2005年、映画「YUMENO ユメノ」(鎌田義孝監督)で初主演を果たし、本格的に俳優活動をスタートさせた菜葉菜さん。映画「ヘヴンズ ストーリー」(瀬々敬久監督)、映画「赤い雪 Red Snow」(甲斐さやか監督)などに出演。2012年、映画「どんずまり便器」(小栗はるひ監督)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭最優秀主演女優賞受賞。「インディーズ映画の女王」と称され、2月28日(土)には「ニューヨーク国際映画賞」にて、最優秀主演女優賞など5冠を受賞した主演映画「金子文子 何が私をこうさせたか」(浜野佐知監督)の公開が控えている菜葉菜さんにインタビュー。(この記事は全3回の前編)
■芸能界に興味はなかったがスカウトされて…
東京で生まれ育った菜葉菜さんは、芸能界に興味はなく、保育士になることを目指していたがスカウトされてデビューすることになったという。
「子どもがすごく好きで、小さい時から保育士になりたいなと思って学校に行って就職もしたんですけど、事務所の人に声をかけてもらって。知っている人(俳優)が所属されていたので、ちゃんとした事務所だと思って入ることにしました。
社長が角川にいた方なので、映画俳優を育てたいというお話を聞いて、素敵な事務所なんだなって思いました。
保育の仕事をしたいという思いもあったので就職もして、オーディションがある時に声をかけていただき、行けたら受けに行くみたいな感じでした。ただ、全然受かることもなくって…。
保育士として働く中、『自殺サークル』(園子温監督)という映画のオーディションに受かってデビューすることになりました。セリフは一言ぐらいだったんですけど、撮影現場に行った時に、大人が真面目に遊んでいるような感じで、みんなで泥臭く作っている現場がすごく面白いなと思って、『もうちょっとしゃべりたい、もうちょっとセリフを言いたい』って思ったんですよね。
(事務所の)社長に『映画女優を育てたい。君はそうなって欲しい。映画をたくさん見なさい。本をたくさん読みなさい。それで、映画ノートをつけなさい』と言われたので映画ノートをつけていましたね。
『この映画がいいよ』とか、『この女優さんがいいから見なさい』みたいなことを言われて勧められた作品を見ていたんですけど、どんどん映画の魅力にハマっていって。『田中裕子さんってこんなにカッコいいんだ、これが映画女優だ』とか、高峰秀子さんや昔の女優さんなど、特に邦画をたくさん見ました。
それから海外の作品、洋画もたくさん見て、どんどんいいなと思い始めて、こういう風なカッコいい女優になりたいという思いがどんどん強くなっていきました。
保育士の仕事の有休を使いながらオーディションに行かせてもらったりしていたんですけど、最初の何年かはもちろん仕事がなく、3,4年は保育士として働いていました。
でも、やっぱりどちらかに決めないと両方に迷惑がかかってしまう。悩んだ結果、その頃
自分がどんどん映画の魅力にハマって行っているのもわかっていたので、こっちの世界を選びました。バイトを三つ掛け持ちしながら役者を目指すことにし、今に至っているという感じです」
■オーディションで約3000人の中から主役に
2005年、映画「YUMENO ユメノ」のオーディションで3000人の中から主演に抜擢される。この作品は、北海道を舞台に、ヤクザに追われる青年・ヨシキ(小林且弥)と、彼に両親を殺された女子高生・ユメノ(菜葉菜)、父親と離婚した母親の住む町を目指す小学生・リョウの迷走する道行きを描いたもの。
――3000人の中から主演に抜擢されて
「監督がすごい数の方とオーディションで会ったというような話を後から聞いたんですけど、多分、私は最後のほうのオーディションでお会いして、それで決まったみたいな感じでした」
――主演に決まったと聞いた時は?
「『主演か。すごい!』とは思いましたけど、あまり良くわかってなかった気がします。今だったら苦労もしてきたし、わかるんです。一つの作品の主演をやるということは、どれだけの人がやりたくて、どれだけの人が目指しているのかということが。
でも、当時はもちろんオーディションにいっぱい落ちたりもしましたけど、そこまでちゃんと役者ってこんなに大変だということがわからないまま決まった感じなので、そんなに気負いもなく現場に入っていましたね」
――台本の最初に自分の名前が書かれているのを見た時は?
