日本の男女格差 世界で活躍する女性リーダーの提言[2021/03/01 21:06]

世界中から激しいバッシングを浴び、大混乱の末に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会のトップ刷新に至った森喜朗元総理大臣の女性差別発言。

「女性の理事を増やしていく場合は、発言の時間も、ある程度規制しておかないとなかなか終わらない」

こうした発言で皮肉にも、日本の「ジェンダー・ギャップ」(男女格差)問題に改めてスポットライトが当てられた。

◆「行動」を呼びかけるリーダーたち

今、変革を求める声は、企業のトップや著名人らからも上がっている。

経済同友会前代表幹事の小林喜光さん、建築家の隈研吾さんら各界で活躍する42人が「呼びかけ人」に名を連ね、「差別のない活力ある日本を作るための行動宣言」をSNSなどで発信した。「世界的にも差別解消に大きく後れを取る日本の、緊急な課題に対応する」、「差別を助長・容認する発言には沈黙せず、意識変革を求める」など、行動することの必要性を強調している。

この「行動宣言」の取りまとめの中心となったのが、国連の事務次長としてニューヨークで活躍する中満泉さん、そして、世界銀行の一組織の元トップで、現在はアメリカのコロンビア大学で客員教授を務める本田桂子さん。国際社会でリーダー経験を持つ2人の話をもとに、問題の本質を、そして解決に向けて何をすべきか考えてみたい。

まず、森氏の一連の発言を海外からどう見たのか。中満さんは「社会全体の問題」だと強く感じたという。

【中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表】
「一番がっかりしたのは、その発言があったときにその場で、『それはちょっと違うのではないか』と指摘してくれる人がいなかったようだ。その場では、笑いが出たという報道もあった。それはすごく残念に思った。その場で声を上げる方がいなかったというのは、おそらく、女性がまだまだ少ない、声を上げづらい雰囲気があったのかと思った。一番考えなければいけないのは、発言されたご当人の問題では必ずしもなく、私たち社会全体の問題だろうということを強く感じた」

2017年に、日本人女性として初めて国連のナンバー3の事務次長に就任し、現在は国連の軍縮部門のトップを務める中満さん。これまで、人道支援やPKO(国連平和維持活動)などで、世界中の紛争地を歩き、危機対応に取り組んできた。まさに、国連など国際社会での活躍を目指す女性たちの「ロールモデル」(模範)的な存在だ。今回の「行動宣言」の狙いをこう語る。

【中満泉 国連事務次長】
「私たちが今回の「行動宣言」でやりたかったことは、これを持続的にみんなで変えていきましょう、と。そのために持続的に行動していきましょう、と。こういう発言があった場合には、それぞれの場で、その場で声を上げて、それは違うんじゃないかと、対話によって、その発言をされるような方の意識の変革を求めていく」

◆マインドを変えられない男性リーダーたちの心理とは

そして、世界的コンサルティング企業「マッキンゼー・アンド・カンパニー」のアジア部門で初めて女性シニア・パートナーに抜擢され、世界銀行の一組織「多数国間投資保証機関」(MIGA)の長官も務めた本田さん。しかし、過去には「女性」という理由で味わった苦い経験もあるという。

【本田桂子 米コロンビア大学国際公共政策大学院 客員教授】 
「大学を卒業するときは、女子で4年制大学を卒業して、かつ下宿だと、多くの日本企業は出願書類も受け付けてくれない状態だった」

熊本県出身の本田さんは、東京のお茶の水大学で経済学を学び、1984年に卒業。ただ当時、4年制の大学を卒業し、かつ親元から離れて暮らしている女子学生にとって、日本企業への就職は厳しい状況だったと語る。

【本田桂子 米コロンビア大学客員教授】 
「驚いたのは、女子でも短大を卒業すると、当時の『一般職』みたいな形で応募ができる。さらに、親元で一緒に生活をしていないと応募を受け付けない、というのがあって、カルチャーショックだった。就職に有利だから、短大に行かれた方(女性)もいっぱいいるんじゃないかと思う」

日本企業には採用してもらえず、外資系企業に就職。その後、アメリカのビジネススクールに留学し転機を得たが、自らの経験ももとに、マインドを変えられない男性リーダーの心理をこう分析する。

【本田桂子 米コロンビア大学客員教授】
「現在の企業や社会的組織のトップにいる方々は、大学卒業が1980年代かそれ以前が多い。そういう方々が大学を卒業した時にそういうものを見ていたとするなら、一つの刷り込みが頭の中にあってもおかしくないと思う」

