2005年にトップモデルから転向し、映画、テレビドラマ、舞台で俳優としてキャリアを重ねて来た前川泰之さん。映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」(新城卓監督)、「仮面ライダービルド」(テレビ朝日系)、大河ドラマ「真田丸」(NHK)などに出演。「痛快TVスカッとジャパン」(フジテレビ系)や旅番組、釣り番組などさまざまなジャンルの番組にも挑戦。映画「おそ松さん」(英勉監督)、映画「陽が落ちる」(柿崎ゆうじ監督)、「テイオーの長い休日」(フジテレビ系)など演じる役柄の幅も広がっていく。3月6日(金)には、初主演映画「宣誓」(柿崎ゆうじ監督)が公開される。(この記事は全3回の後編。前編と中編は記事下のリンクからご覧になれます)
■芝居で悩んでいた時期、船越英一郎さんの台詞が刺さり感極まった
2022年、映画「おそ松さん」に出演。この作品は、赤塚不二夫さんの名作漫画「おそ松くん」に登場する6つ子たちが、自堕落な生活を送るニートの大人になった姿を「Snow Man」主演で描いたもの。前川さんは、出っ歯がトレードマークのキザ男・イヤミ役を演じた。
――前川さんがイヤミ役というのは驚きました
「僕もです。『僕がこの役でいいの?』って思いました(笑)」
――出っ歯の付け歯でセリフを言うのは大変だったでしょうね
「ものすごくしゃべりづらくて大変でした。普通はこの口の状況で息ができているからしゃべれるわけで、口の中に遮蔽物があると全然しゃべれないんだなって。それも異常に大きい歯だったんですよね。
でも、ああいう作品だし、付け歯を作った時点で監督も大笑いしてくれていたから、とにかく楽しもうと思いました。しゃべりにくいのはしょうがないので。
ちょうどコロナ禍でもあったから、慣れるために僕はあの歯をずっと付けっぱなしで、その上からマスクをして外出していたんですよ。一度その状態で娘の自転車を買いに行ったこともありました。
出っ歯を付けたままマスクをして、お店の人に『娘の自転車が欲しいんですけど』って言ったんですけど通じたので、『意外とイケるじゃん』って(笑)。結構練習は必要でしたけど大丈夫でした。
でも、本当によくぞあの役を考えた時に、前川泰之って思いついてくれたなって思いました。とてもありがたかったですし、僕としてもコメディー作品にはあまり関わったことがなかったからチャレンジでしたけど、結構自由にやらせていただきました。すごく楽しかったです」
2022年、ドラマ「シャイロックの子供たち」(WOWOW)、2023年には映画版の「シャイロックの子供たち」(本木克英監督)に出演。この作品は、東京第一銀行の支店で発生した100万円の現金紛失事件がきっかけで、支店で働く行員たちが事件の裏に隠された真実を知ることに…という展開。
前川さんは、ドラマ版では事件が発生した銀行の支店長役、映画版では騙(だま)されておこなってしまった巨額融資資金を取り返すために仕掛けた取引の手続きをすることになる司法書士役を演じた。
「違う役でしたけど、ドラマ版と映画版の両方に出られるなんてことがあるんですね。池井戸(潤)さんの作品としては『半沢直樹』(2013年版・TBS系)以来だったのかな。
また池井戸さんの作品に出られるということもすごく嬉(うれ)しかったし、個性的なキャストの皆さんの中に入れていただいて、何とか面白いキャラにしたいという思いもありました。
今回の映画『宣誓』でも対峙(たいじ)しているんですけど、水橋研二さんもああいう役はお得意なので、(ドラマ版で)対決する部分は楽しくやらせていただいた記憶があります。だから『宣誓』でまたお会いできたのは嬉しかったです」
――ドラマ版では舞台となった銀行の支店長役、映画版では司法書士役でしたね
