【記者解説】「アメリカ第一主義」の加速を懸念[2020/12/30 11:00]

2020年12月14日。
11月3日に実施されたアメリカ大統領選挙から1カ月余り。選挙人が正式に投票し、民主党のバイデン氏が過半数を獲得して勝利をようやく確定させた。

バイデン氏306人、トランプ氏232人。選挙人の投票シーンを映像で見るのは初めてという人も多かったに違いない。波乱の大統領選。「私に投票した人、投票しなかった人のためにも等しく働く」。選挙人の投票結果を受けて、地元デラウェア州での演説でこう語ったバイデン氏の表情は、少しやわらいだように見えた。

トランプ大統領は依然、敗北を宣言していないが、よほどのことが起きない限り、バイデン氏が2021年1月20日に新大統領に就任する。

気になっていることがある。
11月に「バイデン氏の勝利が確実」と報じられて以降、アメリカ国内外の一部で安堵感が広がっていることだ。トランプ大統領が推し進めた「アメリカファースト(米国第一主義)」に終止符が打たれるだろうという安堵感。日本の有識者やメディアの間でも、バイデン政権を歓迎するトーンの発言が目立つ。

果たして、そうなのだろうか。バイデン大統領はむしろ、「アメリカファースト」を加速する可能性が高いのではないか。そんな懸念を抱いている。

◆トランプ氏の「アメリカファースト」に疲れた人々

バイデン次期大統領は、新政権の重要ポストに、女性、黒人、アジア系など多様な人材を起用しようとしている。大統領選でくっきりと浮かび上がったアメリカの分断を融和させようという狙いだろう。

「同盟国を置き去りにしない」。
バイデン氏は日本など同盟国との連携、協力の重要性をこう強調してみせた。融和、協調といった発言を繰り返していることから、「アメリカファースト」はある程度引っ込めるのではないかと期待する人は少なくない。

無理もない。トランプ大統領の「アメリカファースト」はあまりにも露骨だった。国内では、移民問題、人種問題などで社会の分断を招いた。国際社会においては、気候変動問題でパリ協定から離脱を通告。中国との“貿易戦争”では制裁関税を相次いで繰り出し、ファーウェイ副会長の拘束という強硬手段にまで出た。

2016年の大統領選をめぐるロシア疑惑などスキャンダルも次々と浮上。政権終盤には、ロシア疑惑の渦中にあった元側近の恩赦を決めたり、今回の大統領選の投票をめぐって「不正の証拠はない」と明言したバー司法長官を事実上解任したり、「自分ファースト」の域にまで踏み込んだ。

トランプ氏を嫌悪してきたアメリカ国民は「やっとまともなアメリカに戻る」という気分なのだろうか。“トランプ疲れ”の人々にとって、バイデン新政権は待っていた“安全地帯”に映るのかもしれない。

◆厳しいアメリカの実情 

しかし、アメリカの実情は生易しいものではない。
巨額の財政赤字はさらに膨らみ、巨額の貿易赤字も重くのしかかる。国民の経済格差は拡大し、火が付いた人種差別問題は簡単には収まらないだろう。生産性は伸び悩み、大事な製造業の停滞が懸念される。

アメリカ人は「自分の国が世界一だ」と思い込むプライド高き人が多いのだが、思うような仕事に就けず、賃金も抑制されている労働者は多い。たまった不満は、薬物・アルコール依存に向かい、白人中間層には「白人の絶望」という深刻な社会問題が生じている。

さらに、世界最悪のコロナ禍に見舞われている最中だ。一方で、今回の大統領選で有権者の半数近くがトランプ氏を支持したという事実は重い。真っ二つに割れたアメリカをまとめ上げるのは容易ではない。

◆アメリカの“本能”“本性” 

国外を見てみれば、対立する中国が勢いづいている。
「2019年初頭から世界は中国を中心に回り始めた」(英系大手銀行関係者)。
GDPの大きさで中国がアメリカを追い抜き、世界トップになるのは時間の問題だ。経済力が高まれば、世界における政治・外交の影響力も強まり、バイデン大統領へのプレッシャーとなる。

世界ナンバーワンの覇権国家という称号が消えたアメリカは今、余裕を失っていく潮流の中にある。そうした中で、バイデン新大統領がアメリカの利益を最優先に考える「アメリカファースト」を収めてしまうとは思えない。国内外の状況を見れば、むしろ、アメリカファーストを加速せざるを得ないのではないだろうか。

そもそも、アメリカ人は、アメリカの利益のために他国を利用するという“本能”、“本性”を持っている。このことを思い起こさなければならない。アメリカが他国のためにアメリカを犠牲にすることは実質的にない。アメリカが同盟国に利益をもたらせば、その利益以上の見返りを要求する。それがアメリカだ。

「同盟国との連携、協力を重視」というバイデン氏の方針は、別な角度から見れば、「アメリカの利益のために同盟国をしっかりと利用させてもらう」(霞が関関係者)という意味合いにも取れる。少なくとも、そう警戒しておいた方がいい。