◆「うちは白人男性が支配する会社」

日本だけが世界の潮流から取り残されているのか。実は、アメリカでも多くの女性たちが「壁」を感じている現状がある。

筆者自身、去年11月までアメリカ・ニューヨークに3年半、特派員として赴任したが、同じアパートに住んでいた同年代の友人女性から、こんな愚痴を聞かされたことがある。

「うちは、“白人男性が支配する会社”だから…」

彼女は、韓国生まれだが、アメリカで教育を受け、ニューヨークに本社がある大手経済新聞社に20年以上勤務。香港支局での勤務も経験し、現在は本社で「エディター」といわれる編集デスクを務めている。

しかし、その新聞社は、会社組織も、そして紙面も、基本は「白人男性」の価値観で作られているというのが、彼女が見る風景だった。どんなに頑張っても、どんなに優秀でも、女性、さらにアジア人となると偉くなれるチャンスは「ない」と、これ以上の昇格はあきらめているようだった。まさに友人は「ガラスの天井」にぶち当たっていた。

◆カマラ・ハリス氏は「野心的過ぎる」?

さらに筆者の赴任中、アメリカのメディアでは、日本とあまり変わらないような現実が頻繁に描かれていたことにも驚かされた。

去年7月末、アメリカ大統領選挙で民主党候補だったジョー・バイデン氏のパートナーとなる副大統領候補選びが佳境を迎えていた頃。最有力候補として伝えられていたカマラ・ハリス氏に対し、バイデン氏周辺からも「野心的過ぎる」という否定的な声が上がっていると、一時報じられていた。

7月31日付の大手紙ニューヨーク・タイムズは、「カマラ・ハリス氏が『ダブルスタンダード』(二重基準)に直面している」というタイトルの記事で、こんな解説を展開している。
 
「『野心的すぎる』というのは、政治の世界では女性に対するよくある批判だが、男性に対する批判はほとんど出ない。2010年にハーバード大学の研究者が発表したリサーチによると、有権者は『権力志向』だと感じた女性に対して『軽蔑と怒り』の感情を示したが、『権力志向』の男性は『より強く、より有能』であると見ていた」

◆アメリカでも「女性は2倍努力しないと」

実はニューヨーク・タイムズでは、その前年2019年2月11日付の記事にも、このリサーチ結果が引用されている。2020年の大統領選挙の民主党予備選に向け複数の女性候補が名乗りを上げていたが、いかに有権者が女性候補に対しバイアス(偏見)を抱いているか、この記事で紹介された識者のコメントも非常に興味深いものだった。

「有権者は、たとえある女性候補に資質があると思っていても、好きでなければ支持しない。しかし、男性候補に対しては、たとえ嫌いであっても、資質があると思えば投票するだろう」

「有権者が政治家に期待しがちな資質、例えば、強さ、タフさ、勇敢さなどは、一般的に『男らしさ』と結びつけられている。男性が選挙戦に出馬した瞬間から、『立候補する資格がある』とみなされることが多いのに対し、女性は『立候補する資格がある』ことを示すために、2倍努力をしなければならない」

「女性は男性よりも2倍努力しなければならない」。日本でも1度は聞いたことがあるセリフではないか。

また、政治だけでなく、ビジネスの世界でも女性に厳しい状況は続いている。経済紙のウォール・ストリート・ジャーナル(2019年10月15日付)も、「ガラスの天井にぶつかるもっと前に、女性はキャリアの早い段階で出世の障害に直面する」と題する記事でこう論じている。

「女性と男性の就職人数はほぼ同数であるにもかかわらず、管理職の最初のステップに就いた段階で、男性の方が2対1に近い数で女性を上回っている。米国の企業では100万人以上の女性が今後5年間で管理職のエントリーレベルから 取り残されることになり、指導的地位にある女性が不足した状態が続くことになる」

記事で引用されたコンサルティング企業マッキンゼーなどが5年かけて行った調査によると、昇進する女性が少ないのは、子育てなどでキャリアを中断するからではなく、「多くの女性が昇進に向けた最初の段階で男性に劇的に遅れをとることで、男女間の格差が広がってしまう」ことが背景にあるとしている。

アメリカではトランプ政権下で「#Me Too」、セクハラを告発する運動が広がり、その後、2018年の中間選挙、また2020年の大統領選挙に向けた民主党予備選には、過去最多レベルの多くの女性たちが立候補した。しかし日本と同様、いまだ多くの女性たちが偏見や差別と戦っている。