「映画版では1シーンだけだったので、撮影は1日でしたけど、阿部サダヲさん、橋爪功さん、柄本明さん、柳葉敏郎さんなどそうそうたるメンツだったので、なかなかそんなチャンスはないと思ってドキドキしながらも、楽しもうと思ってやっていました」
2023年、「テイオーの長い休日」(フジテレビ系)に出演。このドラマは、仕事がなくなった2時間ドラマの帝王・熱護大五郎(あつもり・だいごろう=船越英一郎)が、ある事情を抱えた女性マネジャー・吉田ゆかり(戸田菜穂)と共に人生のリベンジに奔走する姿を描いたもの。
前川さんは、大手事務所・トレランスの社長になることだけを目的に汚いやり方も厭わず突き進む専務・寿彰役を演じた。
「あれは面白かったですよ。業界の人が面白かったって言ってくださるし、すごく周りでも評判が良くて」
――最初はすごい嫌なキャラでSNSでもいろいろ言われていましたが、つまずいた後、変わっていきます
「そうですね。僕が船越さんに悟される回があったんですけど、ちょうど僕もまた役者のこととか、芝居のことかで結構悩んでいた時期で、船越さんに言われたセリフがすごく刺さっちゃって、撮影中に感極まっちゃったんです。
船出の話で『ダメな時は休めばいいんだよ』みたいなことを言われたのが、熱護ではなく船越さんに僕が言われているみたいな感じがして。やっぱり役者って言葉に思いを乗せて伝える仕事だし、船越さんが伝える言葉の力ってすごいんだなって思って。
そのことを僕はクランクアップの時に船越さんに言わせていただいたんですけど、自分もそういう風に、思いを言葉に乗せて相手に伝えられる役者になりたいって改めて思いました」
――船越さんと熱護がオーバーラップして面白かったですね
「もちろん狙いで重ねて書いていますからね。だから僕が『芝居が臭いんだよ!』っていうセリフがあるんですけど、そのセリフを言ったら船越さんが『お前、本気で言ってねえか?』って返されたことがあって(笑)。『台本に書いてあるので』って言ったんですけど、楽しい現場でしたね。
戸田菜穂さんも同年代で、もちろんキャリアは僕より長くて、ずっと第一線で活躍されている方なのですごく刺激的だったし。そういうのもあって撮影が終わった時、また皆さんと芝居をしたいと強く感じた作品でしたね」
■切腹を命じられた友の介錯をするシーンでは…
2025年、「ロンドン国際映画祭2025」、「エディンバラ国際映画祭2025」で最優秀監督賞をはじめ数々の賞を受賞した映画「陽が落ちる」に出演。
この作品は武士の妻である良乃(竹島由夏)が、将軍の弓に不都合が生じた罪により、蟄居(ちっきょ=閉門の上、自宅の一室に謹慎させること)の身となってしまった夫・古田久蔵(出合正幸)とひとり息子とともに過ごす日々を通して、武家社会の中で紡がれる夫婦の情愛や家族愛、武士の妻であることを貫く女性の生きざまを描いたもの。
前川さんは、久蔵の友人で切腹という沙汰が下された久蔵の介錯をすることになる伝兵衛役。友情とお上からの絶対的な命令の間で揺れるという難しい役どころ
「脚本を読ませていただいて、それこそ『壬生義士伝』じゃないけど、自分の友に腹を切らなきゃいけないことを伝える役で、そして介錯もしなければならない。
『自分はこういう仕事をやりたくてこの世界に入ったよな』というのはすごく感じて嬉しかったですし、監督が描こうとしているのは、僕がすごく好きな世界観だったので、喜んで出演させていただくことにしました」
――つらい役どころでしたね
「ものすごくつらかったです。でも、あの時も結構自分がそういう役柄が好きだというのもあるけど、撮影の前に監督が食事会を開いてくれたので、久蔵を演じる出合(正幸)くんと交流を持って。
彼はすごくシャイで人見知りなんだけど、ちょっとおっちょこちょいなところがあって、そういう彼の魅力的なところが僕は好感が持てたし、そういう思いをそのまま役柄の中で活かせたと思うので、本当にやりやすい現場でした。
