ジャーナリスト伊藤詩織氏(写真)が監督した映画「Black Box Diaries」が日本での公開間近となる中、伊藤氏の元弁護団の弁護士は「映画は、重大な人権上の問題を孕(はら)んでいると言わざるを得ません」と強く批判した。
本作は伊藤氏自身の性暴力被害をテーマにしたドキュメンタリー映画。すでに海外では公開されているが、作品内で一部の映像や音声が無断使用されているという問題点が指摘されていた。指摘したのは、かつて民事裁判で伊藤氏の弁護を担当した元弁護団の弁護士らだった。
今年2月、日本外国特派員協会(FCCJ)で行った会見で、西廣陽子弁護士は「8年半もの長期にわたり、一緒に戦い信じていた人を、その問題点を指摘しなければいけない。このつらさに私自身が押しつぶされそうです」と声を詰まらせていた。
その後、今年10月、伊藤氏はタクシー運転手に対して謝罪したと発表。本人の承諾を得ずに撮影、映像使用したことをわび、新バージョンで使用する許可を得たとしている。
その謝罪文の公表から10日後には、日本での作品公開が詳細に明かされ、「新バージョン」は「当事者からのご指摘を受けたところなど、一部表現を修正し配慮をした上で完成しました」としている。
指摘されていた問題は、タクシー運転手の映像だけではない。ホテルの防犯カメラや捜査官の映像が無断で使われ、西廣弁護士の電話音声が無断録音されていたとされる。伊藤氏がこれらについて、どのような修正を施したのかは、公開直前の時点でも明かされていない。
公開を目前にした今月11日、西廣弁護士は改めてコメントを発表。これまでの経緯を明かすとともに「残念ながら、法的な問題は解決されてはいません」と、本作の問題点を訴えた。
西廣弁護士は、これまで伊藤氏側に問い合わせを続けてきたが、「映画を修正した」という話は一切なく、指摘した問題点はそのまま、海外では上映・販売されていると指摘している。
その上で「伊藤さんの映画は、重大な人権上の問題を孕んでいると言わざるを得ません」と強く批判し「これ以上、傷つく人がでないことを願っています」と結んでいる。
以下は西廣弁護士のコメント全文。
今年2 月のFCCJの会見から10カ月が経とうとしています。
私たちがFCCJで会見をしたその日に、伊藤さん側は「個人が特定できないようにすべて対処します」というコメントを配布しました。
しかし残念ながら、「対処した」という連絡は、現在まで私たち側には届いていません。
これまで、幾度となく私は「蔑ろにされた」と感じてきました。
1.ホテルに誓約書を連名で差し入れたのに、伊藤さんにはそれを破られました。
2.防犯カメラ映像を映画で使いたければ承諾をとって、と言ったのに守られませんでした。
3.映画ができたら事前に確認させてと約束したのに、確認させてもらえませんでした。
4.電話での会話を無断で録音されました。
5.スターサンズ代表の四宮弁護士から、防犯カメラ映像は「 使わない方向で」という回答だったのに、使われ続けました。
6.今年2 月のFCCJ でのコメントで「対処します」と言ったのに、修正のない映像が流され続けてきました。
その都度、今度こそは信じたいと思いながら、結局残念な思いを強いられてきた、その繰り返しでした。
伊藤さんの代理人弁護士から、本人から説明するので日程調整をという連絡を9 月8 日に受けました。しかし、断りました。
6 月下旬以降、こちらから映画について問い合わせをしても、「海外向け配給権を譲渡したので把握していません」等の返事の繰り返しでした。「映画を修正した」とか「修正バージョンを見て」という話は一切ありませんでした。
9月になり、突如として、「本人から説明するので日程調整を」と連絡がきました。私は、日本で映画を上映するための既成事実をつくり、それに利用されるのだと感じました。また無断で録音されるのだろうとも思いました。繰り返し残念な思いをさせられてきた立場として私は佃弁護士を代理人に立てており、佃弁護士からは伊藤さん側に、会う前にこちらの問合せに答えて欲しいと申し入れをしました。
この対応は正解だったと思っています。
というのは、伊藤さんの代理人弁護士はメディアに対して「くり返し修正バージョンを見てほしいと言ったが拒絶されています」と言っているからです。しかしながらそのような事実はありません。
私たちが指摘した問題点は、修正されないまま上映されています。
また、全く修正されていない映画が、海外で販売されています。
残念ながら、法的な問題は解決されてはいません。
伊藤さんは「公益性」という言葉を何度も使って映画を正当化していますが、私たちは、「公益性」はないと考えていることを説明してきました。
また、「映画を見て判断して欲しい」と幾度も口にしていますが、私たちからすれば、問題のある映画を上映すること自体が「問題」なのです。殴られている人を見せて「 どう感じるか判断して欲しい」と言っているのと同じだと考えられるからです。
「公益性」や「 映画を見て判断して欲しい」という彼女が使う言葉自体が、具体的な説明のない、いかなる意味にも受け取れる、「ブラックボックス」として使われています。
今度公開される伊藤さんの映画は、これまで私たちが問題にしてきたことがほとんど改善されていないと聞いています。
私たちが訴えてきたとおり、ホテルとの約束に反してホテルの映像を映画に使用することは、今後、ホテル等から裁判上の立証への協力を得られなくなるおそれを生じさせるものです。ただでさえ立証の手段が限られる性被害について、伊藤さんの映画は、その救済の途を閉ざすものであるとの批判を免れません。
また、捜査官の音声や映像を使用することは、本来守らなければならない“公益通報者”や取材源を世の中に晒すことであり、これは、ジャーナリストとして決して行なってはならないことです。
伊藤さんの映画は、重大な人権上の問題を孕んでいると言わざるを得ません。
これ以上、傷つく人がでないことを願っています。
2025年12月11日 西廣陽子
