「池袋ウエストゲートパーク」(TBS系)のワッキー役、「ごくせん」シリーズ(日本テレビ系)のクマ役で知られる脇知弘さん。俳優だけでなく、2008年にはプロレスデビューを果たし、プロレスラーとしても活動。2018年からワークショップを開催し、後進の育成にも尽力。2019年にYouTubeチャンネル「-ないんずといろ-」を開設。2021年に「さぁ笑おう〜一笑最幸〜」で歌手デビューを果たすなど幅広い分野で活躍。6月26日(金)に映画「罪の棘」(植田尚監督)の公開が控えている。(この記事は全3回の中編。前編は記事下のリンクからご覧になれます)
■「ごくせん」のプロデューサーがドラマを見て
2002年、「ごくせん」(日本テレビ系)に出演。この作品は、任侠集団・大江戸一家で育った熱血高校教師・山口久美子(通称・ヤンクミ=仲間由紀恵)が不良ぞろいの3年D組で生徒たちと本気でぶつかり合い、学内で起こるさまざまな事件を痛快に解決し、周囲を少しずつ変えていく様を描いたもの。
松本潤さん、小栗旬さん、石垣佑磨さん、成宮寛貴さん、上地雄輔さん、松山ケンイチさん、ウエンツ瑛士さんなど豪華キャストも話題に。
脇さんは、金髪と大きなガタイが特徴のクマこと熊井輝夫役。ヤンクミが唯一愛称で呼んでいる生徒で、全シリーズに登場したメインの生徒も彼ひとりだけ。
「日テレの『ごくせん』のプロデューサーの加藤(正俊)さんが、誰をクマ役にキャスティングしようかと悩んでいた時に『さよなら、小津先生』を見て、『あっ、クマだ!』ということで決まったみたいです。しかも、誰よりも早く一番先に、主演の仲間由紀恵さんより先に決まったとか。ビックリしました」
――漫画のキャラとソックリですものね
「そうなんです。漫画原作あるからって言われて漫画を見たら本当に似ている、ピッタリだなって(笑)。だからなるほどって思いました」
クマは誰よりもケンカっ早く短気で勉強も苦手だが、根はかなりの仲間思い。家族への愛も深く、ラーメン屋を経営する父(六平直政)が亡くなった後は、母親と幼い兄妹を支えて自身が経営していくことに。
――お父さんの急逝は切なかったですね
「そうですね。原作の漫画では、クマはずっと生徒で、ラーメン屋にもなってないですし、お父さんが亡くなるストーリーもないので、ドラマ版でいろいろなストーリーを作ってくださってありがたかったです」
――クマさんは全シリーズ出ていますし、印象的なキャラですよね
「そうです。クマの人生を追っているような感じで映画版にも出ていますから本当に美味しかったです。20年以上経った今でも『クマだ!』って言われますからね(笑)。本当にありがたいなって思います」
――「ごくせん」の撮影はどんな感じでした?
「『池袋ウエストゲートパーク』で共演した小栗旬くんも一緒でしたし、2回目の高校生活みたいな感じですごく楽しかったです。それがシリーズになって映画にもなって、本当にうれしかったですね」
――「池袋ウエストゲートパーク」も「ごくせん」シリーズも語り継がれている大人気ドラマで、サブスクでも見られていますね
「そうなんです。だから最近では、本当に絶対知らないだろうなという世代の若い子たちも知ってくれたりもします。僕たちと同世代だったお母さんが見ていたのでサブスクで見ていますという方もいてうれしいです」
■高校時代の先生と偶然路上で…
「さよなら、小津先生」や「ごくせん」シリーズなどドラマの中でもさまざまな高校生を演じてきた脇さん。実際の高校生活はどうだったのか。
「まあまあ似ているよなというところはたくさんありますけど、役はかなりドラマティックですからね。ちょっとやんちゃしていたりとか。
僕の高校時代の思い出は、好きな先生に尽きるというか、本当にお世話になりました。男性の先生でしたけど、すごく力になってくれた先生で、その先生が時を経て、ちょっと前まで僕の母校の中学校の校長先生をやられていて。その先生との出会いは僕にとって本当に大きかったですね。
同窓会で久しぶりに会いましたけど、先生って変わらないですよね。20年も経っているのに全然変わっていなくて、当時のイメージのままだったので、びっくりしました。何か先生ってバケモンなのかなって(笑)。タイムスリップしたみたいな感じでした。
その時に同窓会に来てくれた先生が何人かいたのですが、全員わかりましたからね。先生ってすごいなあって思いました。
僕は今、ビンビンビーンというショートドラマチャンネルの『老人の定義』という作品で、『人に見られている意識があると人は老けない』という話があるのですが、その時にまさにこれだと思って。
僕は、自分では昔にくらべると老けているのがわかっていますけど、皆さんからはあまり変わっていないと言われるから、そういうことじゃないですか。やっぱり人に見られていると変わらないのかもしれないなあっていうのがその時に結びつきました」
――先生は脇さんに何かおっしゃっていました?
