米中から見るコロナの本当のインパクト―総局長対談[2021/07/18 10:30]

「米中から見るコロナの本当のインパクト―総局長対談」

新型コロナウイルスの影響は1年以上に及び、私たちの生活を徐々に、ですが確実に変えつつあります。社会のしくみ、国の力が問われるほどの事態は、今後の私たちにどんなインパクトを与えるのでしょうか。新冷戦に突入しつつあるアメリカと中国の取材の現場から、コロナがどんな影響力を持っているのか、話しあってみました。

◆コロナの本当のインパクトとは

<アメリカ総局長 中丸 徹>
米中は日本に先行してコロナを克服しようとしつつあるところですが、覇権争いをする米中がいい意味で対照的な克服の仕方をしたなと思いまして。

中国はデータを統制して、人々の行動を監視して克服しましたよね。アメリカはロックダウンはしたけども、データの管理をすることなく、力技でワクチンをスピード開発して、打ちまくって抑え込んだと。まあ、現状ですけど。

これだけ違うアプローチをしたけども、トランプ時代のあとに民主主義どっちにいくの?って時に、いい意味で民主主義的なアプローチをしたなと。これって今後の世界をすごく占うと思うんですよね。

<中国総局長 千々岩 森生>
中国は、2年前の12月30日に原因不明の肺炎が発生してると武漢市が発表して、翌日に27人の患者がいると公表して始まってるんですけど、「発生期」と「抑え込み期」と2つに分けられると思いますね。

前半というか、「発生期」では、中国型の今の体制のマイナス面が出ましたね。中国が非民主的な一党支配体制を取っているからこそ、危険性がほとんど報道されないまま拡大したことは疑いようがない。

でも中国は今、前半の「発生期」については、国際社会からの追及に強烈に反発しつつ、後半の抑え込んだストーリーを強調しています。「抑え込み期」に関しては、確かに中国の今の体制のやり方が、結果を出したと言えると思うんです。

<NY中丸>
前半のマイナス面とは?

<北京 千々岩>
ポイントは、民主主義国家だったら、最初の1カ月間のようなことは起きてないだろうということです。武漢が、例えば日本のどこかだったとして、原因不明の肺炎が発生して、27人も患者がいて、一部は重症ですと。我々報道に携わる人間なら誰でも、これは大変な事態で、多くの記者が現場に入るに違いないと分かる。特番が組まれるレベルかもしれないですよね。

それが中国では、ほとんど起きなかったんですよ。当時の中国メディアは、短いニュースくらいは出すんですが、それだけ。現場取材もしないし、何か真実を探ろうという動きも見られない。しかも最初の1カ月間は、日本の厚生労働省にあたる国家衛生健康委員会も、一切会見しない。日本だったらちょっと考えられないですよね。

実は、中国メディアの記者からは「この肺炎のニュースは、自由に報道できないんです」という声まで聞こえて来たりしてました。

1月20日になって、習近平主席が「断固制圧する」と声明を出しました。23日にいきなり武漢を封鎖して、ようやく本格的な対策が始まる。僕は北京で暮らしていますが、中国政府が一番重視してるこの首都・北京ですら、それまではほとんど対策が取られていませんでしたから。

◆潮目が変わった中国の対応

<NY中丸>
1月20日に、習近平主席が認めざるを得なかったきっかけは何ですか?

<北京 千々岩>
鍾南山医師の調査チームが武漢に入って、これは本当にマズイと気づいたのでしょう。ずっと「ヒトからヒトへの感染は確認されてない」とか言っていましたが、ヒトヒト感染は起きてるぞと。その指摘でやっと動いた。鍾南山医師は、今や中国では英雄扱いです。

<NY中丸>
その後、抑え込んだ中国のやり方を中国の国内はどう思ってるですか?

<北京 千々岩>
これは成功だと、たぶん9割以上の中国人が思っています。100%と言っていいかも知れません。コロナの抑え込みに関しては、高く支持されてますよ。ただ、前半の「発生期」を忘れてない人もいます。特に家族を失った人々には、やり場のない不満が残されています。

でも一方で、毎日のように、今でもそうですが、アメリカはこんなに感染がひどい状況ですと。本当に毎日テレビでやってる。たしか去年の3月後半に、中国とアメリカの感染者数が逆転したんですよ。それを境に中国では、特にアメリカの状況をガンガンやり始めたわけで。

アメリカ叩きのターゲットは2つで、一つはコロナ、もう一つは人種問題。フロイドさんの事件が5月に起きてからは、アメリカの黒人差別や抗議デモの映像が、本当に一日中、テレビで繰り返されるようになったんですよね。

要は、中国は散々コロナで批判されたけど、ほら、アメリカは今こんなにひどいでしょと。中国は香港やウイグル族への人権問題で散々批判されたけど、ほらアメリカだってこんなにひどいでしょと。国内向けの分かりやすい宣伝戦略ですよね。

