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2026年1月16日 13:27

木ノ本嶺浩 高校在学中、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募して芸能界へ

木ノ本嶺浩 高校在学中、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募して芸能界へ
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2010年、「仮面ライダーW」(2009年から放送・テレビ朝日系)の仮面ライダーアクセル(照井竜)役に抜てきされ、端正なルックスで人気を集めた木ノ本嶺浩さん。映画「ガクドリ」(江良圭監督)、映画「生贄のジレンマ(上・中・下)」(金子修介監督)、映画「三尺魂」(加藤悦生監督)、映画「THIS MAN」(天野友二朗監督)、大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」(NHK)などに出演。1月16日(金)に主演映画「メモリードア」(加藤悦生監督)が公開されたばかりの木ノ本嶺浩さんにインタビュー。(この記事は、全3回の前編)

■俳優になりたいと思うように…

滋賀県で生まれ育った木ノ本さんは、小学校2年生から地元の空手教室に通い始めて上京するまで10年間続け、子どもたちに指導もしていたという。

「小さい頃から映画が好きで、月に1回映画が安くなる日に映画館に連れて行ってもらうのが楽しみでした。家でひとり過ごすことが多かったりするとアニメのビデオを流してくれていたりしたので、家でそういうのをずっと見ているような子どもでした。80年代90年代ぐらいの洋画もよくテレビで見ていましたね」

――俳優になりたいと思ったのはいつ頃だったのですか

「小学校4年生の頃、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(ジョージ・ルーカス監督)が公開されて家族で見に行ったんですね。それは、後にダースベイダーになるアナキン・スカイウォーカーというキャラクターの幼少期を描いたもので、ジェイク・ロイドが演じていたのですが、ジェイク・ロイドが僕と同じ1989年生まれだったんです。

自分と同じ年の人が、小さい頃から親の影響で見ていたスター・ウォーズに出ているというのを見て、あの世界に入りたいと初めて思いました。それが多分、一番強烈な体験だったんだと思います。スクリーンで同じ年の人がのちにジェダイになるというのが。

夢見がちじゃないですか。『もしかしたら自分には何か特別なものがあるかもしれない』って、子どもの時は思いたかったりすると思うので。他に子役の人が出ているのを見てもそんな風には思わなかったので、やっぱりジェイク・ロイドの存在が一番大きかったですね。

それを見て、そのままずっと映画を見続けるんですけど、高校生ぐらいになって進路を考え始めた時に大学に行くかどうかということになって。地元の滋賀の大学とか京都、大阪など関西の大学に行ってずっと滋賀に住むのかなと思った時に、やっぱり俳優になりたいという気持ちが残っていたんですよね。

それで俳優になりたいという思いを親に相談して、自分で『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』に応募したんです。実は2回応募しているんです。最初は高校1年生の時に送って書類選考に通り、地方予選があり、雑誌の紙面に載り、ベスト30まで残ったんですけど諦めきれない気持ちがあって。

高校2年生でダメだったら諦めようと思って、親にも『これがダメだったら大学に行きます』って言って。姉も大学に行って地元で就職しているので、そういう道もあるのかなと思っていたら、審査員特別賞をいただいて事務所に入ることになりました。

実は今もその時から一緒にいるマネジャーなんですよ。僕が高校2年生の時に最終選考会というのが行われて、その年のグランプリが溝端淳平くん。その時に同じく受けた人たちが何人も今俳優を続けているんですけど、自分では何が特別なのかわからないじゃないですか。

わからない中で最終選考会を見に来ていた事務所の方々から声がかかるんですね。『〇〇さんには何十社から声がかかったよ』とか。僕にもお声がけいただいたので、『これで俳優になれるのかな?』っていう気持ちになって。今のマネジャーと出会って事務所に入りました」

高校2年生の時に事務所に入った木ノ本さんだが、3年生の夏に行われる陸上部の最後の大会が終わってから芸能活動を始めることにしたという。

「事務所も『ちゃんと高校は出ておいた方がいいよ』と言ってくれて。すぐに上京して仕事を始めたい気持ちもありましたが、自分で地元の高校を卒業することに決めたし、陸上も好きで部活も地元の仲間も好きだったので。

それで、マネジャーが大阪でレッスンを受けられる場所を探してくれたんですよ。高校を卒業したらすぐに上京して、俳優として活動したいと思っていることをお伝えしていたので、そのために何か訓練できることをやってみてはどうかというので、高校3年生の陸上の最後の大会が終わった後、夏休みぐらいから週に1回演技教室と言いますか、そういう初歩的なクラスのところに通っていました」

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■高校3年生の時にテレビドラマで俳優デビュー

木ノ本さんは、高校3年生の冬休みに小栗旬さん主演のドラマ「貧乏男子ボンビーメン」(日本テレビ系)で俳優デビューすることに。

このドラマは、超お人よしの借金を抱えた大学生・小山一美(小栗旬)が、同じように借金を負う仲間と返済に悪戦苦闘しながら、お金とは何か、お金より大切なものは何かを見出していく様を描いたもの。木ノ本さんは一美の友人・五十嵐徹役を演じた。

「高校3年生の2学期の終わりぐらいに、マネジャーと一緒にいろんな会社にご挨拶に行ったりしていた中でドラマが決まって。(東京で)

ひとり暮らしをすることになったので、高校3年生のクリスマスに部屋を決めて、慌てて家財道具を買いに行ってひとり暮らしを始めて、ドラマに出ることになりました」

――初めてのドラマはいかがでした?