ただ、自分が介錯しなきゃいけないシーンでは、刀を振り下ろしてからカットがかかっても、しばらく立ち上がれなかったです。ずっとこらえていた涙も嗚咽(おえつ)も出ちゃって…。
撮影だし、周りに人もいるし、早く元に戻らなきゃいけないという意識はあるんだけど、ちょっと錯乱するようなところまでいっていたので、演じていて深いところまで行けたかなというのはすごく感じました。
武士という括りで見ると、ちょっと涙を流すのもどうかなというのもあったんだけど、家庭の中の会話をわりと取り上げた作品だったので、少しそういうところを出してもいいんじゃないかなって」
――将軍の弓に不都合が生じた罪で切腹というのは重すぎると思いました
「そうですね。基本的にはやっぱり理不尽な世界ですからね。でも、絶対に従わなければいけない。その葛藤というのは大きいですよね。
切腹の沙汰が下されたことを久蔵に知らせて家族と最後の時間を過ごさせてやりたいけど会うことは禁じられているから、門の前で歌を詠んで伝えるっていうのもすごく洒落(しゃれ)ているなと思いました。だからとてもいい役をいただいた素敵(すてき)な作品だと思います」
■東日本大震災で家族を失った苦悩を抑え込んで任務に当たる自衛隊隊員を演じて
3月6日(金)に初主演映画「宣誓」が公開される。この作品は、「陽が落ちる」の柿崎ゆうじ監督が、東日本大震災で家族を失った自衛隊員と少年の喪失と再生の姿を描いたもの。
東日本大震災で妻と幼い娘を失った自衛隊員の春日三尉(前川泰之)は、その事実を隠し、被災地で任務に身を捧げていた。そんな彼が避難所で出会ったのは、同じく家族を喪い、心を閉ざした少年・吉村和樹だった。やがて和樹は、自衛隊の活動を静かに見つめながら、自ら人々を助ける行動を始めることに…。
「『陽が落ちる』の撮影が終わって少ししてから監督にお会いした時に直接、『次、自衛隊の映画を考えていて、主演は前川さんで行こうと思うんだ』って言われて。その時は『僕でいいんですか?』という感じでした」
――脚本が出来てお読みになった時は?
「震災の2011年のことを思い出すと、うちの長男は2011年の3月生まれなんですね。震災の直後に生まれたんですけど、僕は仕事に向かう途中、電車に乗っている時にあの地震にあって。
妻は臨月だったし、娘はまだ2歳だったので、とにかく心配で。携帯は通じないし、公衆電話に並んで電話したら繋(つな)がって無事で家にいることがわかって。そこから4時間半ぐらい歩いて帰ったんですけど、やっぱりその時の記憶は衝撃だし異様だったじゃないですか。
その後、毎年息子の誕生日が来るたびに震災のことは思い出すし、家族で振り返るようにしています。被災地のために、被災者のために何かしたいという思いはずっとあったので、こういう作品に関わらせていただくことで、何かを伝えていく。風化させないという思いを乗せて撮影に臨んでいました。
あとは柿崎監督の被災地に対しての思いとか、そこで働いた自衛隊の皆さんに対しての熱い思いはお聞きしていたので、監督の思いにも応えなきゃいけないと思って覚悟して現場に入りました」
――自分の奥さんと幼い娘も犠牲に…というつらい状況で
「そうです。ただ連絡が取れていないだけだという風に思いたい部分もあるし…。自分の中の不安とか恐怖心を抑えられるのは責任感だけだったんじゃないかと思って演じていましたね。
職務を全うするという自衛官としての責任感で抑え込んで働いていたと思うし、ある意味そっちに逃げていた部分もあると思うんです。働いて働いて、ボロボロになって倒れるように寝るぐらいの方が、考える暇がなくていいと思っていたのではないかと」
――泥の中から小さな女の子のご遺体が見つかった時に抑えていた思いが溢(あふ)れて