「それは嬉(うれ)しかったです。あまりテレビドラマも見てなかったですし、誰に会いたいとか、そういうミーハー的な思いはないんですよ。ただ、ロケバスには乗ってみたいと思っていました。乗れましたけど(笑)」
――北海道ロケのロードムービーですね
「はい。北海道でずっと撮っていたんですけど、過酷でした。マイナス20度ぐらいあるところだったり、流氷の上に乗っかっていたので、よくやっていたなって思います(笑)」
――撮影はスムーズに進んだのですか
「意外とスムーズにいきました。流氷もポンポンポンって浮いていて、『大丈夫だから流氷にちょっと乗って』みたいな感じで(笑)。今思うと大丈夫じゃないと思うんですけど、子役の子と二人で流氷に乗って撮ったりしていましたね。
二人で“今じゃない自分になる”ために海を渡るラストシーンは、漁船で最初に撮ろうとした日は大波でダメだったんですけど、もう予算もないじゃないですか。
こういう自主映画では、もうこの日しか撮れないというので乗せてもらった感じだったんですけど、ものすごく揺れて、海水がからだにかかった瞬間に凍るんですよ。そのくらい寒かった。
それで、揺れるから私と子役の子以外はみんな吐いていました。本当は私もめっちゃ弱いんですけど、ラストシーンだし、気を張っていたんでしょうね。
台本には、ラストシーンで『一筋の涙を流す』って書いてあったんです。『この一筋の涙って出るのかな?いや、これ出なかったらまずい』って、もうドキドキして。
でも、そんな泣く経験とかもやったことがないですし、すごいプレッシャーで。ラストだし、しっかりやらないといけないと思ってやっていたんですけど、(漁船が)ものすごく揺れているじゃないですか。
『よーい、スタート』ってなっても泣けないんですよ。『ちょっともう1回やろう』ってやっても泣けない。何回かやったけど泣けなくて、『もうどうしよう?』って思った時に監督が、『じゃあ、ちょっと叫んでみて。魂の叫びじゃないけど』って言って、叫んで終わったんですよ、その日は。
私にはできなかったけど、一筋の涙ってカッコいいじゃないですか。『これはもう私はダメだ、役者として一筋の涙が出なかった』と思って。やっぱりお芝居って難しいし、できなかった自分はまだまだだなと思って結構自己嫌悪だったんです。
でも、初号試写の時に鎌田監督の先輩である瀬々敬久監督がいらっしゃっていて『あの叫び、あのラストはすごく良かったよ』って言ってくれて。こういうこともあるんだなって、初めてそこで救われたんですよ。
台本に書かれていた一筋の涙を私ができなくて、叫びに変えてくださった鎌田監督には本当に感謝していますし、そういう意味でも、お芝居って何がいいという正解は、本当に見た人にしかないんだなと思った記憶があります。深いなあって思いました」
――あの叫びは胸に突き刺さりました
「そうなんですよね。でも、涙だったらどうだったろうなって思うことはありますけど」
――あの寒さだとすぐに凍ってしまったかも
「確かにそうですね。涙が浮かんだ瞬間、流れないで凍ってしまうでしょうね(笑)。
そのぐらい寒かったので。今思うと、ユメノはあそこまで感情を表に出したシーンはなかったので、あの叫びというのは確かに良かったかなと今では思うんですけど」
■「腐っちゃダメだぞ!」という言葉を胸に
「YUMENO ユメノ」で映画初主演を果たした菜葉菜さんは、映画「夢の中へ」(園子温監督)、
映画「地球でたったふたり」(内田英治監督)、映画「ハッピーエンド」(山田篤宏監督)など映画出演が続く。
「YUMENO ユメノ」は、モントリオール世界映画祭、釜山国際映画祭、レインダンス映画祭など海外の映画祭にも出品されて話題に。この頃から出演作品が多くなり、「インディーズ映画の女王」と称されるように。
――「YUMENO ユメノ」に主演されたことで意識は変わりました?
