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2026年8月8日 21:40

松山千春が札幌で50周年記念ライブ、会場のキャパは400人「原点となったSTVホールしかない」

松山千春が札幌で50周年記念ライブ、会場のキャパは400人「原点となったSTVホールしかない」
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デビュー50周年を迎えたフォークシンガーの松山千春(70)が8日、北海道・札幌市のSTVホールで、記念ライブを行った。ファンクラブ「千春を見守る会」限定での開催で、会場には抽選で選ばれた400人が駆け付けた。

ライブは、50年前のこの日、北海道厚生年金会館で行った時のオープニング曲「君のために作った歌」で幕を開け、弾き語りスタイルで“原点回帰”のコンサートとなった。

千春にとって、この日は単なる記念日ではない。1977年1月25日に「旅立ち」でデビューし、7カ月後には道内8ヶ所で初のコンサート・ツアーを繰り広げたが、そのスタートとなったのが8月8日で、札幌市にあった北海道厚生年金会館だった。

 千春は今回のライブについて「STVラジオのディレクターだった竹田健二さんのおかげでデビューして、コンサートも出来た」と振り返った上で「それから50年が経ったわけだけど、あの時に竹田さんと約束した通り、生活の場を北海道に置いて、ここを離れずにコンサート活動を続けてきたことは、俺にとっての大きな誇り」と語った。

ちなみに、竹田ディレクターは、初コンサートから20日後の8月27日に急死した。その日は函館公演の日で千春は「一緒に函館に行く約束をしていた」と言う。それだけに「2人の夢だった北海道厚生年金会館を満席に出来たのが、せめてもの救いだったし恩返しだと思ってきた」。

 その後の千春はアルバムとライブを中心とした活動で実績を積み重ね、札幌で開催してきた公演は154回にも及ぶ。これは現役アーティストでは断トツ。そればかりではない。全国コンサートでも国内アーティストの中でベスト3に入る実績を誇る。

今回の記念ライブの会場に、400人程度のキャパのSTVホールを選んだことに、千春は「いろいろ考えたよ。もちろん日本武道館や札幌だったらhitaru(札幌芸術劇場)のような、大きなホールでやることに越したことはないだろうけど…。ただ、北海道厚生年金会館もなくなってしまったしな。俺の原点は竹田さんと番組をやってきたSTVラジオだった。だとしたら記念のイベントは、俺にとっては原点となったSTVホールしかないと思った」と言う。

この日のステージは、セットリストにも強い意志が込められていた。

「君のために作った歌」で、50年前の千春の原点を観客に提示。中盤では「オホーツクの海」「銀の雨」「恋」など初期の代表曲が続き、フォークシンガーとしての出発点を丁寧にたどっていく構成だった。

そして、本編の終盤。千春は一度言葉を探すように間を置きながら、こう語った。

「『君のために作った歌』は、一番最初のアルバムのタイトルにもなっていた曲だった。それに30年も前になるけど、亡くなったお父さんのこともあるので『父さん』も盛り込んだけど、でも、やはり最後にたどり着いたのは、デビュー曲となった『旅立ち』だった。やはり『旅立ち』があったからこそ、今があるわけだしな」。

 今回のライブでは、選択した1曲1曲に、50年のすべてを重ねるように本編は締めくくられた。

さらに、アンコールでは「青春II」「長い夜」、そして「大空と大地の中で」と、北海道から全国へ羽ばたいた千春の歩みを象徴する楽曲でまとめられた。

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