俳優の中村ゆりさんが、2026年9月1日に亡くなったと所属事務所が発表した。
所属事務所によると、中村さんは13年前にもがんを患い、寛解してから、検査を欠かさず受けながら仕事を続けたという。
ここに、中村さんが芸能人生を振り返ったインタビューがある。
アイドルデュオとしてデビューした経緯、芸能活動を休業した時期のこと、そして俳優としての奮闘とその輝きを得た日々、さらに人生観を中村さん自身が語っている。それはまさに、がんと向き合いながら人生を歩んでいた時期の言葉だ。
2023年1月のインタビュー記事を、哀悼の意を込めて再掲する。※一部を再構成
14歳でオーディションに合格、アイドルデュオ「YURIMARI」としてデビュー!
2007年、オーディションで映画「パッチギ!LOVE&PEACE」(井筒和幸監督)のヒロイン役に抜てきされ、「第3回 おおさかシネマフェスティバル新人賞」、「全国映画賞女優賞」を受賞した中村ゆりさん。透明感溢れる端正なルックスとスレンダーなプロポーションで注目を集め、連続テレビ小説「梅ちゃん先生」(NHK)、「クロサギ」(TBS系)、映画「窓辺にて」(今泉力哉監督)など多くのドラマ、映画、舞台、CMに出演。本インタビューを行ったのは、映画「嘘八百 なにわ夢の陣」(武正晴監督)が公開された時期だった。
大阪で生まれ育った中村さんは、小さい頃は家で絵を描いたり、塗り絵をするのが好きな子どもだったという。
―芸能界に入るきっかけは?−
「うちは母子家庭なので、経済的に母を助けてあげたいという気持ちが強かったです。私は勉強が苦手だったので、こんな私でも何かできる仕事があるかなあって具体的に考えた時に、芸能界だったらチャレンジできるかもしれないかなって。
街を歩いていてスカウトされたこともあって、その時は深く考えませんでしたが、徐々に『自分にも可能性があるのかな?』と思うようになり、当時話題になっていた『ASAYAN』(テレビ東京系)を受けることにしました。
『ASAYAN』は、書類を送るとかではなくて、その場に行けば受けられたので、結構同級生も気軽に何人か受けに行っていたんですよね。
二次オーディションを通過して、初めて母と東京に来た時に、当時は原宿の竹下通りでスカウトされるという話をよく聞いていたので、『せっかくだから、ちょっと歩いてみる?』って行ってみたら、結構スカウトされたので、母も私もちょっとその気になる、みたいな(笑)」
―受かったと聞いた時はいかがでした?−
「展開がものすごく早くて、中学を卒業したら上京することになったので、正直すごい不安でした。まだ子どもだったので、親もとを離れるのも寂しいし…」
―まだ14歳だったわけですものね−
「はい。でも、一番気合が入っていた時期かもしれないです。そういうきっかけが掴めたというのが自分の中ではすごく大きかったので、『どうにか頑張らなきゃ。絶対に大阪へは帰らない』くらいの気持ちでいました」
1998年、中村さんは友人の伊澤真理さんとアイドルデュオ「YURIMARI」としてデビューすることに。翌年解散するまでにシングル6枚とアルバム1枚を発表する。
―デビューされてからはいかがでした?−
「自分が本当にやりたいことかどうかもまだ子どもだからわかっていないし、将来の仕事のため、みたいな感じで始めちゃったので、自分自身とのギャップも感じていたし、正直アイドル時代は苦しかったです。キャラ作りに無理をしていたというか…。
とにかく忙しくて、何が何だかよくわからなかったです。与えられたことをとにかく乗り切るだけで、生意気だったところもあると思います。しかし周りの大人がすごく温かく、厳しくも守ってくれて、当時の絆は強くて、いまだに YURIMARI のグループ LINE があるんですね。
女優になってからも、YURIMARIのチームの人たちが 応援してくださいました。自分が上京して最初に出会った大人たちがあの人たちで良かったなあって、今もすごい感謝しています」
18歳で芸能活動休止、生活のためのバイトでは失敗続きで年下の先輩に怒られてばかり
1999年、YURIMARIが解散。中村さんは、芸能活動を休業し、初めてアルバイトをすることに。
「芸能界のことしか知らないというのは、少し怖い気がしたので、他の世界も知らなきゃダメだと思ったんですよね。
解散してすぐに2カ月間、一人でニューヨークに行って、ブロードウェイやオフブロードウェイのお芝居をいろいろ観たり、美術館に行ったり。日本に帰って来た時点で母も東京に呼んで一緒に暮らすようになったので、そこからアルバイトも始めました」
―どんなアルバイトをされたのですか?−
「カフェみたいなハンバーガーショップです。そこで、私は社会に出てもこんなにできない人なんだというのを思い知らされました。何もできないんです。レジ打ちもすごい失敗するし、私がレジ打ちをした日の計算は、ほぼ合わないみたいな感じで。計算がとても苦手で、18歳の時でしたけど、16歳のバイトの子にいつも怒られていました(笑)。