「『YUMENO ユメノ』の時は、何もわかってなかったからこその強さみたいなものがあったので、あまり動じずにやったんですけど、今思うと本当に共演者の方とか、もちろん監督、スタッフさんに支えられていたんだなって思います。もう感謝しかないです。
寒さも厳しかったですし、寝る時間もあまりなくて過酷な状況ではあったんですけど、やりきった感はありました。
『YUMENO ユメノ』で私と子役の子が2人で雪の中を歩いていくシーンをめっちゃ引きで撮ったんですよ。映っちゃうからスタッフは一緒に行けない。(撮影地点まで)二人で行ってと言われて二人で歩いて行ったんですけど、『まだまだ』って言われて永遠に感じるほど歩いて。
寒くて疲れて撮影地点に着くまでの間、子役の子と一緒に歩きながら私も『もう寒いよ、まだかな。嫌だね』みたいな感じでちょっと文句を言っちゃったんですよ。
それで撮り終わって帰ってきた時に録音部さんに、『菜葉菜、大変だよな。でも腐っちゃダメだぞ』って言われたんですよ。撮ってない時でもマイクで全部聞こえていたんですけど、
当時はそんなこともわからなかったんです。
雪の中セリフもなくて歩いていた時に私がブーブー言っていたのを聞いていて、普段何も言わないスタッフさんにどんなに大変でも腐っちゃダメだみたいなことを言われたのが結構ズシンときて。『そうだよな。ダメだ。自分は甘えている』と思って、身が引き締まった感じがしました。
それ以降もずっと10何年やってきましたけど、特に主役の人の座長としての居方で、作品の現場って変わるじゃないですか。先輩たちにそうやって助けられてきたので、主役の重みというのはすごく感じますし、主役じゃなくてもですけど、『腐っちゃダメだ』ということはいまだにずっと残っていて、大事な言葉をいただいたなと思っています」
俳優と保育士の二刀流を3年半あまり続けた菜葉菜さんだが、保育士を辞めて俳優業に専念することに。アルバイトを三つ掛け持ちしながらやっていたという。
2008年、映画「ハッピーエンド」(山田篤弘監督)に主演。ラブコメが大嫌いで全否定しているのにラブコメ的な恋に落ちる女の子の日常を描いたもの。
図書館で働く映画オタクの桃子(菜葉菜)は、レンタルビデオ店で映画をレンタルしては見るのが趣味だが、ラブコメだけは毛嫌いして観ようとしない。そんなある日、桃子の身の回りで、次々とラブコメ的なことが起こり出す…という展開。
「撮影は1カ月ぐらいだったと思いますが、結構いろんなところに行きました」
――海外の映画祭にもいろいろ出品されてオースティン国際映画祭では長編コンペティション部門最優秀観客賞を受賞されました
「そうですね。すごいって思ったんですけど、私は残念ながら行けなかったんです」
――ユニークで可愛いキャラでしたね
「そうですね。何かどこかで自分っぽさが入っている役が結構多くて。それはちょっと役に恵まれているのかなって思いました。
この作品は、海外でリメイクもされるかもしれないという話もあって。結局ならなかったのかな。でも、海外のすごく有名なプロデューサーさんが動いていたらしくて、『ワーッ、すごい!』って思ったんですけどね」
――菜葉菜さんは、すでにこの頃「インディーズ映画の女王」と言われていましたね
「自分ではあまり意識してなかったですし、いまだに女王とは思ってないです」
2012年に公開された主演映画「どんずまり便器」では「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2012」で最優秀主演女優賞を受賞。劇場で「女優 菜 葉菜 特集」が開催されるほど映画ファンから熱い支持を集める存在に。次回は撮影エピソード、エロスへの思いも紹介。(津島令子)
※菜葉菜(なはな)プロフィル
7月17日生まれ。東京都出身。2001年、映画「自殺サークル」(園子温監督)で俳優デビュー。2005年、「YUMENO ユメノ」で映画初主演。映画「ハッピーエンド」、映画「どんずまり便器」、映画「百合子、ダスヴィダーニャ」(浜野佐知監督)、映画「赤い雪Red Snow」、映画「雪子さんの足音」(浜野佐知監督)、映画「ワタシの中の彼女」(中村真夕監督)、映画「夕方のおともだち」(廣木隆一監督)、映画「ホテルアイリス」(奥原浩志監督)、「マルス−ゼロの革命−」(テレビ朝日系)、「あきない世傳 金と銀」シリーズ(NHK)などに出演。2月28日(土)に「ニューヨーク国際映画賞」にて、最優秀主演女優賞など5冠を受賞し海外の映画祭でも高く評価されている主演映画「金子文子 何が私をこうさせたか」が公開される。



