“相互関税”の交渉期限である今月9日が迫るなか、連日、日本を批判の的にしているトランプ大統領は、またも日本への不満を漏らしました。さらに交渉がうまくいかなかった場合には「30%か35%、アメリカが決めた関税を払ってもらう」とも発言。交渉決裂は避けられないのでしょうか。
■連日の“日本批判”市場を直撃
2日朝の東京市場は一時500円以上の値下がりに。終値も1日を下回りました。大きな要因は関税をめぐるトランプ大統領の発言です。
(Q.関税停止を延長する考えは)
「ない。延長するつもりはない。これから色んな国に書簡を送る。君たちもだんだん分かってきただろう。日本と交渉してきたが、合意は恐らく無理だろう」
9日が期限のトランプ関税の交渉ですが、延長はしないうえで、日本と合意には至らない可能性を示唆しました。決裂なら合計で24%の関税がかけられるとみられていましたが、実際はもっと上乗せされそうです。
「日本とは素晴らしい関係にあり、信頼できる偉大なパートナーと言っていいが、貿易では日本はズルをしてきた。それももう終わりだ。日本には書簡で礼を述べたうえで『こちらの要求に応じないのなら30%でも35%でも、こちらが決めた税率を払ってもらう』と伝える」
メディアの評価はこうです。
「交渉に失敗したから圧力を強めることにした」
「世界第4位の経済大国への関税引き上げの脅しで、世界的な貿易戦争再燃の懸念が高まる」
企業は危機感 交渉に期待薄めか
日本企業にとっては堪ったものではありません。これまでにトヨタなど自動車メーカー4社は、アメリカでの販売価格を値上げする方針を示しました。
「10%オンしてかけられれば当然影響は大きくなる。お互い主権国家なんだから、そこに対するリスペクトはない。アメリカ向けの輸出をある程度減ることを前提にして、生産計画を組んだり色々している」
栃木県佐野市にある金属フィルターなどを作っている工場。エアコンや自動車などのパーツとして欠かすことができません。アメリカとの直接取引もありますが、多くは日本企業に卸して、それが輸出されるケースです。取引先がパーツを現地調達に切り替えたり、アメリカへの輸出を減らせば、必然的に売り上げに直結してきます。
(Q.気持ちは)
「やばいやばいだけだよね」
関税はもう上がるものとして捉えています。
「35%になるのか25%になるのか全然違うだろうし。関税は上がるのは目に見えて分かっているので、どうあがいてもしょうがないから、なるようになれ」
アメリカの思惑がどこにあるのか、はっきりは分かっていません。ある外務省幹部は「日本ほど誠実にやっているところはない。トランプ大統領の発言は無視です」とも話しています。
関心は国内?“減税法案”が…
そもそも今のトランプ大統領の関心は関税よりも別の所にあります。
「上院通過は厳しいと思ったが、ほぼ要望通りになった。成立すれば史上最大の法案になる。反対票ばかり投じる連中は嫌いだ」
アメリカ議会では今、大型減税法案の審議が佳境を迎えています。トランプ大統領の看板政策で、総額700兆円規模のものですが、当然、財政赤字の拡大は避けられません。それ故に身内の共和党からは造反議員が出ました。
「この投票の賛成は50、反対は50。上院で賛否が同数に割れたので、副大統領は賛成票を投じます。修正法案が可決されました」
上院は副大統領の議長が1票を投じる伝家の宝刀で辛うじて通過するというものでした。独立記念日の7月4日には法案を成立させたい考えです。
(Q.4日までに通ると思いますか)
「下院で修正されて通ることもある。すぐに通過する」
交渉は他国優先 日本は後回し?
関税交渉は今後、他国が優先され、日本は後回しになるとみられています。期限の9日を前に35%の追加関税を想定し始めている金属フィルターの会社。アメリカでの現地工場建設も考えないといけないとしています。
「ドイツやイタリアの展示会に行ったりしていたが、海外にどうアプローチするか考えていかないと。最終的にはアメリカに進出も考えていかないといけない。単価の関係で中国とまた争うか、アメリカ国内のメーカーと争うか、その辺は分からないが、とりあえず品質は保たないといけない」
4月から7回訪米し、交渉にあたってきた赤沢大臣は……。
「相互関税の上乗せ部分の一時停止期限である7月9日は1つの節目であり、協議の担当閣僚としては念頭において協議に臨んでおりますが、早期に合意することを優先するあまり、我が国の国益を損なうような合意であってはならない」
日本への“圧力”本気度は
いわゆる“相互関税”一時停止の期限が迫る中、またしても日本を名指しで批判するトランプ大統領。どこまで本気なのでしょうか。トランプ大統領の狙いについて【関税交渉】と【アメリカ政治】について、2人の専門家に聞きました。
まずは【関税交渉】の観点から見ていきます。トランプ大統領はいわゆる“トランプ関税”のうち、ほぼ全世界を対象にした相互関税について、これまでは「日本には24%課す」としていましたが「30%や35%など我々が決めた税率にする」と発言しました。
この発言の狙いについて、第1次トランプ政権時、日米の貿易交渉に携わった関西学院大学の渋谷和久教授はこうみています。
「トランプ大統領はNATOに対し、アメリカの離脱をちらつかせて脅し、防衛費増額に合意させたり、カナダとの交渉では『関税協議を打ち切る』と脅して、アメリカのIT企業などが対象となるデジタルサービス税を撤回させたりと“脅し”で譲歩を引き出すことに成功している。自身が議会への対応などで忙しいなか、同じやり方で『日本も“脅せば”交渉で折れるだろう』と考えたのではないか」
交渉相手に揺さぶりをかけるのはトランプ大統領の手法ですが、アメリカ国内政治でも“ひずみ”が生じています。
アメリカ議会上院では、看板政策『減税法案』が可決されたが、共和党の一部議員が反対に回り、上院議長を兼ねるバンス副大統領の賛成票でなんとか過半数を確保する事態となりました。その減税法案については、実業家のイーロン・マスク氏が「ばかげた法案」などと批判していますが、対するトランプ大統領は「マスク氏の会社が政府から多額の補助金を受け取ってきた」と主張し、両者の対立が再燃しています。
また、トランプ大統領は、アメリカの中央銀行にあたるFRBに利下げを求めていますが、FRBのパウエル議長は「トランプ関税がなければ、すでに利下げしていた」という考えを示しました。
国内で思った通りにならないこともトランプ大統領をいら立たせているのでしょうか。アメリカ政治に詳しい慶應義塾大学の渡辺靖教授に聞きました。
「減税法案や不法移民対策などの政策には国内でも反発が根強いが、公約を実現しつつあり、トランプ大統領からみると、政治的にはうまくいっている。むしろトランプ大統領がいら立っているのが関税交渉。アメリカ国内では『Trump Always Chickens Out(トランプはいつも尻込みする)』この頭文字をとって『タコ』と揶揄されていて、それに怒り、イメージを払拭しようとしている。各国が折れないことにいら立ちを強める中、関税交渉の“シンボル”である日本との自動車貿易で、アメリカにとって最高のディールを引き出す姿勢を国内にもアピールしようと、日本への強気の言動を続けている」