コロナ禍で見えた日本の凋落 残された切り札とは[2021/04/29 07:00]

◆コロナを封じ込めてきた若き閣僚の信念

新型コロナウイルスの感染が再び拡大し、政府は4月23日に4都府県に緊急事態宣言を出すことを決めた。同じ日、台湾のデジタル政策担当の閣僚、唐鳳(オードリー・タン)行政院政務委員(40)は、日本アカデメイア(東京)が主催するオンライン交流会で講演していた。タン氏は新型コロナの封じ込めに成功している台湾で役割を果たしてきた。

感染拡大の初期、マスクが不足していた台湾で、タン氏はマスクの在庫・流通が一目で分かる地図アプリを導入し、マスクを効率的に普及させた。「高齢者などを排除してはならない」。誰も取り残さないという信念だ。肝心のアプリにバグが生じた際は、改修の時期を明示する。「市民の質問に答え続けることが大事」。台湾メディアの記者の質問が途切れるまで会見を続けたそうだ。

この交流会でタン氏は、手を挙げた経営者ら約20人全員の質問を受けた。回答は早く、ポイントを突く。軽率に他国や他人を批判しない。思慮深さがにじみ出る。台湾当局を市民がなぜ信頼できたのかという質問には、「我々がまず市民を信頼することです」と返した。


◆コロナ禍が突き付けた日本の実力

日本はどうか。未曽有のコロナ危機の中、国民と政府の信頼関係は心もとない。対策は後手に回り、ワクチンの接種は各国に格段の遅れを取る。国産ワクチン製造の見通しはおぼつかない。入院できず自宅療養中に死亡する感染者が相次ぐ。仕事は奪われ、自殺が増えた。政府の機能は不十分と言わざるを得ない。それでも国民は当事者意識を維持し、ぎりぎりのところで耐えている。コロナ禍は、日本の実力をありのままに浮き彫りにした。国民の質より高い政府や経済は生まれないとするならば、今の政府も経済も、私たちの姿そのものなのだろう。

日本の凋落は止まらない。1990年代前半のバブル崩壊以降、ついに「失われた30年」を迎えた。GDP(国内総生産)で、日本は中国に約3倍の差を付けられている。1人当たりの名目GDPは、日本は世界23位に落ちた。アメリカは5位、中国は63位だ。日本の労働生産性はOECD(経済協力開発機構)加盟37カ国のうち21位に低迷。日本の最低賃金の水準は、最低賃金制度を導入するOECDメンバー29カ国のうち25位。財政はG7で最悪の状態が続く。国連の幸福度ランキングでは、日本は62位。アメリカは18位、中国は94位。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が4月に発表した世界180カ国・地域の報道自由度ランキングでは、日本は順位を1つ落として67位に後退した。「伝統的な慣習や経済的な利益が妨げになっている。菅政権も報道の自由をめぐる状況を改善していない」と指摘された。

「日本はまだまだ大丈夫」と思っている人もいる。しかし、コロナ禍はそうした楽観論に水を差す。「このままいけば、日本はいずれ後進国になる」(大手銀行中堅幹部)。危機感は広がり始めている。


◆息苦しさが日本を縮めた

海外ニュースの担当になって8年。私は世界を見ながら、日本を見つめてきた。日本社会は、個人の個性や自由よりも組織や集団の論理を優先してきた。多様性は浸透せず、息苦しい。個性を押さえつける社会は、人々から笑顔と活力を奪う。経済や社会が閉塞している原因がここにある。東京オリンピック・パラリンピックの取材態勢は別として、日本に駐在する外国メディアのスタッフは減る傾向にある。「日本の魅力が落ちているからだ」(アメリカ系メディア)。日本がこのまま世界の中で縮んでいくのは、やるせない。

少子高齢化で国内市場が小さくなり、資源が限られた日本は、世界とうまく向き合わないと、今の生活水準を維持できなくなる。敗戦後、日本はアメリカの政治と経済に“支配”されてきた側面がある。中国は経済の勢いを増し、覇権を強めている。人口の多い中国やアメリカと「量」で競っても勝てない。アメリカや中国に都合よく呑み込まれないために、日本は世界にとってかけがえのない国になる必要がある。各国から信頼される自立した「質」の高い国だ。


◆日本人の切り札は「自考(じこう)」

日本の活路を見い出し、未来を切り拓くには、どうしたらいいのか。手立てはまだ残されている。実は単純だ。私たちそれぞれが、これまでにない、新しい生き方、やり方を自分の頭で考え、創り出すことだ。過去や歴史やこれまでの価値観に縛られず、権威に忖度せず、依存せず、自分の頭で自分が良いと信じるやり方を考え、創り、行動する。この行為を私は「自考(じこう)」と呼んでいる。「自考」で、人々は自分の個性と自由と居場所を取り戻し、楽しく生きる。他人の「自考」も受け入れる。その自由で楽しいパワーは、社会のあらゆる分野でイノベーションを起こすはずだ。停滞した経済が息を吹き返す契機にもなる。

