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2026年5月1日 15:00

利重剛 劇場映画監督としても注目の存在に!「撮りたいんだろう?じゃあ撮れ!」って

利重剛 劇場映画監督としても注目の存在に!「撮りたいんだろう?じゃあ撮れ!」って
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1981年、映画「近頃なぜかチャールストン」(岡本喜八監督)で主演・共同脚本・助監督を務め注目された利重剛さん。大河ドラマ「徳川家康」(NHK)、「青が散る」(TBS系)、「金田一少年の事件簿」(日本テレビ系)、映画「ひみつの花園」(矢口史靖監督)など多くの作品に出演。1989年に「ザジZAZIE」で劇場映画監督デビューを果たし、1995年、映画「BeRLiN」で日本映画監督協会新人賞を受賞。最新監督作「ラプソディ・ラプソディ」が公開中。(この記事は全3回の中編。前編は記事下のリンクからご覧になれます)

■脚本を書いて応募、「撮れない」と言われたが…

1989年に劇場監督デビューした映画「ザジZAZIE」は、自分を見つめ直すために5年ぶりに東京ベイエリアに戻って来た伝説のロックンローラー・ザジ(中村義人)と彼を取り巻く男女の青春群像を描いたもの。

5年ぶりに戻って来たザジは、自分を見つめ直すためビデオカメラでありとあらゆるものを撮影し始める。そしてザジの周りには、彼に思いを寄せる女性、バンドを再結成しようと考えるかつてのバンド仲間、彼に憧れる青年・砂田(杉本哲太)などが集まってくる。やがてビデオばかり撮り続けるザジに怒りを覚えた砂田がザジを事件に巻き込むことに…という展開。

――映画を撮ることになったのは?

「岡本(喜八)監督の奥さん・みね子ママが『利重くん、映画を撮ったらどう?ATG(※映画会社:日本アート・シアター・ギルド)に持って行ってあげるから脚本を見せなさい』って言って下さったんです。それで、第1稿を渡したら監督が『俺が撮るタイプの映画じゃないから面白いと思うよ、やってごらん』って。

ただ、ATGとしては、しばらく映画は撮られないみたいなことになっていたので、自分で何とかすることになって、『これ撮りたいんですけど撮れませんか?』っていろんな会社を回ったんですけど、全然うまくいかなくて。1、2年動かなかったんじゃないかな。

でも、アミューズが『アミューズ10ムービーズ』という広告を出していて、10人の才能に10本の映画を撮らせますというので、応募したんです、脚本を送って。

そうしたら、当時の社長が『脚本はすごく面白かったんだけど、うちのタレントでこれができる人はいないから、うちではやらないけど、大里会長は面白い人だから紹介しとくよと言われて。

それで、会長に会ったら、すごく豪快な面白い人で。『お前これ撮りたいんだろ?』って聞かれたから『はい。撮りたいから来たんですけど』って言ったんです。そうしたら『じゃあ、撮れ』って言われて(笑)。

『えっ?さっき撮れないって社長に言われたので』って言ったら会長が『いや、俺、長崎にすごい面白いバンドを見つけて、そのボーカルの目がすごいキレていて面白いから、配役にしたらいいと思うんだけど、お前一度会ってみろ。会って気が合ったらやればいいし、そのバンドはフリーだから、そうしたらアミューズに入れちゃおうと思っているんだ』って。

それで、『横道坊主』というバンドのボーカルの中村義人くんに会ったら気が合って、『やる、やる!』と言ってくれたので、一緒にやることに。だから偶然と言えば偶然だし(笑)。

会長に『何でお前に撮らせようと思うかわかるか?』って聞かれたから『わからないです』って言ったんです。本当にわからなかったから。

そうしたら、『この企画は、大々的に広告したのに、みんな脚本を持ってこないんだ。誰かの紹介で数枚だけプロットを渡すとか、企画書だけとかで。『これ撮りたいんですけど』って堂々と1人で脚本を持って来たのはお前だけなんだ』って。

僕からすると、撮らせてくれるって書いてあったから応募しただけなんですけど、すごく単純馬鹿で良かったんですね(笑)。

その時に岡本監督の喜八プロダクションからという形で出していたら、また違っていたのかもしれないですね。本当に単純にのこのこやってきたのが良かったみたいで、それで撮れるようになったという感じです」

