分断する米国(2)トランプ氏が4年間で変えたもの[2020/12/20 14:18]

12月14日。米大統領選で「選挙人」の投票が行われ、バイデン氏の勝利が事実上確定した。だがトランプ大統領はいまだ敗北を認めようとせず、多くの支持者も「選挙に不正があった」と訴え続けている。7400万もの票がトランプ氏に集まり、この4年間で深まった米国の分断は回復するどころか、さらに深刻化しそうな状況に見える。

「パラレルワールド(並行世界)にいるみたいだ…」
2カ月間にわたり現地で大統領選取材を行ったジャーナリストの村山祐介氏は、米国の分断についてそう表現した。トランプ氏とバイデン氏、双方の支持者にインタビューを重ね、「パラレル化」の背景を懸命に探ってきた。
後編では、トランプ支持者の本音とアメリカ社会の今後について村山氏に聞いた。

■ 「愛国者であることを誇っていいんだ」

 10月初旬に取材を始め、全米各地で約200人にインタビューを行った村山祐介氏。中でも、トランプ支持者のパレードに参加していた30歳くらいの女性の言葉が印象に残っているという。

「自分が愛国者であるって口に出すことが昔は恥ずかしかったというんですよね。ためらいがあったと。だけどほんとは愛国者だと言っていいんだ、むしろ愛国者であることを誇りに思っていいんだって、メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン(米国を再び偉大な国に)とはそういう時代なんです、と」

「かつては愛国者と言えなかった」とはどういうことなのか。村山氏は前回大統領選でのトランプ氏の言葉を引き合いにして解説する。

「例えばトランプ氏が『メリークリスマスって言いたいよなー?』みたいなことを集会の中で言うとワーッと盛り上がる訳ですよ。『ハッピーホリデーと言いましょう』というポリティカルコレクトネス(政治的公正さ)の名のもとに、どんどんキリスト教的なものが生活とか社会から追い出されていく感覚を彼らは持っています」

 宗教的な多様性を重視し、キリストの誕生を祝福する言葉、「メリークリスマス」を言い換えようという社会… 伝統的な家族観や自由を大切にする白人保守層は言いたいことも言えず、どんどん肩身が狭くなっていた。

「今回改めてトランプ支持者に話を聞くと、やっぱりオバマの登場というのが彼らには衝撃で、彼らが潜在意識として持っていた不安感、白人中心だったアメリカが、多様性の名のもとにどんどん変わっていくという危機感がオバマ政権の誕生で目に見えてしまった」

 村山氏がワシントン特派員だったオバマ政権時代には見えていなかった、白人保守層の本音。4年前、そこにトランプ氏がアウトサイダーとして乗り込んできて、ワシントン政治を変えると公約した。その物語が、トランプ支持者の中ではいまだ続いてるのだと村山氏は指摘する。

「『私が実行してきたことをあと4年で完全に実行する、アメリカをグレートにしてきた私がさらにグレートにし続けるんだ』というのが今回の彼のメッセージで、それに対して実際に『あと4年』を託した人たちが、7400万人というレベルになるほどのボリューム感を持って存在していると」

 だが、トランプ支持者が本音をさらけ出せるようになった社会は、バイデン支持者、特に黒人にとっては不安をかき立てられる社会でもあるという。

「本人たちにそういうつもりはなかったとしても、黒人の目線からすると『白人至上主義』的な考え方なんじゃないのかと。キリスト教・白人・保守という自画像を堂々と言えるようになった人たちが一方でいて、そういう人たちに対し不安を覚える人たちがいるという、そこでひとつのパラレルワールドというか分断ができています」

■ トランプ氏の「法と秩序」が深めた分断

 5月に黒人男性ジョージ・フロイドさんが、白人警察官によって窒息死させられた事件を機に全米で巻き起こった「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」の抗議運動。再選を目指すトランプ氏にとって大きな痛手となり得たこの運動が、結果的にアメリカ社会の分断を深めることになった。

「BLMって最初は社会運動として、党派とか 人種を問わずかなり広範な支持を受けてたんですよ。黒人だけじゃなくて白人もたくさんいて、民主党支持者だけじゃなくて共和党を支持してる人たちも参加していました」