社会に出て働くということは、アルバイトだけれども大変なことなんだということがよくわかりました。お金を稼ぐことの切実さもとても感じました。その経験は本当にして良かったと思います」
―再び芸能界でということになったのは?−
「次にやる時は、人に決められたものじゃなくて自分で決めようと思っていたんですけど、どの道に行ったらいいか全然わからなかったんです。そんな時にたまたま映画のプロデューサーの女性と知り合う機会があって。
お茶をしたりして仲良くなった時に、『映画のオーディションに来てみなよ』って言われて受けてみたのが『偶然にも最悪な少年』という映画のオーディションで、運良く受かったんです。
1シーンとか2シーンだったんですけど、初めて自分が出ている作品の初号(試写)を観に行った時に、自分がどうこうよりも、すてきな映画に参加して、それが出来上がって観るということにすごい感動したんですね。
それまでやったどの仕事より充実感があって、『この仕事だったら必死になるかもなあ』って思ったら、やっぱり必死になりました」
ニューヨークに滞在中もブロードウェイやオフブロードウェイで舞台を観ていたという中村さん。芸能界休業中も舞台や映画を欠かさず観ていたという。
「昔『ベニサン・ピット』という劇場があって、そこで観たお芝居が芸術的な世界観があり、『演劇って、俳優さんって、こんなにカッコいいんだ』って感じたんですね。素直にすごく惹かれました、俳優業というのに」

映画「パッチギ!LOVE&PEACE」で井筒監督から厳しい
指導、女優としての根性がついた
2007年、中村さんは転機となる映画「パッチギ!LOVE&PPEACE」のヒロイン役に。この映画は、2004年に公開されてヒットした映画「パッチギ!」(井筒和幸監督)の続編的作品で、舞台は前作から5年後。難病を抱えた息子に治療を受けさせるため、京都から上京したアンソン一家の奮闘する姿を描いたもの。中村さんは、ヒロインのキョンジャを演じた。
「知り合いから『今、パッチギ2のオーディションをやっているらしいよ』って聞いて、『私も行きたい』って事務所に言って行かせてもらいました。
と言うのは、前作の『パッチギ!』を観た時に、『自分のアイデンティティーとか、ルーツに近いのに、そういう作品に何で私がいないの?』って思ったんですよね。それでオーディションを受けることにしました」
―自信はありました?−
「自信よりも、多分すごい切実な気持ちが伝わったのかなあとは思います。オーディションの時に『前作を観てどう思った?』って聞かれたので、『ムカつきましたね』って答えたんですね(笑)。『何で私がここに参加してないの?』って悔しくなったし、そういうところをすごくいいと思ってくださったみたいです。
しかも、初めてオーディションで、監督やプロデューサーさんから自分の生い立ちとか聞かれたんですね。
それまでのオーディションでは、面白いことを言ったり、可愛く思ってもらって印象を残さなきゃ、みたいな感じだったんですけど、初めて自分の中身にすごく触れてくれた感じで。
自分が負だと思っていることも、この方々は魅力として捉(とら)えてくださる、初めてそういう気持ちになりました。女優さんというのは、自分の負の面だったりとか、そういうものも生かせる仕事なんだなあって思ったのも、この仕事にすごく惹かれた一つではありました」
―撮影はいかがでした?−
「当時はまだお芝居の経験もあまりない状態でヘタクソだし、テクニカルなものも何もない状態で臨んでいたので、監督にずっと怒られていました。
それでも監督が『ここは絶対お前の方が、キョンジャの気持ちがわかってるやろ?だから好きにやれ』って任せてくれる部分もいくつかあって、そういう意味では、やっぱり私じゃないと、わからない彼女の気持ちというのはあったのかなとは思います」
―前作が結構話題になってヒットしたということでプレッシャーは?−
「ありました。気にしないようにしていたけど、少なからず。役も同じ役を引き継ぐわけだから、それに対してプレッシャーはありましたね。
でも、そんなことよりも、とにかく必死でした。毎日電車で通っていたんですけど、行きの電車で『今日はどうか良いお芝居ができますように』って、本当に祈りながら行くんですよ。そうじゃないと、もうメッタメタにされるのがわかっているので(笑)。
でも、やっぱり目の前でへし折られて行く役者さんを見ていて、途中からは、もう心が折れたらすべてがダメだと思ったので、監督の話を右から左に流すようになったんですね。そうしたら監督が『お前、根性ついてきたな』って(笑)。
先輩の役者さんたちが、『今どきこんなに厳しく指導してもらえる現場なんて僕たちからしたらすごくうらやましい。すごくラッキーなことだよ。だから、絶対に食らいついて、最後までたくさん学びなさい』っておっしゃってくださったから、本当にそう信じて。
もともと私は、井筒さんの映画がすごく好きだったので、『絶対に負けない!』って自分に言い聞かせてやっていました」
―井筒監督は厳しいことで知られていますが、優しい言葉をかけられたりは?−