◆「70年かけてようやく」 国連幹部は男女同数に

「男女格差」の改革には時間がかかる。国連事務次長の中満さんも国連の現状についてこう打ち明ける。

【中満泉 国連事務次長】 
「国連が設立されて去年で75年。70年以上経ってようやく、男女同数が幹部レベルで実現した。トップの意思によってかなり早いスピード感でもって達成することができた。ただし、国連全体の組織で見ると、達成するのに70年以上かかったということが言える。いろいろなことを真剣にやっていかないと、なかなか変えることができない、根が深い問題だと思う」

国連では、2017年にアントニオ・グテーレス氏が事務総長に就任し、「2028年までにすべての役職レベルで男女同数に引き上げる」数値目標が掲げられた。すでに幹部レベルでは同数を達成したが、中間管理職の部長・課長クラスでは、40%弱と、目標にはまだ届いていないという。

【中満泉 国連事務次長】
「今のグテーレス事務総長になってから、事務総長自身が、『国連の中での“ジェンダー・パリティー“(男女同数)を達成することは、自分にとっても一番重要な優先事項のひとつである』と、リーダーシップのトップのレベルでそれを宣言した。非常に重要だったのは、数値目標をきちんと打ち出したことが上げられる。2028年までにすべてのレベルで同数を達成する。その目的に向かってそれぞれの部局で非常に詳細な行動計画を立てて、どのような進捗状況になるのかを常に監視されている。」

単に目標を掲げるだけでは実現は難しい。中満さん自身、トップを務める軍縮部門で目標を達成できない場合には、事務総長からの評価に悪影響があるという。

【中満泉 国連事務次長】
「ありとあらゆるところに“ジェンダーレンズ”を組み入れて、きちんとやっていかないと。根が深い問題なので、日本だけではなく、国際機関でも一番長く続いてきたこと。いろいろなところにすべて編み込んでいかないと、なかなか、(差別を)なくしていくことはできないと思っている」

◆「管理職って楽しいのよ」 女性のマインドチェンジも必要?

改革に向けて、マインドを変える必要があるのは組織のトップや男性だけに留まらないかもしれない。国際組織でトップを務めた経験を持つ本田さんは、自身の反省も踏まえ、こう提言する。

【本田桂子 米コロンビア大学客員教授】 
「(女性は)皆さん管理職になるのにすごく、心理的抵抗がある方が多い。私が自分自身として、管理職をやりながら、毎日、『大変だ、大変だ』と言っていなかったかと深く反省している。管理職になると見えてくる景色も違って、自分でできる裁量も増える。これをやった方がいいと強く思うことをできたりもする。だとするなら、『管理職って楽しいのよ』と、『結構エキサイティング』よ、とちゃんと言えていたか」

「女性自身がもっと前向きに楽しく」。本田さん自身、先駆者としてその方策を考えていきたいと今後の抱負を語る。

◆「高下駄を履いているのは男性」

一方、日本企業でも女性の登用を後押しする動きが進む中、数値目標の導入など女性への優遇措置をとることは、「女性に下駄を履かせる」というネガティブな表現もよく耳にする。これに対しに、中満さんは強く反論する。

【中満泉 国連事務次長】
「こういった議論を男性とすると、「じゃあ、女性に下駄を履かせろって言うのか!」と言う方がよくいるが、私の反応は全く逆。そうではなくて、これまで日本の社会で、いかに男性が「高下駄」を履いていたか。私たちがしなければいけないのは、これまで男性が気が付かないうちに履いていた「下駄」を脱いでいただくこと。その結果、女性もきちっとフェアな形で、社会の様々な競争に参加していく、正当に評価されることが必要ではないかと思っている」

中満さんはそして、「ジェンダー・ギャップ」を解消していくことの、日本社会にとっての意義をこう訴える。
 
 【中満泉 国連事務次長】
「世界がこれだけ激変している中で、これまで通り、一部のご年配の男性だけで意思決定されていたことだけでこれに対応できるかというと、私は全然そうではないと思っていて、様々な創造的でダイナミックでいろいろな新しい視点を用いて、いろいろなことを決めていく、そのプロセスの中に女性も、国籍、立場が違う、世代が違う人たちが入って初めて、きちんと効果的な決定が下されるようになると思う。日本のためにもなること。そして、女性だけでなく、男性にとってもこれはプラスになること。つまり、ウィン、ウィンの状況になるためには、この差別的な発言がなくなり、組織文化が変わっていくことが必要ではないかと痛感している」

日本社会に根強く残る「ジェンダー・ギャップ」問題。女性だけでなく男性にとってのメリット、また、社会全体や企業にとっての意義を共有できなければ、本当の改革は難しい。目指すべき社会は何か、改めて今、改革の意義が問われている。

テレビ朝日外報部 新谷時子(前ニューヨーク支局長)

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