「そうですね。本当にこれも運だと思うんですけど、あのご遺体が出てくるシーンの撮影日と、僕が竹島さん演じる佐藤と2人で感情を吐露するシーンの撮影は、順番が逆の予定だったんです。それがたまたま天候の都合で順撮りになったんですよね。
徳重(聡)さんが仏像に『何で子どもを守ってやらなかったんだ』って当たる言葉が、夫として、親としての自分にぶつけられている気がしていたたまれなかったのと、自分の娘と同じぐらいの子どもの遺体を見てしまったシーンが衝撃的でした。本当にしんどかった。
思わずちょっと変な声が漏れてしまったんですけど、それも録れていて、監督もそこを使ってくれていたので感謝しています。春日の中で、本当に微妙なバランスの中だったと思うんですよね。
家族への思いを自分の職務責任感で抑えていたんだけど、本当は自分が助けてやらなきゃいけなかったんじゃないかって。自衛官としての自分のことを妻は理解してくれていたって思って働いているんだけど、それももしかしたら甘えだったかもしれないし…。
どれだけつらい、怖い、寒い思いをしたのかというのが、まざまざと胸の中にわかってしまった瞬間だったので、なかなかきつかったですね」
――自衛隊の全面協力だったそうですね
「はい。毎回6台ぐらい車両も出してくれて。映画の中でも出てくるカレーの炊き出しというのもやってくれて食べさせていただいたり、休憩中はいろいろお話もさせていただきました。
僕らが勝手に思うイメージの自衛官ももちろんいるんだけど、普段は普通だし、逆にリアルだよなっていう部分もあったり。例えば靴はいつも磨いてピカピカになっていたりね。
車両を並べるところも、横から誰かがちゃんと確認してきちんと整列して止めるんですよ。
そういう日々の統率されている行動が、有事の時にバタバタしないことに繋がっているというのはすごくよくわかりました。
だからいつも力が入った感じの自衛官じゃないけど、統率感がうまいこと表現できたらいいなって。撮影したのが役者になって20年目という区切りの時で、初めての映画主演。
役者として芝居でも引っ張っていかなきゃいけないって思う部分もあるし、周りの皆さんとコミュニケーションを取りながら盛り立てていかなきゃいけないなっていう思いはあったけど、なかなか難しいですよね。
どうしたらいいかわからない部分もあったんですけど、たまたま今回は小隊長という設定だったので、座長として臨む部分と小隊長という部分をリンクさせて演じているところは結構あったかなって思います。
難しいテーマの作品ではありますけど、あの時に被災者の方もそうだし、自衛隊の方もそうですけど、こういう経験をした、こういう思いを持った人たちがいたということを皆さんに知っていただきたいと思っています」
――今後はどのように?
「20年というのは役者としては長い方じゃないので、フェーズとしては2番目に入るぐらいかな。そういう意味で、ここからまたちょっと勝負かなって。
芝居の深さとかクオリティーとか、そういうものをもっと上げていきたいというのと、あとは年も年だし、作品全体のことをもう少し考えたりとか、見ながら現場に臨めるといいなって思っています。今回すごくそういう部分を感じたので。
監督とかも僕よりも年下の方が増えてくると思うし、そういう意味では気を遣わせないようにしなきゃいけないし、でもこちらの今まで培ってきた部分は提供したいので、バランスを取りながらやれたらいいなと思っています」
誠実な人柄が言葉の端々からも感じられ、真摯な姿勢で役柄に向き合っている姿が浮かぶ。東日本大震災から15年。風化させてはいけないという監督、スタッフ、キャストの熱い思いが込められた主演映画「宣誓」の3月6日の公開に向けて忙しい日々が続く。(津島令子)
ヘアメイク:堀 紘輔(+nine)
スタイリスト:四方章敬