――ベルリン国際映画祭にも行かれたそうですね

「はい。自分が外国に行けるなんて思ってもいなかったのに、外国に行ったら話しかけてくれる人がいて。『お前は、絶対ここに来ると思っていたぞ。実はお前の作品オーストラリアで見ているんだ』なんて言われるようなことがあったりして。

一生にいっぺん、ハワイに行けるかどうかみたいな風に思っていた自分が、外国の映画祭に行って、何かカタコトの英語で話しているなあって(笑)。簡単に自分の夢を飛び越えてしまった感じでしたね」

――しばらくニューヨークにも行かれていたとか

「そうですね。あれは、ちょっと燃え尽きたというか、やり終えたみたいな感じで(笑)。ニューヨークにお友だちができていたんですよね。そのお友だち、ベロニカさんがニューヨークで映画撮りたいから出ないかというので『出る、出る!』って。

あと、ニューヨーク大学の学生たち何人かと仲良くなったので、それでニューヨークに行ったんです。以前、20歳ぐらいの時にポール・シュレイダー監督の『MISHIMA』という映画に出て、三島由紀夫の若い頃をやらせていただいて、その繋(つな)がりでも行っていて。

『MISHIMA』が大々的に公開されると思っていたので、それまでしばらく休んで、公開されたらまたやろうと思っていたんですけど、日本では劇場公開されなかったんですよね。そういうこともあってちょこちょことニューヨークには行っていました」

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■「こんな映画があったらいいな」って考えるとウットリ!

劇場映画監督デビュー以降も俳優として多くの映画、ドラマに出演し、1995年に公開された映画「BeRLiN」では日本映画監督協会新人賞を受賞した。

「日本に帰って来てからは、役者もですが、CMを撮らせていただいたりしていました。しばらくして、のちに『BeRLiN』という映画になるその脚本を書いたんですけど、色々うまくいかなかったものですから、5年ぐらいかかりましたね」

映画「BeRLiN」は、失踪した風俗嬢を捜す人々の心情をあたたかいタッチで描いたもの。風俗に関するドキュメンタリー番組を制作している撮影クルーが、失踪した風俗嬢・キョーコ(中谷美紀)の行方を、彼女と関わりがある人々への取材を通し捜すという構成。

回想パートをカラー、現在をモノクロ、キョーコの関係者へのインタビュー部分をVTR画面に切り替わる。キョーコはいったい、誰だったのか。同僚やオーナー、客ら彼女をめぐる人々の証言と回想から彼女の真の姿が明らかになっていく…。

――中谷さん演じる風俗嬢のキョーコがとてもきれいでピュアで、同性の目から見ても応援したくなるキャラでした

「キョーコって異常に前向きなキャラですよね」

――撮り方に愛があるというか、優しさを感じます。他の作品もそうですが女性をものすごくキレイに撮られていますし、応援したくなるキャラクターですね

「ありがとうございます。応援したくなるキャラという共通項はありますね」

1997年、映画「ひみつの花園」(矢口史靖監督)に出演。この作品は、子どもの頃から三度の食事よりお金が好きなOLが、5億円の入ったスーツケースを手に入れるためにあくなき挑戦を繰り広げる姿を描いたもの。

幼い頃からお金を数えるのが大好きだった咲子(西田尚美)は、短大を卒業後、銀行に就職するが、突然の銀行強盗事件に巻き込まれ、人質に。ところが、彼女を乗せた犯人の車が青木ヶ原の樹海で横転爆発。5億円の入ったスーツケースとともに吹き飛ばされ、奇跡的に生還した咲子は、犯人の車と一緒に焼失したと言われている5億円を単独で探すことに…というユニークなストーリー。

利重さんは、地質学研究室・江戸川役。咲子が5億円の行方を捜すために地質学も勉強することにしたために関わりを持つことに。

「主人公が破天荒ですからね。不思議なキャラクターでした。振り回されっぱなしでしたよね(笑)。矢口(監督)の映画の中でも好きな作品です」

――監督業と俳優業の両立は大変では?

