米議会占拠事件の衝撃【3】就任式 最悪のシナリオは[2021/01/16 10:30]

◆捜査で浮かび上がるトランプ支持者の特徴

6日に起きた議会占拠事件の捜査は進んでおり、これまでに100人以上が逮捕されている。容疑も不法侵入から夜間外出禁止令違反、器物損壊までさまざまだ。FBIは、SNS上で拡散された現場写真などを公開して情報提供を求め、容疑者の特定を進めている。すでに7万件を超える情報提供があったという。

逮捕者を見ると、Qアノンと呼ばれる陰謀論を信奉するトランプ支持の団体リーダーから、州当局関係者、元空軍中佐、データ分析会社のCEOまで多様だ。民主党のペロシ下院議長の執務室に座る写真で有名となった、アーカンソー州の60歳の男も逮捕されている。

捜査当局が懸念しているのは、逮捕者や乱入者には、軍服を着用していたり、軍事的テクニックや装備を使用したりするなど、軍経験者であることを疑わせる人物が多くいることだ。

議事堂で警察に射殺された女性は、空軍に14年間勤務していた退役軍人だったし、上院本会議場に軍服姿で侵入した30歳の男も、テネシー州で身柄を拘束された際に、複数の武器が発見されている。この容疑者は、手に複数のプラスチック製拘束バンドを持って走っている姿が写真で捉えられていて、捜査機関は、議員の拘束や誘拐も視野に入っていた可能性を疑っている。

こうした人物たちは、普段は過激な政治信条や言動を見せることはなく、一見すると普通の人たちであることが多いようだ。議会で射殺された元空軍の女性の親は、取材に対して、自分の娘が、カリフォルニアからワシントンDCにまで行っていることも、過激な政治活動に関心を持っていることにも気付かなかった、と語っている。

たとえば、民主党員でもあるニューヨーク州の郡判事を父親に持つ、34歳の息子がFBIに逮捕されている。議事堂内に不法侵入し、警察の防弾ベストや盾などを無断で着用して窃取した罪で、最大禁錮10年が科される可能性があるという。民主党員の父親は、息子が過激なトランプ支持を標榜していたことを把握していたのだろうか。

事件があった日、筆者はSNSで興味深い書き込みを見つけた。クレア・チュウという、コンサルティング会社でシニアアナリストを務める女性のツイートだ。自分の夫が議事堂侵入に参加していたことを知った友人がメールをしてきた、という内容であった。その友人の夫は、米陸軍士官学校卒業、社交的な性格で今は企業役員を務めており、チュウ氏も面識があるという。「テロリストたちは、私たちの日常のどこに潜んでいるのかわからない」とチュウ氏は驚きを隠さない。

米陸軍士官学校といえば、日本ではあまり知られていないが、米国ではハーバードやエールといったアイビーリーグと並ぶエリート校に位置づけられている。当然、その友人の夫のように、卒業生の多くが陸軍を除隊後も一流企業に就職している。

田舎に住む白人低所得者層と単純化できない、多様な属性の人たちを、トランプ派はひきつけていると考えるべきだろう。いずれにしても、都市部であろうと郊外であろうと、実は隣人が過激なトランプ支持者であった、ということは十二分にあり得る。それだけトランプ支持者は米国社会に浸透していることを痛感させられる。

◆懸念される現役軍人、警察官への“トランプ支持”浸透

バイデン次期大統領の就任式の警備体制の強化が進められる中、密かに懸念されていることがある。それは、警備にあたる軍人や警察官の中に、トランプ支持の右派団体を支持している人間が相当数いるのではないか、という問題だ。

議会占拠以後、議会警察では少なくとも2人の現役警察官が停職処分となっている。1人は、議事堂に侵入したデモ隊とセルフィーを撮影していたとされ、もう1人は「Make America Great Again」の帽子を被りながら、デモ隊に議事堂への侵入を手引きしていたとされている。議会警察は現在、このほかに10人の現職警察官について、事件当日、不審な動きがなかったか、内部調査を進めているとされる。

トランプ支持者は、シークレット・サービスにも浸透している。ワシントン・ポストは、女性捜査官が自身のフェイスブックに陰謀論的な書き込みをしていたとして、停職処分となり、内部調査の対象となっていると伝えている。このことは、トランプ支持や暴動へのシンパシーをおぼえる警察官が、確実に警察組織に存在していることを示している。