 風向きが変わったのは暴動や略奪の多発に加え、BLMの主張として「警察予算の削減」を訴える声が高まったことが大きいと村山さんは言う。

「地方の人に聞いてもあれで状況が変わったという人たちがいました。田舎に行けば行くほど警察との距離が近いし、保守的なので警察に対する親近感とか支持がすごく強いんですね。そうするとBLMを支持するってことが警察を解体することにつながる、それは違うだろうっていう、かなり身に迫った課題になったと」

 不安を抱き始めた保守層に、トランプ氏が打ち出したメッセージが響いた。「法と秩序」だ。

「『法と秩序』というのはかなり メッセージとしては大きくてですね。黒人の命は大事だし『法と秩序』も大事なんだけど、大統領選への文脈で言うと、それがトランプ支持か反トランプかっていうところに色分けされる形になってしまった」「BLMでトランプ氏が恐れたのは、彼の支持者がそっち側に共感を示すということで、それを引き戻す意味でも『法と秩序』というのはそれなりに効果があったと思います。そこには『パラレル』になってしまっている世界を維持しようというような、彼なりの計算があったかもしれない」

 こうした深い分断を抱えた米国社会は今後、どうなるのか。その問いに村山氏は表情を曇らせて、こう答えた。

「『トランプの4年間』ってすごく大きな後遺症になると思いますね。分断自体はトランプ氏のはるか前からずっとある。社会には色んなグループがある訳ですよね。人種っていうグループ、都市に住んでるか田舎に住んでるか、収入によっても違うし」「トランプ氏はその違いのところに塩を塗り付けて、で、みんなが痛みを感じて発熱し始めると片方だけに肩入れする、その人たちを喜ばせてそれを政治力に変えるというような手法でした。結果、アメリカ社会は今、すごく傷だらけで、いろんなところが痛みを持って熱を持ってるような状態なんだと思います。だからしばらくの間、癒しの期間が必要なんです」

 実際に衝突や暴動が頻繁に起きるなど不安定化している今のアメリカ社会。バイデン氏には、傷を癒しながらも自分の色を出していくという難しい舵取りが求められている。

■ 「Z世代」が分断を乗り越えるカギに?
 
 米国を取材し続けてきた村山氏すら衝撃を受けた、米国の「パラレルワールド」化。その溝はあまりにも深い。
 だが今回の取材でその分断を乗り越える光明も見えたのだという。

 ノースカロライナ大学で、大統領選の討論会を見る学生たちを取材したときのことだ。 

「黒人の女子学生が、『多分この二人は私が、黒人女性である若い私が何に悩んでるのかって絶対にわかってくれないと思う』と言ってまして、本当はこの2人から選びたくないと。他にも『自分の価値観にどうやっても合わないから自分の政治的な意思表示として棄権する』と言っている学生もいました」「明確な分断とはちょっと違う空間にいる感じですね。分断された右と左のどっちかを選べと言う問題設定そのものに距離を置いている感じでした」

 1990年代中盤以降に生まれた彼らは、「Z世代」と呼ばれている。生まれたときからインターネットが利用できたデジタルネイティブの世代である。政治への意識が高く環境問題への関心も強い。ソーシャルメディアで情報を共有するだけでなく、実際の行動が伴うことも大きな特徴だとされる。

「インターネットを使いこなして、発信力と連携力を持っている世代ですので、自分たちに何ができるんだと一歩前に踏み出したときに、『どちらかを選択する』ということに慣れてしまってる世代とは違うアプローチが生まれてくるのかな、と思います」
 
 「トランプかトランプでないか」…今回、それが大統領選の最大の対立点になってしまったと考える村山氏。そうした分断を乗り越え、パラレルワールドを融合させるカギを握っているのが、この「Z世代」ではないかと期待するのだ。

「現状に対しての問題意識を強く持っていて、人数も多い世代なので、彼らがどんどん歳を重ねて社会の中枢になってくると、これほどまで右と左に分かれてしまって、『どっちに入るんだ、どっちか選べ』という社会とは違う政治世界が生まれるのではないかと。期待を込めて、そう思っています」


村山祐介:朝日新聞社でワシントン特派員、ドバイ支局長などを経て20年3月に退社。アメリカに向かう移民の取材で2019年度のボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。その取材内容をまとめた著書「エクソダス: アメリカ国境の狂気と祈り」が10月に出版されている


報道局 佐々木毅

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