絶対的存在の「王室」を若者が公然と批判するワケ[2020/12/26 11:00]

◆“禁断”の領域に突入したデモ

「タイでデモは何度も繰り返されてきたけど、今回のデモは“禁断”の領域に入ってしまった。今後、何が起きてもおかしくない。」
長くタイ政治をウォッチしてきたある大使館関係者はこう話す。

世界4位となる7万5000人以上の在留邦人が暮らすタイ。“ほほ笑みの国”と呼ばれ、日本食レストランなども多く、その暮らしやすさから人気の駐在先である。

そんなタイの歴史は、デモとクーデターの繰り返しでもある。1932年に立憲君主制に移行してから発生したクーデターは十数回を数える。2006年には、当時のタクシン首相がクーデターで失職。2010年には軍とデモ隊の衝突で1人の日本人を含む24人が死亡。プラユット首相は2014年にクーデターを起こして今の座についた。
ただ、今回のデモは、今までと決定的に違う。

◆映画館で見えた“異変”

“絶対的”な存在とされ、批判することがタブー視されていた王室にもその矛先が向かっているのだ。

これまで、タイ国民と王室の関係は深かった。発行されている全ての紙幣に国王が描かれ、街のいたるところに国王の肖像画が飾られ、映画館では本編の上映開始前に国王賛歌が流れ、人々は直立して敬意を払わないといけない。数年前、初めてタイの映画館に行ったときには、皆が立ち上がる姿に驚かされた。

ところが、である。先日、久しぶりに映画館に行ったところ、起立していたのは来場者の半分くらいだった。座ったままスマホをいじる人、歌が終わるまで劇場に入らずロビーで待機している人…。デモ隊に限らず、王室に不満を持つ人々がその気持ちを隠さなくなってきている。そうした光景がそこに広がっていた。

◆デモ隊が王子と王妃を取り囲む

今回の一連のデモで、王室を批判する声が公然とあがったのは8月の初旬だ。不敬罪が存在するタイで、王室を批判すれば最長で禁錮15年となる可能性がある。最初は、一部の人が過激なことを言っているような感じもあったが、それが段々と大規模なデモの現場でも訴えられるようになっていった。

10月13日には王妃と王子の乗った車をデモ隊が取り囲み、「私たちの税金を返せ!」と声をあげ、同26日には学生ら数千人が、国王が1年の大半を過ごしてきたドイツの大使館を目指して行進し、タイ国王のドイツ滞在中の行動調査などを要求した。ドイツの外相も「タイの国王の行動を注意深く見ていく」と発言し、国際問題の様相も呈してきている。

◆大半をドイツのリゾート地で過ごす国王

現在のワチラロンコン国王は2016年の12月に前王プミポン国王の逝去を受け即位した。

総資産はアメリカの雑誌で430億ドル(4.6兆円)にのぼるとされ、世界一裕福な王とも評されている。その資産は2018年の法改正で王室財産管理局の管理から国王の個人名義に変更され、2019年には陸軍の一部を国王の直轄とする組織改編が行われるなど、国王の権限が強化された。

一方で、即位後も1年の大半をドイツのリゾート地で過ごし、タイで出席が必要な行事にのみ出席して、またドイツに戻るという生活が続けられてきた。今年3月にはドイツメディアが「タイ国王がドイツの高級ホテルを貸し切りにして20人の愛人らと隔離生活を送っている」と報じる。コロナ禍で経済が大打撃を受け、人々が日々の生活に苦しむ中、国外での暮らしぶりに改めて疑問が広がった。

もちろん、国王を尊敬し続けるタイ国民も大勢いて、彼らもまた王室を擁護する集会などを開いている。しかし、王室に向けられている目が厳しくなっているのは紛れもない事実だ。

◆SNSを活用する“普通”の若者

若者を中心とするタイのデモ隊の特徴はSNSの活用にある。事前に詳細を発表すると警察に妨害されるおそれがあることから、直前に時間と場所をアナウンスしたり、場所を急遽変えたりすることもある。

「こんな急に変えて人は集まるのか」と思いながら現場にいくと、そこにはちゃんと人々が集まっている。さらに学校が終わり、会社が終わる時間になり、夜にかけてどんどん人は増えていく。

「一体、誰が裏で糸をひいているのか?」と聞かれることがあるが、「誰もいない」というのが率直な印象である。集まっている若者に話を聞くと、ごく“普通”の学生で、自分の意思で参加しているのだ。

「国王は国民のためにあるべきです。きちんと憲法のもとにあるべきで、好き勝手やっていいというのはおかしいです」「自分の将来のために来ています。この国は変わらないといけないと思います」。誰かに言わされているような感じではない。

◆放置される壊れた歩道

国王の暮らしぶりが人々の生活に直結するわけではない。具体的に何が不満なのか?どう変わってほしいのか?とデモの参加者に話を聞いていたら、こんなことを言われた。

「あそこの歩道はずっと壊れたままです。どうしてこんな簡単な修復さえ行われないのでしょうか。これが象徴です」。
確かにタイでは1年以上壊れたままで放置されている歩道をあちこちでみかける。

近年、タイの格差はどんどん広がっているといわれる。富めるものはさらに富み、貧困に苦しむものはそこからなかなか抜け出せない。高級外車が販売を伸ばし、ハイブランドのブティックに行列ができる一方、路上で物乞いをする人の姿はなくならない。
一部の人だけが利益を得るのではなく、社会全体で底上げをしてほしい。そういった将来への不安が、特権階級の象徴ともとれる王室に向かっているのかもしれない。

◆過激行動を抑制しあうデモ隊

デモ隊は強硬手段に出れば、警察に制圧されてしまう。それが分かっていて、ギリギリのところを狙ってデモを続けている。過激な破壊活動をしようとする者がいれば、仲間であるデモ隊のメンバーがそれを制止する。

次のステップへの戦略がなかなか描けない中、プレッシャーをかけ続けていくしかないとデモ隊は長期戦を覚悟している。デモ隊の粘り勝ちとなるのか、はたまた再びクーデターが起きてしまうのか。しっかり見ていきたい。

ANNバンコク支局長 白川昌見

こちらも読まれています