「たくさんありました。家族のことを気遣ってくださったりとか。ぶっきらぼうな方だから、『お前、あそこは不細工な顔していたからカットしておいたぞ』とか言ってくるんですけど(笑)。厳しいのは、役者をよく映してあげようとしてやってらっしゃるから。井筒さんの映画って、役者さんがみんなすてきに映るじゃないですか。
あとは、女優として…みたいなこともすごく教えていただきました。監督の中でのかっこいい女優像みたいなのがあるので。女優とはどうあるべきかということは、井筒さんだけじゃなく、周りの皆さんに教えていただきました」
―可憐な女性が映画の世界に入って変わっていく様がすごく良く描かれていましたが、ご自身ではご覧になっていかがでした?−
「初号(試写)を観た時は、自分があんなにたくさん出ている映画を観るのは初めてだったし、思っていたよりもできてなさすぎてショックだったんですね。『ごめんなさい』みたいな気持ちになって。でも、数年後に観返してみたら、芝居をしようとしていない魅力というか、『意外といいな』って思いました(笑)。

薄幸なイメージの役が多くて
映画「パッチギ!LOVE&PEACE」で賞も受賞して注目を集め、広く知られることになった中村さんは、ドラマ、映画、舞台などに次々と出演することに。
「自分の体感としては地道な感じはしますけど、結構忙しくなりましたね。当時はアーティストの事務所で、私が初めて女優になった子だったんです。
だから、事務所も結構手探りの状態で、チャンスがあるならばチャレンジさせようという感じだったので、ものすごい数の仕事をしていました。何年間もずっと3本抜い続けているみたいな感じで、数だけはすごかったですね(笑)」
―連続テレビ小説にも「おひさま」、「梅ちゃん先生」、「花子とアン」、「わろてんか」、「エール」の5作品に出演されています。薄幸の役のイメージがありますね−
「そうなんですよ。薄幸のイメージが強いみたいで、朝ドラは、ほぼ幸薄い役なんです(笑)」
―2018年くらいから、特にすごい勢いでお仕事をされているイメージがあります。映画「影に抱かれて眠れ」(和泉聖治監督)の余命宣告を受けた外科医役も印象的でした−
「あれも薄幸の役でしたけど、男性の願望みたいな女性ですよね(笑)」
―加藤雅也さん演じる主人公は罪な男ですよね。愛人には心は与えないけど肉体は与え、中村さん演じるヒロインには純愛、心はすべて与えるが肉体的には結ばれないー
「どちらにも優しいようで残酷ですね(笑)」
―あの作品の中村さんが好きだという男性が周りにも結構多かったですー
「本当ですか(笑)。あれは男性が好きな女性の役ですからね。でも、ハードボイルドの世界観だから、男性が好きな女性でいいなと思いました。ただ、敬礼するシーンだけは照れ臭かったです(笑)」
―女性の敬礼シーンが好きな監督は多いですよね。中村さんは、ハードボイルドな世界に咲く一輪の美しい花という感じで−
「ありがとうございます。ハードボイルドでも美しい映画にはなりましたよね。加藤雅也さんも主人公のキャラにピッタシだったし、監督も2度目だったんですけど、すごくいい雰囲気で温かい現場でした」
完成度が高い短編映画のようなCMが話題に
2019年には、小学校低学年の息子を抱えて仕事と子育てを頑張るシングルマザーが病気になり、息子のために病気と戦う姿を描いたCMが話題に。
―頑張るお母さん、とてもすてきでした−
「ありがとうございます。相性が良かったという言い方は変かもしれないですけど、私自身母性も出てきている年齢だし、自然と気持ちのリンクができる設定だったんです。
あの子役(潤浩)ちゃんも本当に可愛くて、すごい子どもらしい子どもだったんですね。
自然体で、道端に虫がいると『あっ、虫』って行っちゃうような子で(笑)。
私にすごくなついてくれたし、CMとはいえ、本当にいいお芝居をやり合えたという感覚があって、それが90秒も流してくださる枠で、贅沢に流してくださってうれしかったです。
やっぱりとても共感の多いCMだったみたいで、会う人、会う人、みんなが、『あのCMが大好き』って言ってくださるから、そういう作品に出られてすごいうれしかったですね」
―あそこまで物語として完成されているCMは珍しいですよね。あのCMが流れると手を止めて見ていましたー
「ありがとうございます。私はあのCMをやらせていただく前から、たまたま同社の生命保険に入っていたんですね。それで、私の地域担当の女性社員さんが来た時に『中村さんですよね?うちの会社の朝礼の時に新しいCMを流すんですけど、シングルマザーの女性たちが、みんな涙を流しているの』って聞いた時に、すごくうれしいなあって心から思いました」
演技力と美貌を兼ね備えた女優として広く認知された中村さんは、映画「愛のまなざしを」(万田邦敏監督)、「SUPER RICH」(フジテレビ系)、「ただ離婚してないだけ」(テレビ東京系)、映画「母性」(廣木隆一監督)、映画「窓辺にて」(今泉力哉監督)など立て続けに話題作に出演することに。
次回後編では、向上心に火がついたという衝撃のサスペンスドラマ「ただ離婚してないだけ」の撮影エピソード、そして「幸せの形はいろいろ」と語った人生観なども紹介する。