1981年、「警視庁殺人課」(テレビ朝日系)で芸能界デビューして以降、数多くのドラマ、映画に出演してきた一色采子さん。2005年にお母さまが逝去されると芸能活動を一時休業し、日本画家であるお父さま・大山忠作氏の創作活動を支えることに。8年間の休業期間を経て本格的に復帰。舞台、着物に関する著書出版、講演活動で多忙な日々。9月8日(月)に東京・三越劇場で舞台「リア王2025」(演出:横内正)の公演を終えたばかり。(この記事は全3回の後編。前編と中編は、記事下のリンクからご覧になれます)
■「大山忠作美術館」の名誉館長に
2009年、お父さまが逝去され、約200点の作品を(お父さまの)故郷・福島県二本松市に寄贈。「大山忠作美術館」を設立し、名誉館長をつとめることに。
「結局、8年かかりました。今は顧問みたいな感じです。そこに行くまでは本当に大変でした」
――お父さまの絵は全部寄贈されたのですか?
「はい。ちょっとは残しておけば良かった(笑)。もう逆さに振っても鼻血も出ません。でも、私は独り者だしね。そういう美術館に全部預けておけば絶対安心じゃないですか。絵は見てもらってなんぼですのでね。だから、それは父も満足してくれていると思います」
――お父さまとそういうお話はされていたのですか?
「はい。自分の出身のところにこういう美術館ができればいいなとは話していました。『絵を寄贈しましょうよ』って言ったら、『寄贈なんていうのは不遜だ』と言われました。
『下さいと言われたならともかく、言われてもいないものをこっちから寄贈なんて、そんなことはできない』って。だから大変だったの。ちょっと父に嘘をつきつつ、ぼちぼちという感じだったんですけど」
――休業中、お芝居がしたいと思ったことは?
「もうちょっといいかなと思っていたときだったので、そういう思いはなかったですね。それにちょうどその頃からどんどん2時間ドラマがなくなっていって、私と同じような俳優がみんな『仕事がない、ない』って言い出した頃で。私はその前に退いちゃっていたので、仕事が減っていくということを実感してなかったんですよね」
――お父さまも一色さんがお仕事をされているのは好きで、自慢だったみたいだという記事を拝見しました
「そんなことはないと思います。それはちょっとメイキングだと思うな。ちょっと盛っているんじゃないかな(笑)。
でも、舞台で(中村)吉右衛門さんの相手役をやらせていただいたことがあるんですけど、それは父が喜びましたね。それは女優をやっていて一番親孝行だったと思う。ステキでした。
ドラマでもご一緒させていただきましたけど、舞台だと1カ月以上一緒じゃないですか。1カ月間劇場、そして1カ月地方巡業だったので、2カ月一緒。それを2年やらせていただいたので幸せでした。このときほど女優をやっていて良かったと思ったことはないですね」
■母から受け継いだ着物、帯を自分流にアレンジ
芸能界きっての着物通として知られる一色さんは、2019年、「一色采子のきものスタイルBOOK 母のタンス、娘のセンス」(世界文化社)を出版。毎日を着物で暮らしたお母さまから受け継いだ着物や帯を現代的な感覚で自分流に着こなしたスタイルを紹介している。
――ものすごい数のお母さまの着物をきちんとリストアップして保管、活用されていて見事ですね
「ありがとうございます。子どもの頃から着物が好きなので、私なりに現代的な色の感覚を取り入れて母の着物を着ている姿を皆さんがほめてくださって。うれしかったです」
――うちの母や祖母の着物を処分する前に一色さんの本があったなら…と思いました。ほとんど処分してしまったので
「熟読してくださってありがとうございます。着物と帯をどう組み合わせたら良いのかわからないという方が結構多いみたいなので少しでも参考になればいいなと思って」
――猫やトナカイ、雪だるまがデザインされた帯などいろいろありますね
「そうですね。どうしても母の世代の着物をそのまま同じように着ると一昔前の感じになってしまいますから、現代的な柄の帯と組み合わせたりして古臭くならないようにしています」
――着物のデザインもされたりするのですか?
