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2026年10月6日 14:48

葵わかな 朝ドラ撮影当時、大阪で初めてのひとり暮らしを経験

葵わかな 朝ドラ撮影当時、大阪で初めてのひとり暮らしを経験
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2009年、10歳の時に芸能界デビューし、CM、ドラマ、映画に出演してきた葵わかなさん。キュートなルックスで注目を浴び、数多くのCMに出演し「この女の子は誰?」と話題に。2017年、連続テレビ小説「わろてんか」(NHK)でヒロイン役に抜擢され、「教場」(フジテレビ系)など話題作出演が続く。「年の差婚」(MBS/TBS系)、「おいち不思議がたり」(NHK)、「ホンノウスイッチ」(テレビ朝日系)など主演作も多数。11月13日(金)に映画「2126年、海の星をさがして」(金子修介監督)の公開が控えている。(この記事は全3回の中編。前編は記事下のリンクからご覧になれます)

■豚を追いかけ回すシーンでは息も絶え絶えに…

2016年、「女優堕ち」(BS朝日)でテレビドラマ初主演、「ホラーの天使」(長江俊和監督)で映画初主演も果たした葵さん。2017年、映画「サバイバルファミリー」(矢口史靖監督)に出演。

この作品は、原因不明の電気消滅によって廃墟寸前となった東京から脱出した一家が奮闘する姿をコミカルに描いたもの。

東京で暮らす鈴木家は、義之(小日向文世)と光恵(深津絵里)、長男・賢司(泉澤祐希)、長女・結衣(葵わかな)の4人暮らし。ある日突然、電気を必要とするあらゆるものがなぜか使えなくなり、交通機関や電話、ガス、水道まで完全にストップして東京は大混乱に陥ってしまう。亭主関白な義之は、家族を連れて東京を脱出することを決意し、4人で鹿児島に向かうことになるが…。

葵さんが演じた高校1年生の結衣は、スマートフォン依存症で片時も手放せないという典型的な都会っ子。鹿児島の田舎へ行くのを拒んでいたが、嫌々ながら家族に同行することに。

「オーディションで選んでいただいたんですけど、ああいう役柄あまり演じたことがなかったので、矢口監督とご一緒できることもすごく嬉(うれ)しかったです。技術とか、いいものが結集された現場だったので、本当に勉強になりました。

他のキャストの皆さんも、『髪の毛をどういう風に染めようか?』って監督と相談したり、つけまつ毛の描写が出てくるので、どういうつけまつ毛を普段つけるかとか。

あと、どんどん汚れてみすぼらしくなっていくから、服の中でコントラストを変えようとか…あの映画は今までの中でかなり上位の大変な撮影でした。半年ぐらい長いこと撮影して、仙台や山口に撮影で行ったり、11月に川に入ったりして本当に大変でしたね」

――都会っ子だったのが自然児みたいになって、豚を追いかけ回しているシーンが印象的でした

「今よりもっと体力があったので、全然走れたんですけど、かなり急斜面なところを走って

野生の豚さんを本当に追いかけなきゃいけなくて大変でした(笑)。

でも、小日向さんと深津さん、泉澤さんと4人でずっと一緒にいたので、仲良くしていただいて嬉しかったし、ああいう時の大人の俳優さんたちの思い切りの良さには目を見張るものがありました。私が一番下だったんですけど、3人は大人で。

『豚怖い』って思っていたけど、みんな『用意スタート!』となったら、もう引きずられる勢いで豚を捕まえに行って。本気の俳優ってすごいと思った記憶があります。

矢口監督がずっと笑っていてカットをかけてくれなくて、家族4人でもう息も絶え絶えになるくらい豚を追いかけて走り回っていました(笑)」

――スマホや電化製品は欠かせないものになっていますが、突然使えなくなったら…と考えてしまいますね

「そうですね。それこそ世の中がコロナもそうですし、災害などで便利なものが使えなくなるという状況が増えて、絶対ないとは言い切れないような世の中になってきているので考えます。あの頃は想像できなかったけど、備蓄も大事だとすごく思うし、映画の中で一回体験しているから、ある程度想定はできると思います」

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■念願の朝ドラのヒロインに!「嘘じゃなかったんだって(笑)」

2017年、連続テレビ小説「わろてんか」に主演。葵さんが演じたヒロイン・てんは、吉本興業の創業者で女性興行師でもある吉本せいさんがモデル。京都の老舗薬種問屋に生まれ、後に旅芸人の北村藤吉(松坂桃李)と夫婦となって小さな寄席を開業する、明るく前向きなヒロインを繊細にかつ大胆に演じて話題に。

「朝ドラに出たいという思いは、ずっとありました。朝ドラのオーディションは受けるものというか、若い俳優にとっては登竜門。みんなが目指す一つのステージという感じですね。

だから、私も同世代の俳優さんたちと同じように、何回かオーディションは受けていました。

主演じゃなかったとしても朝ドラという作品に出たいと思っていたので」

――「わろてんか」のオーディション受けた時、自信はありました?

「なかったです。2次審査以降に行ったのが初めてだったので、『今回はちょっと進んでいるじゃん』って。朝ドラは、主演だけじゃなくて、そのオーディションで他の役をいただけたりもするので、ヒロインの友だち役とかでもいいから、とにかく朝ドラに出てみたいと思って。できる限り頑張ろうと思って臨んでいました」

――ヒロインに決まったと聞いた時は?