◆「ドル暴落」予測の意味

アメリカのCNBCなどの報道を見て少々驚いた。エール大学のスティーブン・ローチ氏が「ドルの実効レートが2021年末までに35%下落する」という衝撃的な予測を明らかにしたのだ。ドル暴落予測の根拠は、アメリカの巨額の財政赤字と経常赤字、所得に対する貯蓄率が最低水準にあること。特に、コロナ禍対策で打ち出したゼロ金利政策や多額の財政支出が響くという。ドルの力はかつてほどではなくなったが、依然、世界の基軸通貨の地位を維持している。そのドルが本当に3割下落するとなると、日本も含め、その影響は計り知れない。もし、そうした極端なドル安が定着するようなことがあれば、アメリカの貿易赤字が相応に縮小するといったメリットも生じるだろうが、世界におけるアメリカのプレゼンスは低下する。アメリカのパワーダウンは、世界覇権を目指す中国を利することにもなる。バイデン大統領が直面する状況は、トランプ大統領以上に厳しくなる可能性をはらんでいる。

◆民主党バイデン政権への警戒

アメリカの“本能”“本性”とともに留意しておきたいのは、民主党政権の“巧妙”とも言われる体質だ。共和党のトランプ氏の言葉は、強硬で、時には品格に欠けたが、趣旨が明確で、「難題も多いが対応しやすい相手」(日本政府関係者)とも見られていた。だが、民主党バイデン政権の手法には不安も付きまとう。永田町の関係筋などによれば、かつて民主党のオバマ政権時代、日本の部品メーカー関係者が反トラスト法違反などでアメリカで数十人規模が摘発された。収監された従業員も多かったという。

アメリカで、トヨタ自動車の大規模リコール問題や、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンのディーゼル車をめぐる排ガス不正問題が起きたのもオバマ政権下だった。この時、「全米で販売台数トップを競う海外メーカーが、あえてターゲットにされたのではないか」(自動車業界関係者)といった見方もあった。制裁や圧力で自国の利益を守ろうとするのは、アメリカの常とう手段でもある。だが、水面下で不透明な手法でやられると、対処するのがややこしい。バイデン大統領の振る舞い方は未知数だが、民主党のこれまでのやり方を踏まえると、アメリカのペースで日本が振り回される懸念も出てくる。

◆75年続く日米の構図 対日要求は強まるのか

11月12日、大統領選で勝利宣言したバイデン氏は、菅総理大臣と電話会談した際、中国が牽制を繰り返す尖閣諸島について、「日米安保条約第5条」の適用対象だという趣旨の発言をしたという。これに安心した日本人も多かったかもしれない。この安心感はアメリカへの“依存”に、ほかならない。バイデン新政権は、“依存”の見返りを必ずや求めてくるだろう。依存を強めれば、対日要求は強くなる。それが、敗戦後、75年以上の長きにわたって続く日米の構図だ。バイデン大統領率いるアメリカを取り巻く環境は険しい。それだけに、同盟国の“義務”として、トランプ大統領よりも厳しい要求を日本に突き付けてくるかもしれない。

日米両国にとって相互信頼と協力関係が重要なのは言うまでもない。ただ、バランスを欠いたアメリカへの依存は、大きな“代償”を伴う。アメリカが負のスパイラルに陥った際には、巻き込まれてマイナスを被る度合いが深まるだろう。また、日本人の“自立”が妨げられ、とてつもなく大きな“利益”が、これまでも失われてきたと考えている。一方で、中国に付け入るスキを与えかねない。バイデン新大統領に代わるのを機に、アメリカとの同盟関係が対等であることが、いかに重要かということを考え直しておきたい。

◆日本の選択

バイデン大統領への交代は、中国との向き合いを考える新たな局面の到来をも日本に告げている。言論NPOが2020年11月に公表した毎年恒例の世論調査も、それを促している。日中が共同で実施した世論調査で、中国の印象を「良くない」と答えた日本人は実に89.7%と高い割合になった。これに対して、日本の印象を「良い」と答えた中国人は過去最高の45.2%に上った。このデータから、ひとつ想像できるのは「日本が中国に背を向けている間に、中国が日本に積極的にアプローチしてくる」という構図だ。経済分野では「すでに中国は日本を飲み込み始めている」(金融関係筋)という見方もある。中国人の訪日観光、対日投資などはそうした典型なのかもしれない。量では飲まれても、質では勝るといった視点が日本に大事になってくる。ただ、相手に背を向けていては、良い成果は生まれない。中国との関係構築は、もはや避けては通れない重要な課題だ。中国とは、真正面から向き合うべき時機に入っている。

歴史に残る波乱のアメリカ大統領選は、未来に向けた多くのメッセージを伝えようとしている。私たち日本人は、日本の歩むべき道をしっかりと選ぶ好機にしたい。

外報部 岡田豊(元ANNアメリカ総局長)

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