対中強硬姿勢のバイデン氏 経済より人権重視?[2021/04/19 19:30]

 日本時間4月17日に行われた日米首脳会談。
共同声明には「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」と記された。また「香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する」とも盛り込まれた。
 日米首脳の共同文書に台湾への見解が記されるのは1972年の日中国交正常化以降初めてのこと。またウイグル問題への言及は、トランプ大統領時代の日米首脳文書には盛り込まれたことはない。


◆“同盟国とともに” バイデン政権の中国政策の背景

 去年11月の大統領選挙でトランプ大統領は、バイデン氏が中国に弱腰だと執拗に批判。「バイデン氏が勝利すれば米国は中国のものになる」「バイデン氏は中国の手先だ」などと繰り返した。
 ただ、これまでのところバイデン政権は対中強硬姿勢だ。中国政府が新疆ウイグル自治区のウイグル族などに行っている行為について、民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加えるいわゆるジェノサイドと認定。トランプ政権と違うのは、アメリカ単独ではなく同盟国・友好国と対処するアプローチだ。ウイグル問題ではヨーロッパの同盟国とともに中国当局者に制裁を発動し、インド太平洋の安全保障では日本・オーストラリア・インドと4カ国のクアッドを形成している。

 バイデン大統領が強硬姿勢を続ける一つの要因は、オバマ政権終盤で中国に対して経済成長とともに国際常識に沿って来るのではないかといういわば楽観的なアプローチを取りその結果南シナ海での軍備拡大など膨張を許した反省がある。

 私は2014年から2018年までオバマ政権の最後の2年とトランプ政権の前半をワシントンで取材した。中国への警戒感はオバマ政権終盤の失敗も理由に民主党・共和党両党の共通認識に広がっていた。トランプ大統領の制裁関税など過激な対中政策はトランプ大統領を好きではない政府関係者の口からも、方向性としては間違っていないとする評価があった。一方、手法についてはアメリカ独走ではなく同盟国と連携して対応しなければ効果は薄れるとの指摘もあった。


◆「民主主義の勝利へ」 日本側の準備は?

 同盟国と足並みを揃えて安全保障や経済で中国に対し優位に立ち続けようと試みているようにも見えるバイデン政権、一方、共同記者会見でバイデン大統領が最も力を込めて繰り返した言葉は「民主主義」だった。「民主主義が勝利することを証明する」「日本とアメリカという2つの強力な民主主義国家が人権と法の支配を含む共通の価値を守る」という具合だ。
 3月にいち早く来日したブリンケン国務長官は人事承認のための連邦議会の公聴会で、義父が第2次世界大戦中にユダヤ人が大量虐殺されたホロコーストの生存者だと告白している。叩き上げと言われるバイデン大統領はペンシルベニア州やデラウェア州の黒人が比較的多い街で生まれ育ち黒人とも頻繁に交流したという。
 一方、日本ではまず安全保障の議論が優先だ。地理的にも近い中国の軍事力増強が続き、北朝鮮の核ミサイル開発問題を抱える中で安全保障が重要であるのは間違いないが、人権問題については積極的な発信は見られない。ビジネスパーソンの間では、中国との経済的つながりが深くなる一方の状況で日本企業への影響も考えると政府が慎重になるのはやむを得ないとの声も聞かれる。

 ただ、アメリカ政治やアメリカで暮らす人々の心情をよく知る人の見方は少し異なる。長年アメリカ大統領選挙の候補者陣営にボランティアで入り込むなどフィールドワークを続ける明治大学の海野素央教授は、「バイデン政権はひょっとすると経済の上にまず人権があるのかもしれない。日本の教育ではまず経済優先という意識ですよね。これから日本はバイデン政権に教えられるかもしれませんね。」と分析する。確かにウイグル問題でのアメリカ系の企業の中には人権状況に懸念を表明し強制労働が行われているとしてウイグル産の材料を使わないとする企業もある。市場規模の圧倒的に大きい中国での不買運動など、経済的リスクが容易に想定される中でだ。


◆“人権”が外交方針の中心に?

 多種多様な人種が暮らし差別も残るアメリカでは犯すにしても守るにしても“人権意識”が根付いている。警察からの過剰な暴力などに抗議するBLM運動もあれば、トランプ大統領が在職中に新型コロナウイルスを中国ウイルスと煽ったことも一つの原因とみられるアジア系へのヘイトクライムが頻発している。1月6日にトランプ大統領の支持者で白人が多くを占める集団が連邦議会に容易に侵入した事件をめぐり、他の人種からじゃ「白人でなければ警備から銃撃されているのではないか」との指摘もある。

 隣国で中国との経済的つながりが圧倒的に深い日本の対中国姿勢については、バイデン政権高官からは「必ずしもアメリカの姿勢を押し付けるつもりはない」という声も出ている。
 オバマ政権では南シナ海などで中国の軍事プレゼンスが増大したが、トランプ政権の下では香港やウイグルの状況が変化した。
 トランプ政権の対中強硬姿勢を一部引き継ぎつつ改良させようとしているように見えるバイデン政権。前出の海野教授は「バイデン政権では、人権問題でスタンスを明確にすることが求められる。そして企業などは時には経済よりも人権を優先する必要が出てくるかもしれない。」と語る。
 祭りのようなトランプ政権の後、トランプ政権とは異なり安保・経済・人権など多面的なアプローチを取るバイデン政権は発足からわずか3カ月。今後日本に何を突き付けるのか。

テレビ朝日 外報部デスク 山下達也(前ワシントン支局長)

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