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2026年9月22日 14:09

戸田菜穂 高校2年生の時にオーディションで応募者3万人以上の中からグランプリに!

戸田菜穂 高校2年生の時にオーディションで応募者3万人以上の中からグランプリに!
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1993年、大学1年生の時に連続テレビ小説「ええにょぼ」(NHK)のヒロインに抜てきされ、注目された戸田菜穂さん。「ショムニ」シリーズ(フジテレビ系)、大河ドラマ「西郷どん」(NHK)、「科捜研の女」シリーズ(テレビ朝日系)、「NHK俳句」などに出演。この秋には10月2日(金)に公開される映画「沖晴くんの涙を殺して」(矢崎仁司監督)をはじめ、3本の映画が公開される戸田菜穂さんにインタビュー。(この記事は全3回の前編)

■オーディションの記事を目にして…

広島県で生まれ育った戸田さんは、映画好きの母親の影響で小さい頃から一緒にいろいろな作品を見ていたという。

「引っ込み思案の子どもだったんですけど、母がフランス映画とか日本の映画が好きだったので、女優さんという仕事があることは幼稚園ぐらいの時から意識していました。口には出してないけど、ステキな仕事があるんだなって」

1990年、「第15回ホリプロタレントスカウトキャラバン」に応募。3万人以上の応募者の中からグランプリを受賞する。

「高校生の時に本屋さんに『De☆View(デ・ビュー)』(勁文社)という雑誌があって、『ホリプロスカウトキャラバン女優募集』と書いてあったんです。それまでの募集は、歌手、アイドルで、女優さんを募集するのは初めてだったんですね。

母は、『女優さんの仕事は楽しそうだし、夢があるからステキよね』と言っていたんですけど、両親も祖父母も驚いていました」

――受かる自信はありました?

「全然なかったです。応募したことを忘れた頃に『〇月〇日、地方予選があるので来てください』と書かれた紙が届いて。そこからはとんとん拍子に2次、3次と続いていって、大阪の花博で最後の大会があって、自分の置かれている景色にびっくりしました。

普通の田舎の高校生だったので、大人にあんなに囲まれたこともないし…という感じでした。高2の夏休みに世界が変わったというか。

でも、おとなしい子だったけど、もっと広い世界が見たいなという思いはあったんですね。だから早めの就職活動をして、自分で勝ち切ったなと思いました」

――それにしても3万人以上の応募者の中からグランプリというのはすごいですね

「今思えばそうですね。オーディションの責任者だった方が育ててみたいと思われたみたいで。写真を見た時にそう思っていたって。家の階段のところで妹に撮ってもらったんですけど、その写真が気になって…とおっしゃっていました」

――グランプリ発表直前に、もしかしたら…と思うことがあったとか

「発表前に控えていた時に審査員のひとりだった千葉真一さんが私のそばにいらして、『いつか共演しようね』と言ってくださったので、もしかしてって思いました」

――グランプリを受賞されてからは?

「父がびっくりでしたよね。大変なことになったって。大学に行くことを条件に許してもらったんですけど、高校を卒業するまでは、広島から飛行機で通っていました。卒業後は、ホリプロの寮に入って」

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■初主演ドラマの撮影では、よく泣いていた

グランプリを受賞した翌年、1991年に俳優デビュー。同年、「葡萄が目にしみる」(フジテレビ系)でドラマ初主演を果たす。林真理子さん原作のこのドラマは、思春期の女子高生の日常と淡い恋を描いたもの。

戸田さん演じる主人公・岡崎乃里子は、山梨県の葡萄農家の娘。同じ高校の同級生でラグビー部のエース・岩永健男(萩原聖人)に高校最後の夏休みに告白しようと考えるが、親友(櫻井淳子)とキスしているところを目撃してしまう…という展開。

――デビューされてすぐに主演されることになっていかがでした?

「嬉(うれ)しかったです。飲料会社の一社提供だったので、自動販売機に自分のポスターが貼ってあって何か不思議な感じがしました」

――撮影はスムーズにいきました?

「全然スムーズじゃなかったです。私は素人だったので。リハーサルを何度も何度もやってくださったんですけど、全然できなくて…。よく怒られましたし、泣いていました。

本当に大変でしたけど、萩原聖人さんと共演で、最後はラグビーのシーンで終わったんですけど、『終わりたくない、終わりたくない』と思って。

クランクアップした時に泣いていたら萩原さんが、『菜穂ちゃん、変わらないでね。その初々しさ、アップして悲しくて泣くみたいな感じを忘れないでね』って言ってくださったのを覚えています。

あと、原作の林真理子さんもよく葡萄畑に見学に来てくださって、ご自身の原体験、高校生時代のお話だったりもするので重ね合わせて応援してくださっていました」

――好きな人が親友とキスしているところを目撃してしまうというのは切ないですよね

「そうですね。それも知らない人ならともかく、自分が彼のことを好きなことを知っている親友ですから切ないです。時々山梨に行くんですけど、勝沼とか葡萄の丘を見ると懐かしい。

子どもたちに『ここで撮影したんだよ』って言ったりしています。

そういう思い出の場所があるというのは、いいですよね。あの地方ロケは、すごく好きでした。本当にステキな場所で、葡萄畑のところもすごくいいんです」

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■オーディションで朝ドラのヒロインに!

