ナポレオン戴冠式もここで ノートルダム大聖堂とは[2019/04/16 17:01]

 パリの観光名所として日本の観光客も多く訪れるノートルダム大聖堂が炎上し、一番高い塔が崩れ落ちました。なぜ、多くのパリ市民が悲しんでいるのか。そこには歴史的な背景がありました。

 ノールダム大聖堂があるのは、セーヌ川に囲まれたシテ島という島です。この島は「パリ発祥の地」とも呼ばれていて、紀元前250年ごろに「パリシイ族」という民族が移り住んで栄えたことから「パリ」と呼ばれるようになったということです。その後、パリはシテ島中心に大都市として発展しました。位置的にもちょうどパリの真ん中にあるのが分かります。多くの人が移り住むようになったことで必要となってきたのが礼拝所です。そのため、1345年にこの地に大勢の人を収容できるノートルダム大聖堂が作られたということです。
 中はとにかく広くて約9000人が収容できるそうで、天井の高さも約33メートルとオルガンの音も本当にきれいに響く開放的な所となっています。ろうそくなども並び、なかでも有名なのがステンドガラスです。花びらの形をしていることから「バラ窓」と呼ばれていて、聖堂の中の3カ所で見ることができます。ここではナポレオン1世の戴冠式(たいかんしき)も行われたことで有名です。このノートルダム大聖堂の「ノートルダム」とは「我らが貴婦人」という意味で、聖母マリアを表します。そのマリアに祈りを捧げる「マリア崇敬」が広がりを見せるなかで建てられたノートルダム大聖堂はゴシック建築で建てられた聖堂のなかでも傑作とされているわけなんです。では、なぜ石造りのはずの大聖堂がなぜこれほど燃えてしまったのでしょうか。そこには、ノートルダム大聖堂の建築様式に問題があるといいます。