「信じられないという気持ちでした。サプライズだったんです。マネジャーさんとかオーディションの審査員の方たちも全員(合格を)知っていたのに演技していて教えてくれなくて(笑)。マネジャーさんが自分に嘘をつくのは初めてだったので、全然気づきませんでした。

でも、やっぱり信じられない気持ちの方が大きかったかな。その日はまだ両親にも言えずで。だから、こっそりマネジャーさんと喜び合っていました(笑)。

次の日に記者会見があって発表されたのですが、会見のカメラの台数の多さに驚きました。大阪で記者会見した後、そのまま東京に行って会見するんですけど、情報解禁が東京の会見後の17時で、それまで誰も知らないんです。

世の中の反応とかもないし、家族も知らないし、会見までしたのに私的には信憑(しんぴょう)性はかなり低くて。でも、東京での会見が終わったら、連絡をいろいろな人からいただいて。それでようやく、『やっぱり嘘じゃなかったんだ』と思いました(笑)」

――ご家族の皆さんも喜ばれたでしょうね

「当時はまだ両親と一緒に住んでいたのですが、両親も多分受かると思ってなかったので、『友だち役ででも出たらおばあちゃんも喜ぶし、いいよね』って話していたんです。だから、まさかヒロインに決まるとは思ってなかったんじゃないかな」

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■大阪で初めてのひとり暮らしをすることに

葵さんは、「わろてんか」の撮影が行われる大阪で初めてひとり暮らしをすることに。

「ひとり暮らしをするのは初めてでした。本格的に引っ越すまでは、何度かお稽古で大阪に通っていたので、撮影は10カ月間だったんですけど、その当時は、10カ月間スタジオに通うという実感が湧かなくて。

BK(大阪放送局)のスタッフさんは、朝ドラを歴代ずっと撮影されてきた方々で、私は『初めまして』の方ばかりなんですけど、ヒロインに対してとか、朝ドラに対しての情熱が本当に強い方たちで。

会って数時間で娘のようにチームに入れてくれるような雰囲気で接してくれたのが本当に嬉しくて。ここで10カ月間やっていくんだという覚悟が決まったというか。それまで仕事に対してのプレッシャーは意外と感じてこなかったんですけど、朝ドラは相当プレッシャーだったなとは思いますね」

――てんちゃんは太陽のように明るくて元気で生命力が溢(あふ)れていてステキでした。でも、早くにお父さん(遠藤憲一)やお兄さん(千葉雄大)を亡くすというつらい経験も

「やっぱり悲しいですよね。ずっと一緒にやってきて。長い物語ですけど、現場の温かさというのは他とは比べ物にならないし、10カ月の間の数カ月だったとしても家族でしたし、仲間という感じが強かったのでつらかったです。皆さんそういう空気感を持ってきてくださっていたので、今でも繋(つな)がりを感じますね」

――長丁場でしたが、いかがでした?

「冬の季節になると、ちょっと風邪気味になったりとかするんですけど、待ったなしなので。体力的なしんどさというのはあったりしましたけど、まだ18歳とか19歳だったので、周りを驚かせるぐらい元気でしたね(笑)」

――放送が始まって周囲の反応はかなり変わったのでは?

「それが意外とわからなくてNHKと家の往復で、休日は東京に戻って別の仕事で土日が埋まって、また大阪に戻ってNHKと家の往復だったので、世の中の反応に触れる機会がなくて。

Yahoo!で『今週のわろてんか』という記事が出ているのを見て、こういうネットニュースに取り上げていただける番組に出ているんだなと思ったくらいで。撮影が終わってからの方が、皆さん見てくれていたんだなって感じることができました。

朝ドラ以前は、私の名前と顔を知ってくださっている方は本当に少なかったと思うんですけど。朝ドラが終わってすぐドラマの撮影に入ったら、みんなが私の顔と名前を知ってくれていて。

TBSの『オールスター感謝祭』に出たんですけど、その時、司会の今田耕司さんが、『おてんちゃん』って言ってくださったんです。子どもの頃からずっとテレビで見ていた今田さんが私のことを知ってくれているというので嬉しかったです」

――朝ドラ後、お仕事はどのように?

「当時は本当に右も左もわからない若手だし、朝ドラという役割を終えて皆さんにようやく知っていただけて。これからどんな作品をやっていって、どうなっていくのか、注目していただけている時期だったのもあって、その時はやれる仕事は全部やるみたいな感じでした」

――朝ドラの撮影後、燃え尽き症候群みたいになりませんでした?

「そういうことがあると聞いていたんですけど、朝ドラの撮影の終わりと次の作品の撮影が重なっていたので、忙しくてそうはなりませんでした。だからかえって良かったかもしれないです。お休みがあったらそうなっていたと思うので。

当時は、あまり理解できていませんでしたけど、『朝ドラの経験をしていなかったら今の自分はいない』と思えるほどターニングポイントになった作品ですね」

朝ドラ出演以降、映画「真夏 きみに恋した30日」(古澤健監督)、「年の差婚」、「おいち不思議がたり」、「ホンノウスイッチ」、「すべての恋が終わるとしても」など主演作も続く。次回は撮影エピソード、11月13日(金)に公開される映画「2126年、海の星をさがして」も紹介。(津島令子)

ヘアメイク:石川奈緒記

スタイリスト:岡本純子

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