この点に関連して、民主党のクライバーン下院院内幹事は事件後、意味深長な発言をしている。「私のネームプレートが貼ってある正規の議員会館事務所とは別に、議事堂内にある、看板もない部屋で院内幹事業務をしているが、乱入してきたトランプ支持者たちはなぜか、すぐにこの院内幹事用の部屋に押しかけてきた。内部の人間の何らかの支援がなければ説明がつかない」と語っている。

警察官の関与どころか、もっとショッキングな告発も出ている。民主党のミッキー・シェリル下院議員は、自身のフェイスブックでの動画で「襲撃があった前日の5日に、不審なグループが議事堂内に入っていたのを目撃した。襲撃に向けた『偵察』を手引きした議員がいる」と告発している。

議事堂には3月以来、一般客の立ち入りは禁止されており、外部の人間は議員の招待がなければ議事堂内に入れないようになっていたという。

襲撃の前日に議事堂にいた不審なグループについて、同議員は、議会警察、上下両院の警備当局に対して調査を求めている。シェリル議員は、米海軍兵学校を卒業後、米海軍でヘリパイロットとして9年間従軍した元海軍大尉だ。この調査要求には、下院議員30人が共同署名している。

警察だけでなく現役の軍人にも、過激なトランプ支持が浸透している例がある。CBSテレビは、ノースカロライナ州フォートブラッグ基地の第4心理戦群に所属する30歳の女性大尉が、議会での一時占拠に参加していたことが判明し、米陸軍が調査に乗り出したことを報じている。

この部隊は、情報や偽情報を通じて敵対国や交戦国の意思決定や国民世論に影響を与えることを任務としている。この部隊が駐屯するフォート・ブラッグは、特殊部隊の本拠地としても知られている。この大尉は、地元のトランプ支持グループ100人を率いて「選挙の不正に立ち向かう」運動に参加したという。

AP通信の取材に対して大尉は「デモでは私服だったし、一人の市民として参加した。軍規違反はしていないし、ワシントン行きは上司にも報告していた」と反論している。米軍人は、非番の時に限って政治活動が認められている一方で、特定の政治団体を主宰することは禁じられている。また、一団はデモに参加したものの、メンバーが議事堂に侵入したかはわからない、とも説明する。大尉は結局、陸軍を除隊することとなった。

◆大統領就任式という「今、そこにある危機」 最悪のシナリオは

20日の大統領就任式を前に、トランプ支持の右派団体は暴動を示唆するなど、緊張は高まりつつある。ミリシアと呼ばれる民間武装団体は、シグナルやテレグラムといった暗号メッセージアプリで、1月17日にワシントンDCや各州の州都で武装デモをおこなうことを呼びかけているという。

また議会専門紙「ザ・ヒル」は、下院でトランプ大統領の弾劾訴追を議会で進めようとしていたさなか、「4000人の武装した、自称愛国者たちが議会を包囲して民主党議員の議会入りを阻止する計画」を捜査当局が民主党サイドに警告したと報じている。

このブリーフを受けた民主党議員は「この団体は発砲を控える状況、発砲が許される状況を定めた交戦規則を持っている組織犯罪だ」と恐怖を語っている。

脅威は身内の共和党議員にも及んでいる。
共和党のグラハム上院議員は、ワシントン近郊のレーガン空港でトランプ支持者から「裏切り者、このクズ」と罵声を浴びせられる嫌がらせを受け続け、警察の警護を受けながら空港を抜けたという。グラハム議員はトランプ大統領の盟友だったが、議会襲撃を受けて「トランプ大統領との関係は、もう、たくさんだ」と議場で発言していた。

トランプ大統領を支持する武装団体が、1月20日にワシントンDCに姿を現す可能性は高まっている。すでに16団体がワシントン市内の公園での集会開催を公園警察に届け出ている。ワシントンDC市長は、大統領就任式会場に近づかないように市民に警告すると共に、内務省に対して集会の開催許可を出さないように求めている。

ニューヨーク・タイムズに対して国防総省関係者は、シークレットサービスが懸念する最悪のシナリオは、参列者に対する狙撃、9.11テロのような航空機による自爆テロ、遠隔操作されたドローンによる群衆への攻撃だと指摘する。

そして、その中でも最もあり得るシナリオは「同時多発的な銃撃」だという。

ANNワシントン支局長 布施 哲

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