子役時代から演技力の高さで話題を集め、是枝裕和監督作品の常連俳優としても知られている蒔田彩珠さん。南沙良さんとW主演を務めた映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」(湯浅弘章監督)で「第43回報知映画賞新人賞」と「第33回高崎映画祭最優秀新人女優賞」を受賞。映画「朝が来る」(河瀬直美監督<正式な瀬の右側は刀に貝>)、連続テレビ小説「おかえりモネ」(NHK)など話題作への出演が続き、11月28日(金)に主演映画「消滅世界」(川村誠監督)の公開が控えている。(この記事は全3回の中編。前編は記事下のリンクからご覧になれます)
■実際に演じる役の人物として生活することに
2020年、蒔田さんは、河瀬直美監督の「朝が来る」に出演。中学生で妊娠、出産し、断腸の思いで我が子を手放すことになった14歳の少女・片倉ひかりを繊細にかつ大胆に体現。見る者の心を揺さぶる秀逸な演技で日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ多くの映画賞を受賞した。
心から望みながら実の子を授かることが叶わなかった栗原清和(井浦新)と佐都子(永作博美)夫妻。一度は諦めたが特別養子縁組という手段で14歳の中学生・ひかり(蒔田彩珠)が出産した男の子を育てることに。朝斗と名付け、3人で幸せな日々を送っていたが、6年後、ひかりから「子どもを返してほしい。それが駄目ならお金をください」という電話が。そしてひかりが変わり果てた姿で現れ…という展開。
初めての恋に瞳を輝かせ満面の笑顔を見せる少女が妊娠。泣く泣く我が子を栗原夫妻に託してから6年。いかに過酷な日々を送ってきたのか一目瞭然の変貌した姿、圧巻の演技に胸が締め付けられる。
――「朝が来る」の蒔田さんは衝撃的でした
「あれは強烈な映画でした。変わり果てましたからね。あの映画は、本当に役作りの期間がすごく長くて、手の込んだ役作りをしました」
河瀬監督の撮影では、登場人物たちが経験してきたこと、これから経験すると思われることを実際に体験してその人物になっていく「役積み」という行為があることで知られている。
――「役積み」の期間はどんなことをされていたのですか?
「私は奈良に家があるという設定だったので、実際にその家に1カ月くらい住んでいて、そこから中学校にも通って授業を受けていました。
実際には高校1年生だったのですが、中学2年生の子たちと毎日授業を受けて、部活をして帰るという生活で、みんなと仲良くなりました。
相手役の男の子も同じ学校に通っていました。『話しちゃダメ!』と言われていたので話はしませんでしたが、お互いにやっぱり意識するじゃないですか。『あの人だ!』みたいな感じで。ちょっと恥ずかしかったですね」
――初めて恋を知って幸せに輝いていた女の子が14歳で出産した赤ちゃんを泣きながら託すシーンに胸が締め付けられました
「赤ちゃんを託すところは、ものすごくしんどかったです。本当は自分の手で育てたいけど、そんなことは無理だということも全部わかっていて。ことごとく不運な環境でした。友だちも悪い子じゃないんだけど、結局自分の身を守るために勝手に借金の保証人にさせられてしまって。
家を出た後、新聞配達をしているという設定だったので、実際に(新聞配達の)寮に住んで新聞配達をしていたんですけど、借金取りに脅されるシーンは普通に配達が終わって配達所に帰ったらそこにいて、いきなり『金を返せ!』って言われて。カメラもあったので、『今本番なんだ!』みたいな感じでした」
■初めて自分の芝居を見て泣いた
14歳から20歳まで演じたが、撮影時はまだ10代半ばだった蒔田さん。約3カ月間家を離れての撮影は初めてだったという。
「あんなに長く家を離れて映画だけに集中するという経験は初めてでした。それまでは長くても2,3週間で終わる作品が多かったので、3カ月くらいかけて…というのは初めてで。
撮影中は大変という気持ちが大きかったです」
――作品や役どころに関して、お母さまは何か言ったりすることはあるのですか?
