ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞し、16歳のときに「ジェームス・ディーンみたいな女の子」で歌手デビューした大沢逸美さん。20代の後半からイメージチェンジを図り、ロングヘアでフェロモン放つ大人の魅力を発揮し、赤坂コルドンブルーでのレビュー、写真集、ドラマ、映画、舞台などで活躍。9月4日(木)〜9月8日(月)まで舞台「リア王2025」(三越劇場)に出演。(この記事は全3回の中編。前編は記事下のリンクからご覧になれます)
■“魔の昼帯”ドラマ初主演に「ヨッシャー、これで私も大女優だ!頑張るぞ」って思いましたが…
デビューして7年目、1990年にお父さまが逝去。悲しみに耐えながら大沢さんは、残されたお母さまと一緒に東京で暮らし始める。1991年には一軒家を購入するが、聴神経腫瘍(しゅよう)、白内障、糖尿病、リウマチなどさまざまな病気に苦しむお母さまは入退院を繰り返すことになり、約11年間介護もすることに。
「ひとり娘で大事に育ててもらったし、周りの友だちと比べると(両親が)年も取っていたので、あるときから私が両親を守らなきゃいけないと思うようになりました。
母は上京してすぐに入院したのですが、退院して家にいるときは、自分の部屋がある1階に棚を取りつけたり、壁掛けをかえたりしていて。土いじりが好きだったので家庭菜園もしていました」
1992年、昼帯ドラマ「約束の夏」に主演。このドラマは、友情を深めていた大富豪の御曹司・哲也(四方堂亘)と平凡な青年・太(井出一馬)が、共通の友人であった女性・葉子と御曹司が結婚したことにより2人の関係が崩壊し、さまざまな人々を巻き込んだ愛憎劇へと発展していく様を描いたもの。大沢さんはヒロイン・葉子役を演じた。
――一軒家も購入されてわりとすぐに昼帯ドラマ「約束の夏」(フジテレビ系)に主演。全65話でしたね
「そうです。今考えると、スケジュール的には“魔の昼帯”でした。26時終了の7時入りとかありましたから、家に帰ってシャワーを浴びたらもう出なくちゃいけないという感じで。まだ20代でしたから、目の下にクマができたりしなかったので良かったですけど、過酷でしたね」
――昼帯ドラマに主演と聞いたときはどう思いました?
「『ヨッシャー、これで私も大女優だ!頑張るぞ』って思いました(笑)。でも、しんどかったです。何がしんどかったって、スケジュールがきつい云々(うんぬん)よりも役に入り込みすぎちゃって疑似恋愛をしてしまって。それまで大恋愛したことがなかったので、相手役の四方堂(亘)さんに惚れたんです。
惚れるんですけどうまくいかなくて。ドラマの設定もそうなんですけどね。それが重なってしんどかったです。セリフを覚えなきゃいけないし、私の心はもういっぱいいっぱいだったし…みたいな感じで」
――すごい設定でしたね。大沢さん演じるヒロインを男性二人が奪い合っているはずだったのに、実は男性二人が惹かれ合っていたという展開で
「そうなんです。今でこそBL(ボーイズラブ)の作品は多くなりましたけど、あの時代は
ほとんどなかったですからね。33年前なので」
――太さんが亡くなる前に葉子さんの目の前で哲也さんとキスをするシーンは衝撃的でした
「そうですよね。あそこだけは監督に『表情がいい!』って褒められました(笑)。リアルでしたから。二人が目の前でチューをするのを見たときには、『私はどうしたらいいんだ?ふざけんなよ!』って思って。『私の3カ月間を返せ!』という感じだったので(笑)。
でも、あのドラマのおかげで私は女優に目覚めたんですよね。疑似恋愛相手が四方堂さんというのもあったと思います。そういう風に仕向けてくれて、すごく冷たくされていたんです。
後半になって『もうそろそろ来てもいいよね』って思うんですけど、全然来てくれなくて、悔しいなと思いながらやっていましたね。周りも『絶対に二人はデキるよ』なんていろんな雰囲気を作ってくれてリアル感も出してくれたので、恵まれていました。
結局、疑似恋愛だったので撮影期間が終わったらスーッと冷めましたけどね(笑)。不思議な体験でした」
――衝撃の展開でしたが、最初から知らされていたのですか?
