佐賀県にある温泉旅館で長い間使われていない宴会場。今、その宴会場が外国人向けの日本語学校に。そこには、空き部屋の活用以外にも狙いがあった。
生き抜くための攻めの戦略
長崎県との県境にある佐賀県嬉野市。全国有数の茶どころで日本三大美肌の湯として知られる嬉野温泉が有名だ。
その嬉野温泉に創業76年の旅館・和多屋別荘がある。昭和天皇が宿泊した特別室や将棋の藤井聡太六冠が対局を行った部屋などがある。
館内から聞こえてきた五十音。たどっていくと、教室だ。ここは、温泉旅館の中に開校した日本語学校だ。
この旅館では団体客や社員旅行が減少し、使われる頻度が減ってしまった宴会場を活用。語学学校を運営する法人に貸し出し、日本語学校を開校しているのだ。
一体、どんな事情があるのか。嬉野温泉 和多屋別荘 3代目の小原嘉元代表取締役に話を聞いた。
コロナ禍を経て、旅館が生き抜くための攻めの戦略こそが、この日本語学校の誘致なのだ。
開校は去年で、今年はネパールやパキスタン、ミャンマーなど5カ国から21人の外国人が入学した。
「将来は日本でミャンマー料理のレストランを開きたいです。そのために旅館でアルバイトをして、日本のサービスを学びたいです」
「私は日本が好きです。将来はITエンジニアになりたいです」
「在校生」という言葉に思わず反応してしまう新入生もいた。
未来を夢見る生徒たち
旅館で2年間、日本語を学ぶ授業。1年生は単語や基本的な会話から。2年生になると「よかよか」「そがんせんでもよか」など佐賀弁も勉強する。
2年生のラナ・マガル・ディパさん(25)。去年、ネパールの大学を卒業し、嬉野にやってきた。
授業が終わりディパさんが向かったのは、旅館内にある佐賀牛のレストランだ。
ここでアルバイトをするディパさんはビザの関係上、労働時間は週28時間までと決まっている。目下勉強中なのが、しゃぶしゃぶの説明だ。
彼女の働きぶりはどうですか?
「素晴らしいと思いますよ」
「すごく仕事できます」
ディパさんの将来の夢は?
コロナ禍を経て、近年は年間200万人もの観光客が訪れる嬉野温泉。だが、働き手不足が課題という現状がある。
だからこそ、嬉野で日本語を学び、卒業後はそのまま嬉野に就職してもらいたいという思いから、小原代表は日本語学校誘致を決心したという。
人材不足見据えた取り組み
今回の旅館の取り組みのきっかけともなった人材不足の現状はどうなっているのか見ていく。
佐賀県嬉野市は先月1日時点のデータによると、人口が2万4361人だが、Z世代の中でも20歳から24歳の若者は882人しかいないという。
こうした状況に和多屋別荘の小原代表取締役は「日本語学校の生徒60人は優秀な若者。20代前半の若者がおよそ900人しかいないこの街に全員英語が話せる人材が週28時間も働けることは、インパクトがあると思う」と語り、現在の取り組みに期待を膨らませていた。
空き部屋を積極活用
旅館で使われていない空き部屋の利用には、他にも活用法があるようだ。
それが「レンタルオフィス」だ。現在、美容関係や映像制作会社など、さまざまなジャンルの企業20社が利用しているという。
月々の賃料は部屋の広さなどに応じて、5万円から120万円で、時間貸しもしているという。
実際にオフィスとして使用している映像制作会社の人によると、「今は1カ月のうち、半分が東京で半分が嬉野。東京での生活だと同じコミュニティになりがちだが、嬉野ではさまざまな人たちに出会えるので、視野や考え方が広がる。共同オフィスは孤立を避けながら、プロジェクトを育成していける点に魅力を感じる。あと、温泉入り放題はやはり心地いい」ということだ。
(2026年5月6日放送分より)