「子役の時は母が極力難しい役の作品は避けていたのですが、もう自分で決めてもいい年なんじゃないかということで。一応お母さんにも原作は読んでもらいました。原作も結構リアルな描写が多かったので、そこはちゃんと相談して、できる範囲でやったらいいんじゃないかみたいな感じでした。
でも、お母さんは、見た時結構しんどかったんじゃないかなって思いました。『いくら映画とは言え、こんなにつらい内容なのに頑張った』ってなったと思います」
――ひとりの女の子の人生が置かれた状況によって激変してしまいますからね
「すごい6年だったんだろうなと思います。髪の毛も自分で染めてくれと言われたので、自分でブリーチしてお風呂場で染めました。あの子は美容院に行って染められるようなお金もないし、自分でやったんだろうなって」
――ひかりはどうなってしまうんだろうと思っていたら最後に救いが。子どもにちゃんと「広島のお母ちゃんだよ」って紹介していましたね
「ひかりの雰囲気があまりに変わっていたので、家に行った時『あなたはお母さんじゃない』って否定してしまったことを、佐都子はきっとすごく後悔していたんだと思うんですよね」
――ひかりの惨状を知ったからには放っておかないのではないかなと
「(見た方が)どう取るかですけど、さすがにこの姿を見たら放っておけないですよね。一緒に暮らさないにしても、真っ当な人生を歩めるようにサポートしてくれるかなって」
――そうあって欲しいと思いました。ちゃんとした大人が近くにいるというのは希望ですよね。そう思って救われたんですけど、つらいお話でした
「本当につらかったです。ただ、自分の子どもを育てられない方や、出産することがかなわない方もいるわけですから、私が中途半端に演じてしまったら傷つけることになるかもしれない。だから、全力で大切に演じたいと思っていました。
全部順撮りで。1日2シーンとか3シーンしか撮れなかったので、すごく時間がかかった分、終わった時は感動して大号泣でした」
――完成した作品をご覧になった時はいかがでした?
「監督や皆さんと一緒だったのですが、やっぱり自分の映画を見る時ってすごく緊張するんですけど、初めて自分のお芝居で泣きました。『かわいそうだな』って。気持ちが引っ張られるというか、つらくてしんどい作品ではありました」
――この作品で日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ多くの賞を受賞されました繊細な心情表現、幅の広い役柄が演じられる俳優さんとして広く知られることになりましたが、実感はありました?
「この作品は私にとってやっぱり大きかったですね。いろんな役を任せてもらえるようになったきっかけの作品でもあると思います」
――いくつか映画賞の選考委員をやらせてもらっていますが、かなり早くから蒔田さんのお名前は上がっていました。でも、最初はお名前の読み方がわからなかったです
「よく言われます。なかなか1発で読めない字ですよね」
――でも、「あじゅ」さんって素敵なお名前ですね
「ありがとうございます。なかなかないですよね。お母さんありがとうです。最初は読めない人が多いですけど、1回覚えてもらえたら忘れない。でも、自分でも漢字が難しくて、小学校で名前を漢字で書く時に時間がかかっちゃって大変でした。苗字も名前も画数が多いから難しくて。しばらくは『蒔田あじゅ』って平仮名で書いていました(笑)」
■朝ドラのオーディションは、最初はリモートで
2021年、連続テレビ小説「おかえりモネ」に出演。このドラマは、宮城県気仙沼湾沖の島で育ち気象予報士を目指すヒロイン・永浦百音(清原果耶)が、個性的な先輩や同僚に鍛えられ、失敗と成功を繰り返しながら成長していく姿を描いたもの。蒔田さんは百音の妹・未知(みーちゃん)役を演じた。
「あの役も難しかったです。オーディションだったのですが、コロナ期間だったので、最初はリモートでお芝居をして、最終オーディションだけ実際に行ってお芝居したという感じでした」
――子役時代は、オーディションが楽しいと感じたら受かっていたとお話しされていましたが、朝ドラのオーディションは楽しかったですか?
「楽しかったです。コロナ期間ということもあって、しばらくお芝居をしていなかったので、久しぶりにお芝居をしたのがすごく楽しくて。
『これは来た!』って思っていたら、その日の夜に連絡が来ました。オーディションが終わって帰ってソファーで寝ていたら電話がかかってきたので、ものすごく嬉しかったです」
――朝ドラに出演されたことで変わったことはありました?
「やっぱり見てくださっている方が多いので、名前を覚えてもらえるきっかけには多少なったのかなと。『みーちゃん』って声をかけられたり、いまだに『みーちゃん』ってインスタのコメント欄とかで言われます」
――コロナの自粛期間はどうされていました?
「撮影もみんなストップしていたので、家でできる趣味みたいなものに手を出していました。通販でいろんなものを購入して挑戦していました」
――映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」のギターもそうですけど、何か始めるときちんと続けていらっしゃいますね
「そうですね。ギターも今や趣味になっていますし、意外と多いです。自粛期間は意外と有意義に過ごせました。配信で毎日いっぱい作品を見ていたので、映画がより好きになりました。1日3、4本は見ていたと思います。高校も休みだったので自由に過ごしていました」
――仕事をしながら学校に通うのは結構大変だったのでは?
「芸能学校で、毎日行かないといけないような学校ではなかったので高校はそんなに大変ではなかったです。小学校と中学校の時はやっぱり大変でしたけど。大人になりました(笑)」
確かな演技力で2023年に「わたしの一番最悪なともだち」(NHK)で連続ドラマ初主演を果たし、2024年には映画「ハピネス」(篠原哲雄監督)に主演。2025年も「御上先生」(TBS系)、「DOCTOR PRICE」(日本テレビ系)など話題作に出演。次回は撮影エピソード、11月28日(金)に公開される映画「消滅世界」も紹介。(津島令子)