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かつて「日本のウォール街」と呼ばれた東京・兜町が大きな変化を遂げ、今オシャレな街に生まれ変わっています。
銀行だった施設 地下に名残
利用客が思わず写真に収めていたのは「yen」に「coin」など、お金にまつわる言葉が並んだ看板です。
ここは、ビストロやベーカリーなどが入る複合施設。ですが、名前は「BANK」です。
場所は、かつて平日2000人もの証券マンでにぎわった日本橋兜町。しかし、1999年に東京証券取引所の立会場が閉鎖されて以降、街の活気は次第に失われていきました。
その兜町が今、にぎわいを取り戻しています。
利用客
「ちょっと歩くだけで、おしゃれなお店がある」
「建物の雰囲気とか、この感じが出せるのはこの場所だから」
「ちょっと歩くだけで、おしゃれなお店がある」
「建物の雰囲気とか、この感じが出せるのはこの場所だから」
元々銀行だったこの施設。地下のフラワーショップには、その名残がありました。
店員
「こちらが金庫の扉です。ちょうどここが扉の部分で、今私たちが立っているここが、お金が入っていた中側」
「こちらが金庫の扉です。ちょうどここが扉の部分で、今私たちが立っているここが、お金が入っていた中側」
ベーカリーの店長。水野百合花さんも兜町に魅せられた一人でした。
「前職が隣駅でOLしていて、それでこのお店を知って。元々お客さん、ここのファンで働き始めてしまった」
ビストロは、ここ数年で売り上げを大きく伸ばしました。マネージャーの井原彩さんはこう話します。
「2023年から24年にかけては、大幅に客数も売り上げも40%増ぐらいになっていて。兜町がにぎわってきている」
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渋沢栄一の書斎がバーに
東京証券取引所の裏手には、ホテルもあります。
元は渋沢栄一が創設した、日本で最初の銀行「第一国立銀行」の別館でした。
最上階の客室は、天井の高さが4.5メートル。当時は来賓を迎えるための部屋で、シャンデリアがつるされていました。
HOTEL K5 ゼネラルマネージャー
ドナベルホアキンさん
「この部屋の床はコンクリートのままで、昔あった床をそのまま残して、今でも生かしています」
ドナベルホアキンさん
「この部屋の床はコンクリートのままで、昔あった床をそのまま残して、今でも生かしています」
かつて渋沢栄一の書斎があった場所にはバーがあり、歴史を感じながらくつろぐことができます。
こうした「金融街」という他の街にはない物語を壊さず生かすことで、兜町の再開発は成功しました。
平和不動産 エリアマネージメント担当
佐藤未来さん
「街に訪れる人も服装も過ごし方も、かなり多様になった。モノクロだった街が彩りのある街へ変わってきている。この街って楽しいなと思ってもらえるような開発を進めていきたい」
佐藤未来さん
「街に訪れる人も服装も過ごし方も、かなり多様になった。モノクロだった街が彩りのある街へ変わってきている。この街って楽しいなと思ってもらえるような開発を進めていきたい」
(2026年1月29日放送分より)
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