米議会占拠事件の衝撃【1】狙われた副大統領[2021/01/13 14:20]

「ペンスはどこだ」「ペンスを探せ」。

米連邦議事堂に侵入したトランプ支持者たちの一部が探していたのは、ペンス副大統領だった。当時、議事堂内にいたロイター通信のジム・ボーグ・カメラマンは自身のツイートで、3人の乱入者がペンス副大統領を「裏切り者として議会の前に吊るせ」と叫んでいたと証言している。

乱入が起きた、その時、議会では大統領選挙の結果を上下両院議員たちとともに認定する作業の真っ最中であった。合衆国憲法に定められたこの手続きを経て、大統領選挙の結果は公式かつ最終的に確定されることになる。

ペンス副大統領は、この憲法に定められた手続きの司会進行役であり、各州の選挙結果、つまりバイデン氏勝利を上院議長として最後に宣言する役割を負っていた。

「選挙に不正があった」と信じる熱狂的なトランプ支持者から見れば、ペンス副大統領はトランプ敗北を確定させようとしている、「盗まれた選挙」を敵である民主党と共に既成事実化させようとしている「裏切り者」ということになる。

◆忠実な部下、マイク・ペンスの決断

ペンス副大統領は、よく“問題”を起こす上司のフォローをしたり、上司から課されるきつい仕事も黙々とこなす「忠実な部下」であることで知られる。

「そのうち消えてなくなる」「インフルエンザみたいなもの」とトランプ大統領が当初、楽観視していた新型コロナウイルスが全米で一気に拡大していたころ、初動の遅れを取り戻さなければならないプレッシャーの中で、トランプ大統領が新型コロナウイルス対策チームの責任者に任命したのはペンス氏だった。ペンス任命が明らかになると、米メディアのホワイトハウス担当記者たちは「トランプはやっかいな仕事をペンスに押し付けた」と噂したものだった。

当時、ある国務省幹部は筆者に「トランプは大統領選挙での勝率を上げるために、副大統領候補を人気が高いニッキー・ヘイリーに差し替えたがっている。コロナ対策で失敗させて、ペンスを更迭するつもりだろう」という解説を披露していたのを思い出す。

ペンス副大統領はこの憲法上の重要な役割を果たすにあたって、妻と娘を議会の議場に招待していた。大統領選挙の結果を認定させるという憲法が課した歴史的な義務を、家族が見守る中、果たそうということなのだろう。いかにも信仰心にあつく、厳格で生真面目な性格のペンス氏らしさがうかがえる。

それはペンス副大統領なりの決意の表れでもあったのだろう。
ペンス氏は「選挙に不正があった」として頑として選挙結果を認めようとしないトランプ大統領と、上院議長として選挙結果を認定するという憲法上の義務とで板挟みになっていた。

ニューヨーク・タイムズとフォックスニュースによれば、上司のトランプ大統領からホワイトハウスに呼び出されたペンス副大統領は、「勇気をもって」選挙結果の認定をやめるよう求めるトランプ大統領に対して、一歩も引かずに「自分は法に従う」と伝えたとされる。

上司に忠実なペンス副大統領がトランプ大統領の命令を「勇気をもって」拒否し、自己の良心と法に従って行動すると決意したのであった。これはペンス氏にとっては、とてつもない大きな政治リスクを伴う決断だった。

仮に噂通り2024年の大統領選挙への出馬を目指すにせよ、共和党内で今後も政治人生を送るにせよ、あるいは政治家を引退するにせよ、共和党内で9割近い支持率を誇るトランプ大統領のツイートで世界中を前に痛撃されることになれば、今後の政治生命が危うくなってしまう。

だからこそ、共和党議員たちはそれを恐れ、トランプ人気を自身の再選に利用するために、これまでのトランプの振る舞いに目を瞑ってきたし、共和党は「トランプ党」になってしまった、というのがワシントンでの常識だ。

