映画監督の東陽一(ひがし・よういち)さんが、今月21日に東京都内の病院で亡くなっていたことが、27日、所属する株式会社シグロの公式サイトで発表された。91歳だった。
シグロは公式サイトで「訃報・東陽一さん(映画監督)」と題した文書を掲載し、「2026年1月21日(水)午前1時52分、映画監督の東陽一さんが東京都内の病院にて逝去されました。享年91。謹んでお知らせ申し上げます」と報告した。
葬儀は近親者のみで密葬として営まれ、後日、お別れの会を開く予定。「お別れの会などの問い合わせにつきましては、下記シグロにて受け賜ります。よろしくお願い申し上げます」としている。
東さんは1934年、和歌山県生まれ。早稲田大学文学部を卒業後、岩波映画製作所に入社し、記録映画を中心にキャリアを積んだ。1969年に長編第1作『沖縄列島』を発表。『やさしいにっぽん人』(1971年)で日本映画監督協会新人賞を受賞し、注目を集めた。
『サード』(1978年)では芸術選奨文部大臣新人賞、キネマ旬報監督賞、ブルーリボン賞など数々の賞を獲得。1970〜80年代には、桃井かおり主演『もう頬づえはつかない』(1979年)、烏丸せつこ主演『四季・奈津子』(1980年)、黒木瞳主演『化身』(1986年)など、女性を主人公にした作品を多数手がけ、“女性映画”の旗手として高く評価された。
1992年の『橋のない川』は観客動員200万人を超える大ヒットを記録し、毎日映画コンクール監督賞や報知映画監督賞を受賞。『絵の中のぼくの村』(1996年)では芸術選奨文部大臣賞、ベルリン国際映画祭銀熊賞など国内外で高い評価を得た。
常盤貴子と池松壮亮が出演した『だれかの木琴』(2016年)が遺作となり、2024年には第47回日本アカデミー賞会長功労賞を受賞した。
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