「目に映るもの全てが初めてで。『これがテレビ局なんだ』という感動から始まりました。今自分がそのドラマを見返しても素人がひとりいるぐらいな感じに見えちゃうなって思うんですけど。

大きな会議室で顔合わせがあって、はじめの和やかな雰囲気から空気が変わって本読みの時には役の人物がその場に存在して、『俳優ってすごい!』って感動を覚えたのをすごくよく覚えています。

それをベテランの俳優さんがムードを作って盛り立ててくださって、芸能人を見ている、そこに自分も入るんだというより、見られたことがまず嬉(うれ)しいみたいな感じはありましたね。

初めてなので、目に映るもの全てが新鮮でしたし、その他に大学生の仲間の役をやっていた人たちも、演劇をずっとやっていて、やっとドラマに出演が決まったという俳優さんもいらしたり、僕と同じようなタイミングでほぼデビュー作に近いんですという方もいらしたりしていたので、いまだにその時の付き合いというか、連絡を取っている人もいます。あの時にもらったドラマのグッズとかは今も大事に取っておいてあります」

――高校は卒業することができたのですか?

「はい。高校は最終学期が残っていたので、テストだけ受けに戻りました。僕は、高校3年生の2学期まで無遅刻無欠席だったんです。学校の先生に相談したら皆勤賞だったので、特例ではありますけど試験を受けたら大丈夫ということで。

卒業までの日数を考えたら、実技科目と最後のテストだけ受けに来れば日数は足りているから卒業できると言われたので、そうすることに。高校3年生の3学期なので、みんなももう進路が決まっていますからね」

――高校の皆さんには何か言われました?

「テストを受けに戻ったら、みんな見てくれていて。それが飲み会のシーンで、『お前、酒飲んでないだろうな?』って言われたから『実はウーロン茶だったんだ』って答えたり。

そんな話をしていると、東京に行くんだなという実感が湧きましたし、卒業式の後、みんなが集まってご飯でも食べに行こうよみたいな流れの中で、僕はすぐに新幹線で東京に行って、翌日ドラマの撮影に行かなきゃいけなかったのですごく寂しかったです。

部活のみんなも好きだったし、文集をもらってそれを新幹線の中で読んでいたら急に寂しくなって、『ああ、俺は地元を離れるんだ』という実感が急に強くなりました。それと同時にみんなが温かく送り出してくれたので、頑張らなきゃなっていう気持ちが一層強くなりましたね」

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■仮面ライダーで世界が変わった

2010年、平成仮面ライダーシリーズ「仮面ライダーW」に出演。桐山漣さん(左翔太郎)と菅田将暉さん(フィリップ)が二人で演じる「仮面ライダーW」に続く仮面ライダーアクセル(照井竜)役を演じることに。

「仮面ライダーが決まったのは、デビューして2年目でした。オーディションを受けに行ったのですが、桐山さんと菅田将暉さんに決まったので落ちて」

――「ジュノン〜」と「仮面ライダー」は、新人俳優の登竜門として知られていますね

「はい。確かにジュノンボーイ出身の方は沢山いらっしゃいますね。僕は、仮面ライダーのオーディションを受けたのが2回目だったのかな。劇場版に登場する仮面ライダーの役のオーディションがあって、まずそれを受けてダメだったんです。それで、次に新番組のオーディションを受けたのですが、審査を経ていくごとに、仮面ライダーになりたい人たちが周りにめちゃくちゃいて。

僕が子どもの頃は、仮面ライダーがテレビでちょうどやってなかったんですよ。小学校4年生か5年生ぐらいの時に平成ライダーが復活したので、僕自身はメタルヒーローの昔のシリーズを見ていたんです。

それは好きだったんですけど、仮面ライダーと言われても、そこまで詳しくなかったので、みんなが『仮面ライダーになりたいです!』と言う中で、僕ひとり、『すみません。こんなにみんながなりたいっておっしゃっている中で、正直僕はそこまで、みんなほどは見てないと思うんです』って全部正直に言ったら、『何で来たの?』って言われて(笑)。

そりゃそうですよね。仮面ライダーになりたいという人たちが集まっている中で、僕はスター・ウォーズのエピソード1の話をしたり、メタルヒーローが好きで…という話をしていたので。あの時にアクセル役に選んでくださったのは、いろいろ正直に話したのが良かったのかなって思いますね。

というのも、主役のオーディションを受けてダメだったので、『ダメでしたね。また来年頑張りましょう、来年挑戦しましょう』っていう話をしていたら東映さんから連絡が来て。