「監督をやっている期間は、役者をやらないので大丈夫です。役者の仕事をした後に、監督作の準備とか脚本を考えたりすることはありますけど、それはいいバランスなんじゃない

かと思います。

監督の方は楽しみと言いますか。『こんな映画があったらいいな』って考えている時って、やっぱりちょっとうっとりするんですよね(笑)。

その時が、一番イメージが広がっているというか。頭の中で映画が展開して、それはとても楽しいことなので。役者だけやっているより、その空いた時間にまたちょっと書いたりするのがいいバランスになっているんだと思います」

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■海外の映画人との交流は楽しいけれど…

2002年、映画「クロエ」を監督。この作品は、運命的に出会った男女のピュアな愛を描いたもの。

プラネタリウムで働く高太郎(永瀬正敏)はひと目惚れしたクロエ(ともさかりえ)と結婚。しかし、彼女は肺に睡蓮(すいれん)の蕾を宿すという奇病に侵されていた。手術で摘出するが、もう一方の肺にも蕾が発生。体力的に手術ができないため、自宅での闘病生活に入るが、クロエは睡蓮の花が開花すると共にこの世を去ってしまう…。

――この作品は、第51回ベルリン国際映画祭にも招待されましたね

「ベルリン映画祭には『ザジZAZIE』でも行ったんですけど、外国の映画人たちとの交流は楽しいですよね。

プロデューサーに『こっちで撮る企画はないのか?あったら真っ先に声をかけろ』って言われてすごく嬉(うれ)しかったけど、考えてみたら外国で撮りたい題材なんか自分には何もなくて。

無理やり頭をひねっても、せいぜい外国に留学して新しい生活をしているみたいな映画になっちゃう。そんなの面白くないしなって思うと、やっぱり日本で日本人のために映画を撮りたいんだなって思いました。世界に飛び出して海外の人たちと交流して、俺は世界で活躍するんだみたいな気持ちはなかったんですよね」

――20代前半で「MISHIMA」のような映画を経験されると海外で…という方が多いようですが

「僕はそうじゃなかったです。もちろん、ポール・シュレイダー監督と知り合ったり、撮影監督のジョン・ベイリーさんと話すのは、すごく楽しかったですけど、だからといってハリウッドで役者になりたいとは思ってないですね、いまだに」

――多くの作品に出演されているのに珍しいですね

「足りないから出る、求められれば行くという感じなんですよね。それは自分も監督をやっているから、人の監督作品は監督が求めるものは言ってくれれば何でもやるし、何回でもやります。

『こっちから撮ってほしい』とか、『これは監督違うな』とかも思わないし、有名になりたいとも思わないです」

――それでもお仕事はずっと続いていますね

「俳優としての欲がないのが、結果すごくいいことになっているんじゃないのかなって思います」

――アルバイトをしていた時期はあるのですか?

「引っ越しや内装のバイトをちょっとだけやったりはしましたけど、ほとんどないです。若い時は意識してバイトをしないようにしていたんです。お金がなかったらないなりに何とかやろうと。バイトをして安定しちゃうと仕事がダメになると思っていたので。

役者がやりたいんだったら役者で食えばいいじゃない。バイトで生活しながら役者のチャンスを待つって、それはどうなんだろうって。それだったらいろんな監督のところに行って、『すみません。あなたの映画に出たいんです。出してください』って行動した方がいいんじゃないかみたいな考えがあって」

――それはやったことはないんですよね

「ありがたいことに、僕に興味を持ってくださる方がその時々にいらっしゃったので。自分が好きな監督、例えば田中登さんとかは、何回も呼んでくれて、呼ばれるたびに大変な仕事なんだけど本当に充実していましたからね」

独特の存在感と演技力で「チーム・バチスタ」シリーズ(フジテレビ系)、「凪のお暇」(TBS系)、連続テレビ小説「ちむどんどん」(NHK)、映画「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督)など多くの作品に出演。次回は、「さよならドビュッシー」以来、13年ぶりに監督作で公開中の映画「ラプソディ・ラプソディ」、6月20日(土)に公開される出演作「おばあちゃんの秘密」(今関あきよし監督)も紹介。(津島令子)

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