コワモテの凶悪犯から人の良いお父さん、そしてコミカルなキャラまで幅広い役柄を演じ分け圧倒的な存在感を放っている俳優・遠藤憲一さん。声優、ナレーター、脚本家など幅広いジャンルで活動。「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」シリーズ(テレビ朝日系)、大河ドラマ「真田丸」(NHK),映画「首」(北野武監督)などに出演。現在放送中の「きっちりおじさんのてんやわんやクッキング」(BS朝日)では食材の買い出しから料理まですべてひとりで行う様を披露。10月10日(金)に映画「見はらし世代」(団塚唯我監督)が公開される遠藤憲一さんにインタビュー。(この記事は全3回の前編)
■わずか10日あまりで「無名塾」を辞めて
遠藤さんは、電車の中吊りで「タレント募集」の告知を見たのがきっかけで俳優を目指し、20歳の時に仲代達矢さんが主宰する「無名塾」に合格。約800人の中から選ばれた5人の中のひとりだったが、わずか10日あまりで辞めてしまったという。
「もともと集団生活とか厳しい規律がすごい苦手だったから耐えられなかったんだよね。だから高校も中退しちゃったし」
――仲代さんとは辞めてから17年後、1999年に映画「金融腐蝕列島 呪縛」(原田眞人監督)で共演されましたね
「そう。初めて。仲代さんが俺のことをどこまで覚えているのかがわからない状態だったかな。役所(広司)さんが一緒に仲代さんのところに連れて行ってくれて。役所さんは、俺が入所した時にはすでにいたけど、一緒にレッスンを受ける世代ではなかった。
それで、『お前、挨拶しづらいだろう?』って、読み合わせの時に仲代さんのところに一緒に連れて行ってくれて、『あの時辞めたやつです』って。でも、特別なこともなく。役所さんとはドラマや映画で一緒になることが多いけど、無名塾の話にはならないね」
遠藤さんは、無名塾を辞めたあと、知人と自主公演で二人芝居をしていた時に舞台を見に来ていた前の事務所の社長にスカウトされて本格的に俳優として活動することに。
――声のお仕事もされていますが、多くの方に知られるようになったのは映画「マトリックス」(アンディ・ウォシャウスキー&ラリー・ウォシャウスキー監督)ですか?
「そうかな。その前からドキュメンタリー番組とかはやっていたけど、声の仕事もやっているんだって思われたのは『マトリックス』だね」
――テレビを見ていたら映画の宣伝が遠藤さんで、その後の化粧品のCMのナレーションも遠藤さんで、さらにそのあと流れたCMも…ということもありました。聞き心地が良いですよね
「ありがとう。でも、声の仕事は難しい。勝手に進めることができないから一言一句ちゃんとやらなきゃいけない。俺は一言一句間違えないようになんてあまり得意じゃないのに全部合わせないといけないしね。声だけで表現だから、やりすぎてもダメだし、はっきり読めばいいってもんじゃないから難しい。
練習不足だと言葉を切りにいっちゃうんで、それをもうちょっと滑らかにさせるのがすごく難しい。役者でも、ものすごく声の差が出るよ」
遠藤さんに初めて会ったのは、33、4年前。当時はまだそんなに大きな役ではなかったが、独特のオーラと存在感を放っていてカッコ良かった
――撮影の前日みんなと結構遅くまで飲んでいたりしても仕事は完璧で、何でもできちゃう天才だと思っていましたが、人一倍努力して練習されていると知って驚きました
「すごい真面目だよ、俺(笑)。飲んでいるところでしか会ってなかったから真面目なイメージはなかったと思うけどね。お酒を飲むというのは、真面目すぎてその日の反省とかもしちゃうタイプだったから飲んで忘れたかったんだと思う。
で、飲みに行く前に翌日のことは全部やっておくの。セリフの覚えがめちゃくちゃ悪いから時間がかかるんだよね。翌日のセリフもちゃんとしていたんだけど、その不安感を払拭するために飲んでいたんだと思う。真面目だからさ(笑)」
■3年間口説き続けて、妻・昌子さんがマネジャーに就任!劇的な変化が…