「全然知りませんでした。途中までそんなことはこれっぽちも思ってなくて、台本をもらって『はい?』ですよね。台本をもらうまで何もわかりませんでした。どういう風に別れるんだろうなと思っていたけど、そこだったんですか…って。
太さんは亡くなりましたけど、哲也さんと夫婦生活は続けていけないですよね。葉子は去っていくしかない。もうバイバイですよ(笑)。きつかったですけど、65話という長丁場の主演をやりきったことは自信にも繋がりました」
■主演映画で初ヌードに挑戦、カメラの前でパッと脱いだら、『まだ脱がないよ』って監督に言われた
1994年、赤坂コルドンブルーでショーをすることに。ダンスのレッスンも重ね、セクシーな衣装を身に纏(まと)い大人の色気を発散したステージは大成功をおさめ、2年連続で出演して話題に。
――コルトンブルーでのショー、ヌードに挑戦した「CAST大沢逸美写真集―キャストー」(ぶんか社)、主演映画「セラフィムの夜」(高橋伴明監督)など一気に花開いたという感じでしたね
「ありがとうございます。ちょうど『約束の夏』の撮影終わりで、コルドンブルーのお話もいただいて。女優に目覚める、コルドンブルーをやって今度はお見せすることの喜びを知って、“女に目覚める”みたいな写真集に繋がって…という感じでした。
デビュー当時のメイクさんがコルドンブルーのショーを見て、女らしくなったし、ちょっとやってみないかということで写真集のお話をいただいて。私はずっとボーイッシュなイメージだったので、『そろそろ私も女だよね』と思って。だから、脱ぐ云々というよりも、今の私を見てほしいという気持ちでした」
1996年には高橋伴明監督の映画「セラフィムの夜」に主演。この作品は、自らが女性と男性の両方の特性を兼ね備えていると知った女性の愛と苦悩を描いたもの。大沢さんは、偶然その事実を知って苦悩する主人公・涼子役を演じた。
「難しかったです。女性と男性の両方の特性を兼ね備えている役というのは、私だからかなって思いました。ボーイッシュなイメージだったから。デビュー当時もそうですけど、前にやったことがない役どころで比較するものがないので緊張することもなく、そういうものだと思ってスーッと入った感じです。
私にとっては、本格的にという意味ではほとんど初めての映画で、ヌードシーンもあったし、“前張り”というのも初めて経験しました。
ハードなラブシーンもありましたが、いろんなことが初めてだと、逆にスーッと自然に入ってくるんですよ。だから初脱ぎも、実は写真集ではなくてこの映画なんです。写真集の出版のほうが早かったんですけど、撮影は映画の方が先だったので。
メイクさんがトランスジェンダーの方だったので、いろいろわかってもらえてラッキーでした。だから“前張り”のことも全部おまかせで。
人前で裸になることに全く抵抗がなかったわけではないですけど、それよりも私が女優としてやっていく意味のほうが大きかったですね。だから、私がカメラの前でパッと脱いだら、『まだ脱がないよ』って監督に言われたぐらいで(笑)」
――現場での伴明さんはいかがでした?
「優しかったです。厳しいときは厳しいらしいんですけど、優しかったですね。口調は荒っぽいですけど、厳しい人をいっぱい見てきているので。でも、男らしいというか。
私は、恥ずかしいって思ったらダメだなと思って、そう心に決めてポンポンポンとやっていたんですけど、だから逆にちょっとそういう意味での色気はなかったのかなって。ちょっと恥じらいがあった方がいいのかなとも思いましたけど、役が男でもあるわけだからいいのかなって」
――完成した作品をご覧になっていかがでした?
「もちろん反省点はいっぱいありました。花村萬月さんの原作もすごくいいのに、私の力不足だったなあって思うところもあって。
でも、なかなかできない役柄ですし、共演者の方も本当にそうそうたる方々だったんです。白竜さん、西島秀俊さん、高橋惠子さんとか…そういう皆さんの中で主演という大役をいただけて大変ありがたいと思いました。
時代を超えてでも世に出てほしいなって思います。時代的にちょっと早すぎたという感じがします。今の時代だったらわかってもらえるかなって思います」
大人の色香を漂わせる俳優に転身した大沢さんは、映画「復讐 運命の訪問者」(黒沢清監督)、オリジナルビデオ映画「KILLキル」(佐々木浩久監督)などに出演。時代劇や舞台への出演も多くなっていく。お母さまは入退院を繰り返しながらも、大沢さんの舞台を見たり、一緒に旅行をすることもできたという。次回は撮影エピソード、介護生活、9月4日(木)〜9月8日(月)まで三越劇場で上演される舞台「リア王2025」も紹介。(津島令子)