『実は、2号ライダーでアクセルというのが出てきます。で、1回、(銀座の)東映に来ていただいて面接をして、良かったら木ノ本さんに決まります』と言われたのでマネジャーと二人で行ったら、すごい会議室に偉い人たちがズラーっと並んでいて。

プロデューサーから監督から、いろんな方々が並んでいたので、ものすごく緊張したんですけど、是非とも決めたいじゃないですか。

決めたいんですけど、『これで良かったら決まると言われても、僕は何をすればいいんだろう?』と思いつつ始まるんですよ。

プロデューサーと監督が口火を切って色々話してくださっていて。アクセルはどういうライダーなのかとか、仮面ライダーWというのはこんな物語になる予定だとか。放送前だったので、こんな構成になって、こういう展望があるんです…みたいな話になって。

それで、衣装に関してはこういうことになっていてとか、『バイクの免許は持っていますか?』ときかれたので、持ってないことを伝えると、『でも、バイクはちゃんと吹き替えで安全にやるので大丈夫ですよ』って言うんですよ。

何か意味がわからなくて、『ちょっと待ってください。どうも話が僕は読めないんですけど、決まっていますか?』って聞いたら、『はい、決まっています』って言われて。

『ここで喋ってみて、とんでもなく君が変な人だったら断ろうと思っていましたけど、もう初めから決まっていました。ここに呼んだ時点で決まっていた』って言われて驚きました。マネジャーも僕も知らなかったので、隣にいたマネジャーがガッツポーズをしていました(笑)。僕は呆気に取られていて『僕、ヒーローになれるんですか?』みたいな感じでしたね。

そこで、じゃあもっと突っ込んだ話を…というので、『空手ができるそうですが、どういう流派で、段は持っていますか?』とか。Wが2人で変身するので、アクセルは一本気のまっすぐな性格の役にしたいというところもそこで話していただいて。衣装のデザインは、ダブルのライダースがいいのか、シングルのライダースがいいかとか、そんな細かいところも決めていって。

『じゃあ、よろしくお願いします』ってエレベーターに送り出していただいて。それまでマネジャーと一切会話はしてなかったんですけど、振り向いたらマネジャーが満面の笑顔で、2人で握手をして…というのが、僕の中の仮面ライダーのスタートですね。銀座の東映本社ビルも移転してしまいましたが、よく覚えています」

――それからどのくらいで登場されたのですか

「(『W』前作の)劇場版にも最後の最後に出てくるんですよ。それが2009年の夏ぐらいに撮影をして、(テレビは)確かクランクインが2009年の11月の末、23日とかだったんですよね。

それで、その前日のタイミングで、僕が初めて出た劇場版の打ち上げがあって、その前作の『仮面ライダーディケイド』の皆さんとお会いしたりしました。その時に20歳になって。僕も登場シーンをリハーサルしましょうって。僕は監督と助監督と3人でリハーサルをするというところからのスタートでした」

――撮影はいかがでした?

「多分ハードだったと思うんですけど、毎日楽しくて(笑)。僕は朝早いのは苦じゃないですし、Wは登場する仮面ライダーの数も例年に比べて少なかったというのもあって、みんなわりと出ずっぱりになるので休みなく毎日撮影していましたね。ハードというよりは、鍛えていただいたというのが、僕はあります。

それまでドラマに出演させていただいたりしていましたけど、何者でもなかったといいますか。当時の事務所の先輩の五代高之さんの『五代塾』という芝居塾に通っていたり、そこでいろいろ芝居とは何かというところを教えていただいたりしていたんですけど、俳優と名乗っていいのかみたいな思いが自分の中にもずっとあったんですね。

それが子どもたちからもですが、親御さんにも声をかけられるようになって。朝早いとタクシーで行かなきゃいけなかったりするんですけど、タクシーの運転手さんが『この辺に特撮の人が住んでいるらしいよ』って僕に言ってくるみたいなのもありましたからね(笑)。急に世界が変わったのは、やっぱり仮面ライダーでしたね」

2011年には、Vシネマ「仮面ライダーW RETURNS 仮面ライダーアクセル」(坂本浩一監督)で初主演を果たし、同年、映画「ガクドリ」(江良圭監督)と主演作が続く。次回は撮影エピソードなども紹介。(津島令子)

※木ノ本嶺浩(きのもと・みねひろ)プロフィル

1989年11月22日生まれ。滋賀県出身。2008年、「貧乏男子ボンビーメン」で俳優デビュー。2011年、Vシネマ「仮面ライダーW RETURNS 仮面ライダーアクセル」に主演。短編映画「追憶ダンス」で「FOXムービー短編映画祭2016」で審査員特別主演俳優賞受賞。映画「三尺魂」、映画「鬼が笑う」、映画「THIS MAN」、映画「タイムマシンガール」、ドラマ「今際の国のアリス」(NETFLIX)などに出演。主演映画「メモリードア」が公開中。

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