「デザイン、色無地ね。ちょっと頼まれてやってみたりしたんですけど、それを仕事にしようとは思わない。着物の講演はしたりしています。コロナで一時期ストップしていましたけど、今はまたやっています。日本人が着物をあまり着なくなってしまったので、着物の魅力をもっと知ってほしいと思って」
――2020年には、YouTube「Saikoチャンネル」もスタートしました
「着物の楽しさを伝えていきたいと思って始めたんですけど、ここのところ全然更新してないですよね。順調に更新する予定だったんですけどね」
一色さんが物心ついたときから家には複数の犬と猫がいたそうで、「一色采子のきものスタイルBOOK 母のタンス、娘のセンス」にも兄妹豆柴の愛犬・リンゴちゃんとタンゴくんと愛猫が登場している。これまでに100匹以上、家にいたという。
「ワンちゃんがまた1匹増えちゃって(笑)。今、猫が4匹、犬も4匹います。全部保護猫と保護犬ですけどね。最後の犬のつもりで『サイゴ』という名前を付けたのに、サイゴの他に1匹増えちゃったの。
しかもグレート・デーンで、でっかくなるワンちゃん。でも『サイゴ』という名前もすでにつけちゃったし、どうしようと思って、アンコールの『アンコ』ちゃんにしました(笑)」
――茶柴のリンゴちゃんと黒柴のタンゴくんは、本にたくさん登場していますね
「はい。でも、あの2匹がもうすぐ17歳になるので、トシでね。だんだんアンコントロールになってきています。オシッコも決められたところにしなくなるので。シニアと若い犬だから運動量が違うので、お散歩も別々にしています。
いろいろ大変なこともありますけど、犬と遊んでいるときが一番ホッとしますね。一番自分の首を絞めているのは犬なんですけど、一番楽しいなって思えるのも犬といるときですね。猫も4匹いて可愛いんですけど、呼んでも来てくれないしね(笑)」
■シェイクスピアの「リア王」は現代にも通じる話
(「リア王2025」ゴネリル役)
9月4日(木)から8日(月)まで東京・三越劇場で舞台「リア王2025」(演出:横内正)に出演。ブリテン国のリア王は引退するにあたって3人の娘たちに領土を分け与えようと考えていたが、長女・ゴネリルと次女・リーガンの甘言に騙され、最も純粋に父を敬い献身的に尽くしていた末娘・コーディリアを追放してしまう…。昨年に続き、リア王の長女・ゴネリル役を演じた。昨年以上に華やかで激しい悪女ぶりが見もの。
ケント伯爵役の田村亮さんが、声が出しづらくなる「音声障がい」のため、初日の2日前に降板というアクシデントはあったものの、田村さんとは30年以上のお付き合いで同舞台にも出演予定だった瀬田吉史さんが代役をつとめた。
「8年間休業した後、拾ってくれたのが、前に仕事をした松竹のプロデューサーで、そこから今度は舞台をやらせていただくようになって。舞台の仕事が多くなりましたね。舞台はいいの。遠いからね。
でも、テレビは私たちの時代とは違うでしょう?4Kとか性能が良くなりすぎちゃってね。アマゾンの蝶じゃないんだから、そんなに細部まで見えなくたっていいのに見えなくていいものまで映っちゃう(笑)」
――昨年の「リア王2024」も拝見させていただきましたが、今回の「リア王2025」は昨年とだいぶ変わっていましたね
「出演者が結構変わりましたからね。私は昨年と同じ役ですけど、女の皮をかぶった悪魔ですから(笑)。ケバケバしい毒蛇とも言われていて、その気になってやっていますけど(笑)。
歌うシーンが大変」
――親といっても3人の娘がいて、耳障りのいい、おいしいことを言われるとやっぱりうれしいんでしょうね
「そうですね。だから、どれだけリアがバカだったかという話ですからね、このリア王というのは。一番まともなことを言っている末娘を追放してしまうわけですから。これは遺産相続の話でもあるしね、介護の話でもある。
だから、500年前に書かれたとはいえ、今でも十分共通な問題なんですよね。ずっと人間が生きている限り。確かに随分おっかないお姉ちゃんたちなんですけど、それまではリアも妹(末娘のコーディリア)を溺愛(できあい)して可愛がっていてね。
それがある日、いいことを言われたからって『お前たちの世話になるぞ』って言われても『ちょっと待ってよ』ってなるじゃないですか。いろいろ自分の中で理解できる接点を見つけながらやっています。
やっぱりシェイクスピアは好きだな。面白い。やっぱり日常とちょっと違う。大先輩たち、そしてエネルギッシュな若い人たちに刺激されながらいつも理性で蓋(ふた)をしている感情の蓋を開けて、思い切り罵詈雑言を大きな声で言えるのを楽しんでいます。
心理的に今でも通用する人間のことなんだけど、あの話自体がすごい。デフォルメ具合が、その心理的なものを踏まえながらいろいろな表現ができるというか。そういうところはやっぱり作り事として面白いなって思います。
横内さんが本当にパワフル。一番元気ね。演出だけでも大変なのに、主演もやって。休憩時間もみんなといろんなお話をして休まない。すごいなあって思いました」
――演出家と役者さんという立場になっていかがですか
「やっぱり俳優さんだから、おっしゃっていることがわかりやすいんですよね。ご指示とかもとてもわかりやすい。俳優というのは、どれだけ演出家の人に沿ったことができるかというのも実力の一つなのでね。あとはどこかで一色らしさみたいなものが出せたらって、そこのせめぎあいですよね」
――稽古後には度々SNSが更新され、和気あいあいと雰囲気が伝わって来ました
「お稽古場が世田谷だったんですけど、町中華のいいお店があったので、お稽古が終わるとそこで食べて飲んで、また次の日頑張ろうって言って電車で帰る(笑)。それがお稽古後の楽しみでした」
――今後はどのように?
「私の年代はもうみんな定年ですよね。だけど、こうやって少なからずまだ伸びしろを感じながらいろいろできるということはありがたいことで、この先いつまでできることか分からないと思っているので、頂くお仕事一つ一つ丁寧にと思ってやらせていただいています」
「リア王2025」を終えたばかりだが、10月に第5回エ・ネスト公演「野良犬譚」、2026年1月には「わが歌ブギウギ 笠置シズ子物語」など舞台公演が控えている。着物の魅力を知ってもらうための講演、イベントも。多忙で充実の日々が続く。(津島令子)