議事堂乱入前…“レッドステート”が示した民意とは[2021/01/13 11:50]

「新政権が1月20日に発足する。私の関心は、スムーズで秩序ある政権移行に移っている」

去年11月の大統領選挙から2か月以上、選挙の不正を主張し、一貫して敗北を否定してきたアメリカのトランプ大統領。それが一転、1月7日、ツイッターに投稿したビデオで、間接的だがバイデン氏の勝利を認めた。

「ようやく、終わった!」

このビデオを見て、思わずこうつぶやいたのは私だけではないだろう。2017年のトランプ氏の就任直後から去年11月の大統領選挙までアメリカで特派員として取材し、私もトランプ氏の言動に翻弄され続けてきた一人だ。

ただこの4年間、大統領選挙に勝つために執念を燃やしてきたトランプ氏にとっては、絶対に認めたくない苦渋の選択だったに違いない。この前日、ワシントンの連邦議会議事堂に暴徒化したトランプ氏の支持者らが乱入。その行動を煽ったと批判され、追い込まれての“敗北宣言”だった。

しかし、世界をあぜんとさせたこの「乱入」事件の直前、すでにトランプ氏は大きな敗北に打ちのめされていた。5日に南部ジョージア州で行われた連邦上院選の決選投票である。2議席をめぐって共和党と民主党が争ったが、民主党がダブルで勝利。この選挙、異例づくしだった。

◆命運分けた異例の選挙

アメリカの上院は100人。人口比に関わらず、各州から2人ずつ選出されている。通常2年ごとに3分の1が改選されるため、同じ州で2議席同時に上院ポストが争われること自体が異例だが、今回は引退による補選と重なった。さらに11月の大統領選挙と同時に行われた選挙でどの候補も過半数を獲得できなかったため、そろって決選投票に持ち込まれることになった。

この時点でジョージア州を除いた上院の獲得議席は共和党50、民主党48。アメリカの上院は、与野党同数となった場合、議長である副大統領が決定票を握るため、このいわば地方選挙がバイデン政権の命運を握ることになった。一方で、次期2024年の再出馬に意欲を燃やすとされるトランプ氏にとっても負けられない戦いだ。バイデン氏、トランプ氏、両者とも投票日前日にもジョージア入りし、激しい戦いを繰り広げた。

しかし、民主党にとっては高いハードルだった。ジョージア州は、去年の大統領選挙では民主党が28年ぶりに制したが、もともとは「レッドステート」といわれる赤をシンボルカラーとする共和党の支持が根強い州だ。加えて、2議席とも共和党の現職に民主党の新人が挑むという構図で、当初、共和党がダブルで勝利するという見立てが有力だった。

それがふたを開けると、まず黒人牧師の民主党のラファエル・ウォーノック氏が、「連邦議員で最も金持ちの一人」とされる共和党のケリー・ロフラー氏を下し、勝利を確実にした。続いて、「元ドキュメンタリー映画制作者」で33歳のジョン・オソフ氏も、超接戦の末、共和党の現職でこちらも富豪のデービッド・パーデュー氏を制した。オソフ氏は11月の選挙では、パーデュー氏に8万8000票リードされていたが、決選投票では5万票、わずか1ポイント差での逆転勝利だった。

◆予想を覆した要因は…

民主党勝利の要因で指摘されているのが、「若者」にターゲットを絞った戦略だ。地元紙によると、2020年の大統領選挙では、18歳から29歳の52〜55%が投票し、2016年の42〜44%から飛躍的に投票率が伸びている。激戦州の中でも特にジョージア州の若者の投票率の向上が顕著だった。

決選投票に向けて民主党は、オンラインゲームを選挙運動に活用するなど、若者票の掘り起こしを続けた。また、大統領選挙でもかつてない規模に広がった期日前投票も追い風となった。決選投票でも有権者の4割に上り、過去には投票に行かなかった黒人などのマイノリティーの投票率が伸びたことも大きいとされている。

ただ、最大の要因は、トランプ氏自らの失点、「オウンゴール」だという見方が大勢だ。決選投票3日前の1月2日、ワシントン・ポストのスクープにより、トランプ氏がジョージア州のラッフェンスパーガー州務長官に対し、同州の選挙結果を覆すために必要な票を「見つける」よう要求していたことが発覚した。しかも翌日には、圧力をかけたトランプ氏の肉声まで公開され、これで多くの共和党員が「引いた」とされている。

ジョージア州の選管幹部で共和党員のガブリエル・スターリング氏は投票日の5日、CNNに出演し、「もし共和党が敗北するとしたら、責めを負うべきはトランプ氏の言動だ」と断言した。アンカーから「トランプ氏に言いたいことは?」と問われ、「あなたはすでにジョージア州で敗北した。システムは機能し、票は正しく集計されるジョージア州民の高潔さを台無しにしてはならない」と、無念さをにじませながら訴えた。

◆驚きの出口調査

この決戦投票で、次の大統領選挙に向けて共和党内に影響力を残せるかどうかが問われていたトランプ氏。投票日翌日には、連邦議会でバイデン氏の勝利を確定する最終手続きも迫っていた。まさかの敗北で打ちのめされ、八方ふさがりとなり、最後の抵抗手段として、唯一の寄りどころである熱狂的支持者らに議事堂に向かうよう呼び掛けたのではないか。

ところが、トランプ氏の主張は、共和党員を中心にいまだ驚くほど浸透している。

CNNによると、ジョージア州での上院決選投票の出口調査では、「2020年の大統領選挙は公正に行われたのか?」という問いに、「YES」と答えた人は56%。「NO」は41%だった。共和党員で見ると76%が「NO」、つまり「大統領選挙は公正ではなかった」と答えている。トランプ氏を見限った「レッドステート」ですら、いまだ「選挙は不正」というトランプ氏の言い分を信じている人がこれほどいることに衝撃を覚える。

◆アメリカは世界のリスクファクター

過去40年で、民主党が大統領・上院・下院をおさえる「トリプルブルー」を達成したのは2期しかない。クリントン政権1期目と、オバマ政権1期目のそれぞれ前半2年間のみだ。特に上院は、閣僚や連邦最高裁判事などの人事承認や、連邦政府予算の決定権をもつため、民主党にとって決選投票で2議席を制した意義は非常に大きい。

ただ上院では、1人でも欠員あるいは造反が出れば決議は通らない。バイデン次期大統領は薄氷を踏むような政権運営を迫られる。

課題は山積みだ。トランプ政権でかつてないほど広がった分断の修復は容易ではない。民主党内部でも左派と中道派の溝は深く、医療改革や増税など、特に財政が関わる政策でのコンセンサス作りも困難が予想される。外交でも、トランプ政権が破壊した対中関係の方向性はまだ見えていない。そして最大のリスクは、なんといっても78歳というバイデン氏の年齢だ。激務の大統領職を4年間こなすことができるのか。

トランプ政権からバイデン政権に代わっても、アメリカが世界の不安要因(リスクファクター)であり続けるという状況は当面続きそうだ。

前ANNアメリカ総局長 新谷 時子

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