“気候変動”で米中接近? 対米工作の現場2[2021/03/28 18:00]

ある中国人女性が、対米工作の“スパイ”として暗躍し、忽然と姿を消した―。昨年末、米メディアが突如報じたスパイ事件について、前編で詳報した。

バイデン政権への「警告」ともとれるこのスクープ報道とほぼ時を同じくして、ある中国人教授の口から漏れ出た衝撃的な発言が、一部でひそかな注目を集めていた。さらに、バイデン政権の“看板政策”への中国のアプローチで、米中が急接近の可能性がー。

◆「米情報機関のドン」の警告

「中国は米国にとって最大の脅威だ」。「これは10年に1度の課題だ。米国にとってかわろうとする中国の動きにどう対応したかで我々の世代の評価は決まる」。これは去年12月5日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載された論説だ。執筆者はジョン・ラクリフ国家情報長官(当時)。13ある米情報機関、85万人の情報関係者を当時、束ねていた米インテリジェンス・コミュニティのドンだ。

「世の中には経済的理由から中国を脅威だと言いたくない人たちがいる。政治的理由から脅威だとしたくない人たちもたくさんいる。しかし、インテリジェンスは嘘をつかない。中国はアメリカにとって史上最大の脅威だ」。「政治リーダーたちは党派の違いを超えてこの脅威にアクションを起こすべきだ」。情報機関のドンが主要紙を舞台におこなった呼びかけには深刻なトーンすら漂う。

特筆すべきことに、翌日には上院情報委員会の共和党のマルコ・ルビオ委員長(当時)と、民主党のマーク・ワーナー副委員長が共にこの国家情報長官の論説に賛同する声明を発表して援護射撃をしている。

あらゆる分野で足の引っ張り合いを繰り広げる民主、共和の両党だが、中国の諜報活動の脅威については、その実態を知る情報コミュニティの議員たちは党派の違いを超えて一枚岩になっている。

◆「バイデン当選の今こそ、戦略的好機」

12月上旬に相次いだ米インテリジェンス・コミュニティからの警告ともとれる動き。
その直前に、ある中国人による発言が物議を醸していたことは、あまり知られていない。

「米国の権力の中心には我々の『古い友人たち』がいる。バイデンが復活した!我々のかつてのゲームも復活だ!」。サウスチャイナ・モーニング・ポストとブルームバーグが報じた、この発言の主は、中国人民大学国際関係大学院で副学長を務める、ディ・ドンシェン(Di Dongsheng)教授。
昨年11月28日に上海でおこなわれた講演会で飛び出したものだ。

「中国の古い友人の多くはウォール街の投資家たちだ。長年、我々は彼らに頼ってきたが、ウォール街の影響力は下がり、トランプ大統領を抑えることもできなくなった。そこでバイデン氏が当選した。バイデンはウォール街などの伝統的なエスタブリッシュメントとつながっている」。中国共産党に政策助言をおこなっているという教授は続ける。

「トランプ氏はバイデン氏の息子ハンターが世界中にコネクションを持っている、と言っているだろう?誰がハンターを助けたのか?いろんな取引がこの裏にはある」。

そのうえで「バイデン当選が決まった今こそ、我々の希望を伝える戦略的好機だ」と、息子のハンター氏を通じてバイデン大統領への影響力工作をおこなっていることを示唆するかのような発言をすると、会場からは歓声が上がった。

◆削除された「爆弾発言」の真相は?

この「爆弾発言」の動画はすぐに削除され、この発言を米国で報じたのはフォックスニュースとニューヨーク・ポストなど、トランプ政権に近い保守系メディアだけだ。CNNなどテレビ各局、ワシントン・ポストなどの主要紙はほとんど取り上げていない。

中国当局に近いとされる環球時報も「教授はスピーチを盛り上げた。聴衆は笑い、拍手したが真剣には誰も受け止めていなかった。あのスピーチを持ってして動かぬ証拠だと考えるのはあまりにもナイーブだ」と、火消しをするかのような報じ方をしている。

うっかり本音を喋ってしまったのか、単なる誇張なのか、あるいは根の葉もない作り話なのか。真偽を確かめる術はないが、この教授の発言は断片的にだが事実も含んでいる。

それはウォール街がこれまで一貫して中国への関与政策を支持してきたこと、そしてバイデン大統領はトランプ氏よりもウォール街から多くの献金を受けていること。どちらもアメリカ政治をウォッチしている人間の間では常識といっていい周知の事実だ。

