「ゲージツ家のクマさん」として親しまれた美術家の篠原勝之(しのはら・かつゆき)さんが17日、亡くなっていたことが25日、分かった。篠原さんのインスタグラムでこの日、伝えられた。84歳だった。
インスタグラムでは「篠原の体調についてご心配をおかけしておりましたが、4月17日に他界いたしました」と報告。「いつもあたたかく見守っていただき、お力添えを賜りましたことに、心より感謝いたします。ありがとうございました。本人の遺志により通夜葬儀は行わず、20日に親近者で旅立ちを見送りました」としている。
「亡くなる日の朝、篠原から口頭で託された皆さまへのメッセージを以下に記します」とするメッセージも掲載。
「ついにね、オサラバの時が きちゃったよ。いろいろ、みんなに親切にしてもらって ありがとう。いっぱい感謝して、旅にいきます。
アバヨ。
KUMA」
との言葉が掲載されている。
北海道札幌市出身。高校を中退し画家を志して、1959年、17歳で単身上京。武蔵野美術大学を中退後、グラフィックデザイナーとして広告制作会社に数年勤務した。退職後は“銭湯的浴場画家”と称して風呂屋の壁画を描いたほか、埼玉県菖蒲町にある深沢七郎のラブミー牧場で農場生活を送った。75年、唐十郎の主宰する状況劇場で舞台美術を手がけ、本格的な創作活動に入った。
80年初の個展を開催。85年フジテレビ系「笑っていいとも!」などにスキンヘッドに着流し姿で登場。86年自らを“鉄のゲージツ家”と称し、“KUMA’S FACTORY”と名付けた工場で、スクラップ鉄を素材に鉄のオブジェなどを制作。ダイナミックな造型を全国各地に生み出し、“ゲージツ家のクマさん”の愛称で親しまれた。2002年、03年イタリアで個展を開催するなど、国際的にも活躍した。19年、脳梗塞で倒れたことを機に、陶芸に打ち込んだ。昨年12月、インスタグラムで、咽頭がんを患っていることを明らかにし、放射線治療を受けたことを報告していた。