◆「Bullshitのせいで…」

トランプ大統領は運命の日となった1月6日、議会が始まる直前までペンス副大統領に対する圧力を強めていた。

議会占拠が始まる直前、トランプ氏はホワイトハウス近くのトランプ支持者集会での演説で、「ペンス副大統領がやるべきことは、選挙結果を各州に差し戻して再集計させることだ」と本音を披露している。「もし、それができなければ、私はとても失望することになる」。公の場で公然と自分の直属の部下に圧力をかける発言だった。

実際、その日のトランプ大統領はもう取り繕うこともやめたかのように、「10ポイント差で勝っていたはずがBullshitのせいで」という汚い言葉を吐き出すと、さすがのトランプ支持者たちも一瞬、リアクションに困って凍りつく場面もあった。いくらストレートな表現を売りにするトランプ流だとしても、現職の大統領が語る公の場での発言としてはあまりに粗暴な言葉だ。筆者が記憶する限り、これまでトランプ大統領は選挙集会でどれだけヒートアップしても、ここまで汚い言葉を使ったことはなかった。

そして演説の終盤で出たのが、問題となったこの発言であった。

「敬意を払う戦い方をしてきたが、我々はもっとハードに戦わなければならない」と続けたうえで「我々はこれから議会に向けて歩き出し、勇敢な連邦議員たちを勇気づけることになるが、それほど勇気づけられないだろう。なぜなら弱さだけではこの国を取り戻すことはできないからだ。強さを見せなければならない。強くならなければならない」と述べている。

この後、支持者たちは集会会場から連邦議会議事堂に向かっていき、1814年以来となる連邦議会への侵入が始まることになった。

国防総省が事件後に発表した州兵動員に関する時系列の動きによれば、国防長官代行にデモ隊が議会を目指しているとの報告が入ったのは13時5分だった。13時34分にはワシントンDC市長が陸軍長官に電話で州兵の動員を要請。その15分後には、ワシントンDC州兵の司令官が議会警察本部長から電話で州兵による応援を求められている。

トランプ支持者たちは13時すぎには議会の敷地内に突入し、13時30分以降は議事堂の建物にとりついていた。一部は暴徒化しつつあり、本会議場内にも迫ろうとしていた。まさに事態は切迫しつつあった。

出動要請を受けた国防総省では、14時30分に国防長官代行、統合参謀本部議長、陸軍長官が協議し、その30分後の15時に、国防長官代行がワシントン市警支援のための州兵の出動準備を決定している。

事態の収拾のため、州兵の動員は一刻も早く行う必要があった。
だが、州兵派遣をめぐるプロセスへのトランプ大統領の関与の痕跡は、全くと言っていいほど見られない。

◆騒乱の幇助でトランプ氏も捜査?

その頃、ペンス副大統領は、シークレットサービスの警護担当と議会警察の警察官らに守られながら、家族と共に議会内を避難しつつあった。警護官たちが自動小銃で武装しているのを、共和党のマコネル上院院内総務らが目撃している。

ペンス副大統領の動きについては、議会内の地下通路をたどって、議事堂内の安全な場所に家族とともに身を隠していた、あるいは議会から南に2キロほどの位置にある米軍基地に秘密地下通路をたどって退避したなど、様々な憶測がある。

14時32分、避難を強いられている最中、ペンス副大統領はツイートをしている。その中で「議会に対する攻撃は絶対に容認できない。関与しているものは訴追される」と厳しい調子で批判するなど、侵入者たちに対して断固たる態度を見せている。

一方、立法府が襲撃を受けている最中、行政府の最高指導者であるトランプ大統領がおこなったのは、州兵の派遣協議でも国家安全保障会議の開催でもなく、ツイートでペンス副大統領を批判することだった。

14時24分、トランプ大統領は「マイク・ペンスはこの国と憲法を守るために、やるべきことをやる勇気を持っていなかった」とツイート。

危機の最中に粛々と法に基づいてバイデン勝利の選挙結果を認定しようとしたペンス副大統領を、公然と指弾したのであった。忠実なる直属の部下に向けられたツイートでは「副大統領」の敬称は付けられることなく、呼び捨てだった。