この教授の発言があった3日後に、米情報機関の幹部は公の場で興味深い発言をしている。「予想されていたことだが、中国が影響力工作の対象をバイデン次期政権に向け始めている。政権入りする関係者だけでなく、その周辺にいる関係者も対象になっている」(2020年12月1日アスペン研究所バーチャル・サイバー・サミット)

この発言の主はウィリアム・エバニーナ氏。外国政府機関による諜報活動の監視を任務とする米国家防諜安全保障センターの長官(発言当時)だ。

バイデン政権に対する中国による工作活動の活発化を指摘する、この発言。民主党が中国に弱いと攻撃しようとする政治的発言だと断じるのは短絡的な見方だろう。なぜならエバニーナ長官(当時)は情報機関での合計30年間のキャリアを誇り、FBIでSWATチーム、防諜関係部署を歩んだあと、CIAで防諜セクションの責任者を務めた筋金入りの防諜のプロフェッショナルだからだ。

◆バイデン大統領次男へと伸びるアプローチ

実際、バイデン大統領の息子ハンター氏と中国のつながりを疑わせる点は断片的に語られてきた。ニューヨーク・タイムズはハンター氏が2017年5月にマイアミで、中国人民解放軍との関係が取り沙汰される中国人著名起業家の葉簡明氏と会談したことを報じている(葉氏はその後、2018年はじめに中国当局に汚職の疑いで拘束されている)。

CNNによればハンター氏は葉氏から2.8カラットのダイヤモンドを受け取ったとされるほか、共和党主導の米上院国土安全保障委員会の報告書もハンター氏の口座に葉氏から479万ドルの入金があったことを指摘している。「ダイヤを受け取ることは得策ではないと思ったが、ちょっとおかしいとは思った」とハンター氏は雑誌「ニューヨーカー」の取材に答えている。

2020年12月には米デラウェア州検察当局がハンター氏の税務申告について捜査していることを公表。すでに12以上の召喚状が発布されている。これまで大統領選挙に影響を与えないように水面下で進められてきた捜査の本丸は中国関連だとも囁かれている。

◆気候変動というトラップ

トランプ政権からバイデン政権へと継承されている対中強硬路線はこのまま続くのか。
その変化のきっかけになり得る、ある目玉政策がある。

もはや気候変動問題を重視するのは民主党政権のDNAといってもいい。バイデン政権はその気候変動問題の首脳会議を4月下旬に予定するなど、気候変動を軍事問題や地政学上の課題と同等以上の重要課題として位置付けて成果作りを急ごうとしている。

残り3年ちょっとの任期の間に成果を上げようとすれば、おのずと中国の協力は不可欠となる。今や中国の存在感はオバマ政権の時よりもさらに大きくなっている。もはや中国の協力なしにはグローバルイシューの解決はできないといってよく、否応なしに中国とは協力を迫られる局面がいつかはやってくる。

中国が待っているのはまさにその瞬間だろう。米国が中国の協力を必要とすればするほど、中国にとっては影響力を行使できる余地が出てくるからだ。すでにその兆しはある。

激しい応酬を演じた米アラスカ州での米中外交トップ同士の会談においても、気候変動問題は米中共通の課題の一つとして俎上にのぼり、会談が終わった翌日、中国は早速、新華社を通じて気候変動問題を呼び水に米中連携を呼びかけている。

そして、気候変動問題担当大統領特使のケリー元国務長官が早速、中国側と協議することが決定。ケリー氏はオバマ政権で国務長官だった当時、気候変動で成果を作るため中国を刺激することを避けるよう主張し続けた一人だと言われている。さまざまなチャネルでの対米工作。気候変動を触媒にした接近の可能性。そして政権発足を前に相次いだ情報機関からのシグナル。

「気候変動をめぐる動きは気になるけど、バイデン政権、とりあえずはグラついてはいないようだね」。アラスカでの米中会談後、かつてFBIで外国情報機関の防諜を担当した元特別捜査官のクリスにそんなメッセージを送ると、近視眼になるな、とでも言いたげな、そっけない返事がかえってきた。

「今のところは、な」。


ANNワシントン支局長 布施 哲

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