2018年10月、ノーベル生理学・医学賞に選ばれた本庶佑・京都大学特別教授の言葉は強烈だ。「教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持って、本当はどうなってるんだ、という心を大切にする。つまり、自分の目でものを見る。そして納得する。そこまで諦めない」。過去に誰かがつくった教科書を信じず、自分が納得するまで諦めないでというメッセージ。自ら実践してきた「自考」を、研究者を目指す子どもたちに呼びかけた。


◆「自考」を育み、実践する人たち

自分の頭で考えることがいかに大切か。東京都内で宮本哲也さんが運営する算数教室は、生徒に教えない。生徒は質問しない。自ら考案した「賢くなる」数字のパズルを生徒に解いてもらうだけの授業だ。早く解けた生徒が競って手を挙げ、正解だと宮本さんが「マル」と言う。塾教室に響く言葉はこの「マル」だけ。異様な光景だ。
教材のパズルを一人で考える。これで思考力が高まり、算数以外の科目にも波及するという。難しい進学校に多くの生徒が合格してきた。「大事なのは解けることではないし、説明が分かることでもない。頭を使うことです」と宮本さん。なぜ頭を使うことが大事なのか。「それはもう、自分の人生を自分らしく生きるためには必要じゃないですか。それ以外に自分らしく生きる方法はありません」。宮本さんは高校を中退。「自考」しながら自分の生き方を見い出してきた。「成功よりも、成長し続けたい」と今も言う。

宮本先生の「自考」は伝播している。教え子の村野賢一郎さんは2浪、留年して医師になった。在宅医療・緩和ケアに取り組む中で、高齢者が社会と分断されているという思いが募る。村野さんが往診していた高齢女性がある日、骨折し、望まないのに老人ホームに入所することなった。孫と一緒にいた時の明るい笑顔は消え、メンタルはダウン。食事も合わずに一気に弱り3カ月で亡くなったという。「人生最終ステージの高齢者にまともな選択肢はほとんどないのではないか」。
考え付いたのが、高齢者とシングルマザーの母子が“シェアハウス”に共生する構想「みたか多世代のいえ」(東京・三鷹市)。ここは近隣に暮らす親子も立ち寄り、遊び、学ぶ。高齢者と子どもと親と地域が支え合う共助の場だ。「挑戦しなければ後悔する」。構想は早ければ来年中に実現する。


◆全員が「出る杭」になる日本に

もし、日本に「自考」が広がっていたら、新型コロナの国産ワクチンはもっと早くできたかもしれない。アップルやグーグルに匹敵する企業が日本に生まれていたかもしれない。原発事故は防げたかもしれない。日本は過去の成功体験から抜け出せずにきた。古びた過去と決別し、ゼロから自分で創る。私たちの考える力で、これまでの私たち自身と社会のありようを変えてみる。「自考」は日本人と日本にとって最強の“切り札”になると確信している。

大学や学校に行かず、迷い、立ち止まる若者と話す機会が最近、増えた。そこで「自考」を勧める。コロナ禍で当たり前の日常や信じていたものが崩れた今は「自考」の絶好の機会だ。本当は何がしたいのか。どう生きたいのか。ゼロから考える。あなたを苦しめていた過去、モノサシ、慣習と決別する。他人と比べるのはナンセンス。やりたいことを自由に見つければいい。自分を守り、自分のやり方と自分の居場所を創っていい。エゴとは違う。自分を守ることができれば、他の人も守れるからだ。そうした人が増えれば、日本は、笑顔と活力と知恵があふれる社会に生まれ変わる。そんな話をすると、若者の表情は崩れ、少し笑ってくれる。

その学校が合わないなら、別の居場所で待ってくれている人たちがいる。新しい道はいつでも見つけられる。会社の評価に一喜一憂し、生き様を変える必要はない。職場が苦しく、やりたいことができないなら、職場を変革するか、自分で起業すればいい。歳を重ね、夢がかなわなかったと諦めるのは寂しい。第二の人生こそ、これまでより輝きたい。政府のコロナ対応が不十分で住民を守れないなら、自治体は独自の知恵で行動すればいい。「自考」の時だ。

「自考」してみると、例えば、アベノミクスが推進した多額の財政出動や異次元の金融緩和が、考える力を奪う対症療法にすぎなかったと気付く。出る杭を叩いて可能性をつぶすより、全員が出る杭になるように育てる方が良いと思い付く。100人の生き方をたった3本のモノサシで測るのはやっぱり息苦しい。100人全員の100本のモノサシを創りたい。私たち全員が自分のやり方と居場所を見い出し、それぞれの持ち場で、自分と日本の未来を切り拓く源泉になる。自分のやり方を創っていいのだから、きっと楽しい挑戦になる。


テレビ朝日 外報部 岡田 豊(元アメリカ総局長)

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