有すべき重要な教訓が含まれているのは間違いなさそうです」
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