1993年、連続テレビ小説「ええにょぼ」で、ヒロイン・朝倉(宇佐美)悠希役に。この作品は、戸田さん演じるヒロイン・悠希が、男社会である医療の世界で周囲との軋轢(あつれき)や困難に直面しながらも、誠実さと努力を武器に奮闘し、自分らしい生き方を模索していく様を描いたもの。“ええにょぼ”とは、内面の美しさも備えた美人のこと。

新人医師・宇佐美悠希は、新婚早々、夫(榊原利彦)と別居して単身赴任することに。離婚の危機に直面しながらも上司(柴田恭兵)から医師として大事なことを教わり、医師として、そして人間として“ええにょぼ”に成長していく…。

――オーディションを受けている時は、どんな感じだったのですか?

「朝ドラのオーディションを受けるのは初めてで自信はなかったんですけど、必死でやっていたことは覚えています。手紙を破るというシーンで、本当に手紙を破ったら『本当にやると思わなかった』みたいな感じで(笑)。でも、ズラーッと監督やプロデューサーがいる前で演技をするというのには全然慣れませんね」

――大阪での撮影はいかがでした?

「広島から上京して大学1年生になったばかりでしたが、休学して8カ月間大阪のホテルで暮らしていました。お城の前のホテルだったので、歩いてNHKに行けるんですけど、時々大阪城公園をジョギングしていました。何もできないから、せめて倒れないようにしようと思って体調管理には気をつけていましたね。

当時は、ずっとメイク部屋にいて、メイクさんがすごくお世話してくださったんです。土日はお家に行って皆さんとご飯を食べたり、そういうあったかい感じの環境にしてくださったので、居心地良かったですし、集中できました。

皆さんに本当に良くしていただきました。和田アキ子さんは大阪ご出身なので、撮影がない時にご実家に招いてくださって、一緒にカラオケをやったりとか。私は、ほとんど素人みたいなものだったので、皆さんに助けていただいていました。良い思い出がたくさんあります」

――クランクアップした時は、燃え尽き症候群みたいになりませんでした?

「なりました。最後はやっぱり泣いていました。感動して。撮影の時に使っていたお箸ももらって帰って来ました。クランクアップして、あっという間にセットを崩していくのがすごく悲しくて、『こんなにあっという間に崩しちゃうんだ』と思って寂しかったですね。

そのあと、『ドラマに感動して子どもに悠希という名前をつけました』っていうお話とか、『菜穂という名前にしました』、『娘が医者になりました』というようなお手紙をいただいて、すごい影響があるんだなと思って。嬉しかったですね」

――朝ドラのヒロインを演じ切ったというのは自信にも繋(つな)がったでしょうね

「それはありましたね。長丁場だったので、大体何でもOKだなって思いました(笑)」

――大学に行くことを条件に芸能界入りを許されたということですが、大学には?

「2年間休学して戻って、2個下の子たちと一緒に勉強して4年で卒業しました。今もその子たちとは仲良しです。仕事が結構忙しかったので、『大学は辞めてもいいんじゃない?』と言われたりもしたんですけど、頑張ると約束した以上、絶対守りたいと思って頑張りました」

朝ドラのヒロインとして広く認知された戸田さんは、「ショムニ」シリーズ、「JIN-仁-」(TBS系)、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」(新城卓監督)など話題作出演が続く。次回は撮影エピソードなども紹介。(津島令子)

※戸田菜穂(とだ・なほ)プロフィル

1974年3月13日生まれ。広島県出身。連続テレビ小説「ええにょぼ」のヒロイン役で注目され、「ショムニ」シリーズ、大河ドラマ「軍師官兵衛」(NHK)、「不惑のスクラム」(NHK)、「テイオーの長い休日」(東海テレビ・フジテレビ系)、「泥濘の食卓」(テレビ朝日系)、「スカイキャッスル」(テレビ朝日系)などに出演。10月2日(金)に映画「沖晴くんの涙を殺して」、10月9日(金)に映画「遥かな町へ」(錦織良成監督)、11月20日(金)に映画「ないものねだりの君に光の花束を」(安藤尋監督)の公開が控えている。

ヘアメイク:大沼こずえ(eleven)

スタイリスト:松岡奈央子

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