<NY中丸>
なるほど。そこまで。まあ、アメリカもそこはアキレス腱なんですよね。

◆自信を持った中国人

<北京 千々岩>
その結果、中国人は中国のコロナ対策に自信を持ったんですね。一つに「抑え込み期」に関しては結果が出た。もう一つはメディアが連日、中国は素晴らしいけど、アメリカはこんなにひどい状況ですと。これを見てる国民は、たとえば10人でカラオケしようと思えばできるし、居酒屋で唾飛ばして飲み会できるという現実があって、自信が深まるという構図になるんです。

<NY中丸>
日本人として、このコロナ禍に駐在していて、中国のやり方を見てどう思いますか?

<北京 千々岩>
正直なことを言うと、ハイブリッドがいいのかなと思ったりしています。平時はもちろん民主主義がいい。でもコロナという有事というか、戦時においては、抑え込みという意味では、中国が一定の結果を出しているように見えますねと。

通常は民主主義で、個人の自由が保障されるけど、いざという時に有事対応ができるオプションを懐に持っている、そういう国家システムはどうかなと思うんです。そうじゃないと戦争に負けますから、という考え方なり、準備なりがあった方いいと思うんですよね。両方の良いとこ取りをしたハイブリッド。国家の体制論としてはね。

◆多くの死者が出たアメリカで語られていたこと

<NY中丸>
有事を知ってるはずのアメリカも、しなかったんですよね。ロックダウンをしたくらい。監視でいうと、去年5月にグーグルがシステムを作って、各州に無償提供してるんですけど。でもそれも、COCOAレベルっていうか、Bluetoothで接触を感知したら知らせる、っていうレベルで。

それでも22州しか使ってなくて、過半数は使わなかったと。結局は、自由を制限するという話。アメリカもこの感染症において、私権を制限する法律を持っていても、しなかった。これはスピリットの話になっちゃうと思うんですけど。

<北京 千々岩>
コロナが収まった後に、アメリカが出した比較衡量の末に、例えば5年後に「これを貫いて良かったのである」という総括ができるんだったら、それはそれでいいと思うんですけど。

<NY中丸>
そこは、いまオンゴーイングなんで感触になりますが、その議論が意外と未熟だなと思いました。まだ、そこは覚悟の上というよりは、考えてないんだなと思いましたね。

<北京 千々岩>
中国政府は最初、本気で動揺したように見えました。少なくとも地方政府への批判が、抑えられないくらい溢れた。本来、この国では考えられないことです。

<NY中丸>
それは湖北省?全土的に?

<北京 千々岩>
とりあえずは湖北省ですかね。まだ他は良く分かってなかったから。で、1月から2月は相当なピンチだったんです。本当に、「情報を隠ぺいするな!」という感じのネガティブな声が、SNSとかで噴出していました。警鐘を鳴らそうとした李文亮医師が処分されて、しかもコロナで亡くなったあたりは特に。コロナをとにかく抑え込まないと、体制に影響が出るかも知れないという危機感が、政府関係者の間にも広がったんだろうと思います。

中国は、抑え込みがうまく行っているという部分だけをアピールするけれど、実はその陰では、厳しい抑え込み策へのフラストレーションで、管理担当者への殺人事件や暴行事件が起きたりもしていました。でもメディアは、統制的なコロナ対策の負の側面は報道しない。

◆データ社会は必ずやってくる

<NY中丸>
気になってるのは、データ社会、監視社会は全体主義と相性がいいだろうなと。資本は無限の増殖を求めるから、資本主義も全体主義と相性がいいんですよね。さらにいえばデータも。だって一番効率がいいんだもん。

冷戦は資本主義と民主主義のタッグと、共産主義と社会主義・全体主義の組み合わせでしたけど、新冷戦は、中国が資本主義と全体主義の組み合わせで来たでしょう。そこに、コロナで中国の国民自体が、一党支配体制に自信を持ったっていう事がとても大きいと思うんですよね。

<北京 千々岩>
その通り。ただ、デジタルの話でいくと、効率的なものに対しては、人間は抗えないんですよ。結果として何かに利用される、自由が制限される懸念があるとしても。

それを最初に思ったのは、スマホ決済の話で、中国に来たらカード払いがほとんど無いというか、利用できないんです。なんだこの不便な国は、と思ったんですけど、スマホ決済があった。例えば、きのうまで出張に行ってたんですけど、財布なんか持って行かないわけです。本当に不要なんですよ。出張先で初めて会ったドライバーさんに、1日1万円払いますとなっても、スマホで「ピッ」で終わり。この便利さは浸透するんですよ。便利さには抗えないから。

これから逃げようと思ったら、どんなに店員さんに嫌がられてもすべて現金で決済して、スマホは家に置いたままにするという、30年前の生活をしないといけない。それがこの国にきての最初のショックでしたね。