トランプ大統領の名誉のためにいえば、ペンス副大統領からのツイートから遅れること1時間弱、15時13分になってデモ隊に対して「暴力はダメだ。法と秩序の党であることを忘れるな」と呼びかけている。

訴追対象になる犯罪行為だと明確かつ素早く非難したペンス副大統領とは対照的に、タイミングは遅く、犯罪行為だと批判もしていない内容であった。

トランプ大統領は続けて16時20分頃、ツイートに動画をアップし、議会内の支持者たちに平和的に帰宅するよう呼びかけた。

ここでも「選挙で不正があった」と従来の主張を繰り返し、「選挙に不正があった」と叫びながら議会に乱入していった支持者たちをかばうかのようなトーンに終始した。なにより、議会への乱入からすでに2時間半が経過していた。

1月6日におけるトランプ大統領の一連の言動に対しては、支持者たちを扇動したとの強い批判が出ている。連邦検察当局は、この騒乱を幇助した疑いでトランプ大統領が捜査対象になる可能性を排除しない姿勢を見せている。

身内の共和党内からも一部の議員から辞任論や責任論が出ているだけでなく、民主党や司法関係者、メディアからは弾劾要求、罷免要求が出ている。米国内では、今回の議会襲撃は、連邦議会による選挙結果の認定という憲法上の手続きを覆すことを企図したという意味で、合衆国憲法に対する挑戦、つまり法と秩序、国家に対する反乱、国内テロに値するという声すらある。

◆「ここまで尽くしてきたのに…」

このトランプ大統領の言動が支持者を煽り、そして憲法に対する反乱であったのか、まだわからない。それは今後、歴史が決めていくことになるだろう。

だが、それでも一つだけ確実に言えることは、世界が見ている中で、最高権力者である上司による、忠実なる部下に対する裏切りがおこなわれたということだ。

ホワイトハウスという世界最高の権力が行使される職場での裏切りにはテレビとSNSが使われ、公然とおこなわれた。

CNNによれば、退避しながらペンス氏は「ここまで尽くしてきたのに…」と呻くように漏らしたという。生真面目にこれまでトランプ大統領に尽くしてきたペンス氏の心中は、どうであったのだろうか。

トランプ大統領とペンス副大統領の間にある絶対的な上下関係を、ある米大手メディア幹部が解説してくれたことがある。
「トランプ氏とランチをしている部屋にペンスが顔を出した。『大統領、出かけてきます』という感じにね。で、トランプはそれにうなずいただけで、特に何も返さなかった。そしたら、ペンスはその場で直立不動を続けていたよ。まるで軍曹に睨まれた2等兵のようにね」。

◆Out of Mind と Missing in Action

議会の占拠が続く中、そんな忠実な部下であるペンス氏の安否を気遣う素振りをトランプ大統領が見せることはなかった、とCNNは報じている。

むしろ、議会が占拠されていく様子をテレビで見ながら、うれしそうな表情すら見せたという。CNNによれば、トランプ大統領はまさに議会内で身を隠している危機の最中においても、上院議員の携帯に電話をかけてきては、選挙結果の認定を遅らせるよう依頼してきたと言われる。こうしたトランプ大統領を「Out of Mind」と表現した政権幹部の言葉を、CNNのアコスタ記者は伝えている。

国防総省がまとめた時系列に再び戻ろう。
15時04分、陸軍長官は1100人の州軍の動員を命令すると、その15分後には陸軍長官がペロシ下院議長ら議会幹部に動員を説明。17時40分にはワシントンDC州兵が議会に到着した。

18時14分には議会西側エリアに封鎖線を設定することを完了。
20時ちょうど、議会警察は連邦議会議事堂の秩序回復を宣言した。

ワシントン・ポストなどによれば、州兵の動員による事態の収拾を主導したのはペンス副大統領だったという。一方でその間、トランプ大統領はこれに関与せず、Missing in Action、つまり任務遂行中の行方不明のようだったとワシントン・ポストは表現している。

国防総省がまとめた3ページにわたる州兵動員と秩序回復までの時系列を見ても、そこにトランプ大統領の名前が出てくることはない。


ANNワシントン支局長 布施 哲

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