「僕の出ているドラマは見ているって仰っていました。すごく面白かったのが、いつも竹刀を持っているような生活指導の先生がいて、その先生に高校時代はしょっちゅう怒られていたのですが、その先生と先日、偶然路上で会って。
その先生が、僕が出ている作品を見てくれていることがわかって。『お前いろいろやっているな。テレビ見ているよ、めっちゃ面白いな』とか、そういう話をされて(笑)。先生が見てくれていると知ってうれしくなりました」
――デビューされてからずっと途切れなくお仕事が続いていますね
「本当にありがたいことだと思っています。仕事がなくて大変な時期もありましたけど。何もなくて大変というか、それまでがすごく順調で仕事が途切れなかったので、2週間仕事がないだけで、やっぱり不安になるじゃないですか。
3週間ないとか、そういうことが続くと、『大丈夫なのかな?』って不安なことはいっぱいありましたし。
あと、コロナ禍は大変でした。僕だけじゃなくて皆さんもそうだったと思いますけど、本当に仕事がなくて、このままどうなるんだろうねって…。撮影も全部ストップして、その先どうなるのか全く見えない状況でしたからね。
コロナ禍が始まったぐらいに連ドラが決まって撮影していたのですが、ひとりコロナになっちゃっただけで撮影がバタっと止まっちゃって。その時舞台も決まっていたのですが、稽古中もずっとマスクをつけていて。
マスクをしたまま稽古をするというのが、経験したことがなくて。仕方がないことなのですが、
相手の表情を見ながらやりたいですしね。
演出する方だって、もちろん表情を見て声を聞くじゃないですか。でも、マスクがあると表情が3分の2ぐらい隠れていますし、声もくぐもっちゃいますからね。それで本当にやっていけるのかなっていう不安はその時期はすごくありましたね」
さまざまなことにチャレンジしてきた脇さんは、2008年、プロレスラーとしてデビュー。プロレスを始めたのは、バラエティ番組のダイエット企画で大仁田厚さんと一緒になったのがきっかけだったという。
「父がプロレス好きだったので、子どもの頃は毎週末レンタルビデオ店でプロレスのビデオを借りてみていて。それで僕もプロレスが好きになりました」
――プロレスラーとして実際にやってみていかがでした?
「役者としてもすごく勉強になりました。役者として舞台に立った時は前からしか見られないけど、プロレスだと360度全方向から見られるじゃないですか。
だから全く違う感覚でした。あと、お客さんのリアクションを見ながらアドリブも随時入れていくので臨機応変にやっていく術も勉強になりました」
――覆面レスラーもやられていたそうですね
「やりました。プロレスは2019年まで結構長い期間やりましたけど、ある時期からヒール(悪役)をやりたいと思ったのですが、顔を出したままだと応援して頂くことになってしまうので。
それで覆面を付けるようになったのですが、やってみたらやっぱりヒール役は面白かったですね。やられっぷりが良くないといけないですし、結構頭を使いました。
ドラマの現場で学んだ経験をプロレスに活かして、プロレスで経験したことが芝居に活かせるという良い循環になったと思います」
さまざまなチャレンジを続けてきた脇さんは、2012年に公開された主演映画「ふとめの国のありす」ではゲイバーのママ役に挑戦。次回は撮影エピソード、6月26日(金)に公開される映画「罪の棘」も紹介。(津島令子)