確かな演技力と存在感で次第に大きな役どころのオファーが増えるようになった遠藤さんだが、最初の事務所の社長が高齢となって引退することになり、奥さまがマネジメントを担当することに。2007年個人事務所「エンズタワー」を立ち上げる。
――奥さまの昌子さんがマネジメントをされるようになってブレイク。プロデュース能力がすごいですよね。一見コワモテだけど実はチャーミングだというところを引き出して
「女房が作ったんだろうね。女房は、もともとは役者だから、マネジャーとしてどういう能力を持っているかわからなかったけど、身近で話し合いながらちゃんとできると思ったんだよね。俺のことを一番よくわかっているから。でも、ずっと『イヤだ!イヤだ!』って言われて、引き受けてもらうまでに3年かかった。3年口説いてようやくという感じ。
それまであまりやってなかったテレビの仕事も多くなって。『えーっ!?こんなことをやるの?』って思った仕事もあったけど、『絶対にやった方がいい』って言われるものはやらなきゃダメだなって。今はもう、話し合いというより有無を言わさず…という世界になったけどね(笑)」
――絶対的な信頼感がありますしね
「そう。彼女の判断に任せれば間違いないと思っている。俺がピンと来てなくても大体当たっているからね。言われる通りやっている」
2009年、「白い春」(フジテレビ系)に出演。恋人・真理子(紺野まひる)の手術費のために殺人を犯し、9年の刑期を終えた元ヤクザ・春男(阿部寛)は、恋人が亡くなっていたことを知らされる。そんな彼の前に村上さち(大橋のぞみ)という一人の少女が。実は、さちは春男と真理子の娘だった…という展開。
遠藤さんは、春男が逮捕されたことを知ってショックで倒れた真理子を病院に運んだことがきっかけで出産にも立ち会い、真理子が亡くなった後、さちを我が子として育てている村上康史役を演じた。それまで悪役を演じることが多かった遠藤さんのイメージを大きく変えた作品。
「あのドラマはデカかったね。普通の役もできるんだ、滑稽な部分もできるんだっていうのが、業界の人に認知された作品だったから、言われてみるとその年がデカいね」
――主演の阿部寛さんが元ヤクザという設定で怖い雰囲気だったので遠藤さんがすごく優しい人に見えて新鮮でした
「阿部さんが推薦してくれたみたい。阿部さんが怖い役だから、ものすごくスマートな人が来るとちょっと怖さに輪をかけすぎちゃうんで、この顔でお父さんというところのバランスも欲しかったみたい。阿部さんがこの役に推薦してくれたんだなって」
――2009年は初主演ドラマ「湯けむりスナイパー」(テレビ東京系)もありました。殺し屋を引退して秘境の温泉宿の従業員として第二の人生を生きる主人公・源さんステキでしたね
「ありがとう。それも2009年か、すごいね(笑)。あまり年代で振り返ったことがないから、そう言われるとすごい」
――初めはわりと小さい役からでしたが、どんどん大きい役になっていって主役も。ご自身ではどんな感じでした?
「全部が全部小さい役の仕事だけやっていたわけじゃないけど、悪役が多かったし、そういうのをやっていた中で、普通の人を表現させてもらえるというのはやっぱりうれしかった。
ましてお父さん役なので、愛情とか優しさ、喜怒哀楽みたいなことがいっぱい出せるからやりがいがあったよね。撮影が楽しかった。
色々考えなきゃいけないので、ただ単に楽しいというのとは違うけどね。『どうやったらここは深くなるんだろう?』とか、そういう部分ではやりがいのある現場だったよね」
■朝ドラのオーディションで「朝の顔じゃない」と言われて
2010年には、連続テレビ小説「てっぱん」(NHK)に出演。瀧本美織さん演じるヒロインのお父さん役を演じた。
「『白い春』を見て認知したんだと思うけど、聞いた時はびっくりした。朝ドラは若い頃オーディションを受けに行って『朝の顔じゃねえだろう』って言われて怒っていたんだから。まさか話が来るとは思わないじゃない。
それも『ヒロインのお父さん役で』って言われたんでびっくりしたよね。しかも『奥さんが安田成美さんです』って言われて、『そんな組み合わせでいいの?』みたいな(笑)」
――朝ドラの撮影はいかがでした?
「とにかくみんな爽やかに見えるわけ。『そういう中に俺が入って大丈夫なのかな?』って(笑)。だからカットがかかるとみんながチェックするためにモニターのところに行ったりするんだけど、俺は一切見ず、完成して完パケが出来上がっても見なかった。怖すぎて。
それが何話目だったかな?まだ放送前だったけど、完パケが3枚目ぐらいのときに1回ちょっと見てみようかなと思って見たら、とりあえず大丈夫だったんで、安心して見るようにしましたけど」
――朝ドラのオーディションは、結構受けたのですか?
「そんなに何回も受けてはいないけど、受けたときに書類は大体通るじゃない。それで実際顔を見せに行ったときにやっぱりはっきり物を言う人っているんだよ。それでいきなり『ちょっと朝の顔じゃないな』って言われたのがすごいショックだったんだよね。だから、俺は一生朝ドラはやらないんだろうなって思っていた」
朝ドラは、「てっぱん」のあと、「わろてんか」にも出演。2013年には「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」(テレビ朝日系)が放送されシリーズ化。遠藤さんは海老名敬(たかし)役で大人気に。
「俺にとってドクターXは、一番長いシリーズ作品になって。1シーズンだけ他の仕事とスケジュールが重なってしまって地方に飛ばされちゃった設定になったけど(笑)」
――米倉涼子さんとの掛け合いもですが、西田敏行さんとのシーンも話題になりました。結構アドリブも多かったみたいですね
「そうだね。アドリブがたまにはギャグめいたこともあるけど、大半俺をいじるときはそう。
ちゃんと意味のある笑いなんだよね。急に呼んでおいてマスコミの前で次の外科部長を発表するシーンがあって。
本当は涼子ちゃんを『次の外科部長は彼女です』って言いたかったのが、『いたしません』って逃げられちゃったもんだから、目についた俺を呼んで『海老名くん』って最初に言われたの、アドリブだと思うけど。
『本当のこれから外科部長になる海老名くんです。下の名前なんだっけ?』って聞かれて『たかしです』って言ったら『そんな名前だったっけ?』って(笑)。全然興味ない人だったっていうようにやるんだよね。そういうところは全部引っ張り出してもらったという感じですかね」
――一番印象に残っていることは?
「とにかくいじり倒してもらったことだね。でも、初めのうちは『どう返せるかな?今日は』っていう風に思っていたんだけど、だんだん楽しくなってきちゃって(笑)。
だから、みんなはちょっと西田さんに緊張しているみたいだったんだけど、俺は途中ぐらいからもう楽しくて、『今日は何が出るんだろう?』みたいな感じで。そこを返していくのが、返せる時と、吹いちゃって潰れちゃう時もあったんだけど楽しかった。テレビドラマとしてすごく優秀だと思うし面白かったよね」
一見怖いルックスの遠藤さんのコミカルな演技も話題になり、バラエティー番組やCMにも引っ張りだこに。「民王」(テレビ朝日系)、「遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます」(WOWOW)、「それぞれの断崖」(フジテレビ系)など主演ドラマも多くなっていく。次回はその撮影エピソード、断酒生活も紹介。(津島令子)
※遠藤憲一(えんどう・けんいち)プロフィル
1961年6月28日生まれ。東京都出身。1983年、「壬生の恋歌」(NHK)でデビュー。「刑事貴族」(日本テレビ系)、「必殺仕事人」シリーズ(テレビ朝日系)、「バイプレイヤーズ」シリーズ(テレビ東京系)、「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(Amazon Prime Video)、「大追跡〜警視庁SSBC強行犯係〜」(テレビ朝日系)、映画「天国から来た男たち」(三池崇史監督)、映画「スオミの話をしよう」(三谷幸喜監督)などに出演。映画「ベートーヴェン捏造」(関和亮監督)が公開中。10月10日(金)に映画「見はらし世代」の公開が控えている。