<NY中丸>
そうだからこそ、それをアリペイ、ウィチャットペイからデータを吸い上げるのが政府なのか、その政府は暴走したときに選挙で変えられる政権なのか、ってことだと思うんですよね。

正直、アメリカでもすでにほとんどのものはグーグルに吸い取られてる気がするけれど、それを政府がどこまで見ているのか。民主主義がゼロ、全体主義が100だとは言いません。スノーデンもあるし。そこの、まあ、納得感ですよね。自分たちが吸い上げる政府なりを信用して暮らしているかどうか、っていう。アメリカには一応それがある。だからスノーデンが問題になる訳です。

<北京 千々岩>
だからこそ、民主主義であるべきだと思うんですよね。政治レベルでは野党という対抗勢力がいることだし、権力と対峙するメディアがいること、独立した弁護士や市民団体があること、そして国民自身がデモとかで声をあげられること。今の中国ではなかなか難しいですね。

だからこそ、民主主義国家なら、自信をもってデジタル化を進めようよ、と思うんです。問題が生じたとしても、民主主義というシステムがいずれ解決してくれるから。

<NY中丸>
でも、それもやっとこさなんですよね。データの保護の議論をしているのはヨーロッパで、アメリカは追いついてない。利用に関しては民間に丸投げですから。中国のコロナの対応を見て、これは使わざるを得ないものだから、民主主義とのすり合わせを考えながらやる、っていうのをもうちょっと危機感もってやった方がいいと思っています。

◆“カネ”を巡る米中新冷戦の前線

<北京 千々岩>
中国には管理のメリットがあるから、民間ももちろん進めるけど、政府がどんどん進めるから、これは進むんですよね。

いい例は、デジタル人民元。日本だとすぐ「透明性が問題だ」とか批判が出て、技術革新や新しい動きが滞るんだけど、中国にいて思うのは「そこはよく考えましょうよ」って。なんでもかんでもマイナスを探して、すぐにストップをかけるのが本当にいいのかと。日本が足踏みしてるうちに、世界はどんどん先に行きますよと。未来の芽がある技術なら、まずやってみようよと思います。

アメリカは新しいものに取り組む開拓精神があるけど、とかく日本は文句をつけて動きを止めてしまいがちです。それって国家にとっていいことなんだろうかと。「デジタル円」だって、なかなか進んでいないでしょう。でも、デジタル通貨の時代はやってきますから。

<NY中丸>
アメリカはフェイスブックのリブラで1回行きかけたけど、やっぱり通貨の発行権は民間に渡せないってことで、もどってきました。結局フェイスブックも負けて、ドルベースに戻ってきましたから。名前がディエムになりましたけど。

<北京 千々岩>
デジタル人民元は、深センで実験があったときに取材に行きました。自分でも使ってみましたけど、やり方は普段のスマホ決済とまったく一緒。みんな慣れてるし、簡単に利用できる。だから中国人民銀行がシステムさえ整備すれば、すぐに本格化しますよ。

例えば、中国とラオスだけでデジタル人民元で決済を始めますとか。銀行の面倒な振り込みなんかも要らないし、どんどん浸透しますから。アメリカなんて関係なくなってきますよね。

<NY中丸>
そこなんですよ。コロナと米中で考えたのは、他国に波及するな、ということです。中国人が自信をつけたものそうなんですけど、中国モデルを見た他の国が「あれ?一党支配体制いいじゃない」となるかもしれないなと。

一番分かりやすいのがデジタル人民元で、例えば、そのままパッケージごと、うちのペソでもやらせてください、ってことになるじゃないですか。その経済圏に入った国のデータは全て中国のものになる訳ですよね。

<北京 千々岩>
中国にいて思うのは、たぶん「一帯一路」のエリアを、デジタル人民元に塗り替えていきたいんじゃないかと。その国と中国だけで決済すればいいわけで、ドル覇権を切り崩したいんだろうなと思うんです。

<NY中丸>
発展途上国からしたら、通貨を発行して、信認を保って、偽札を防止して、というのを全部中国がバックアップしてくれるわけですよね。すごい魅力だと思いますよ。

ドルも、打ち手が無いわけじゃないけど、人民元に対して、3歩遅れてはいると見てます。

<北京 千々岩>
中国がいま考えていることの根本は、いかにアメリカ抜きの勢力圏をつくるかです。本気ですよ。共産党政権の命運にかかわる話ですから。実際に共産党の人たちから聞くのは、「中国が強くなればなるほど、西側諸国も文句を言えなくなるでしょ」という言葉です。本当はアメリカと喧嘩するのは嫌だし、望んではいないんだけれども、自分が強くなることで乗り切るのが中国のやり方なのかなと。

◆その先へ、中国の抱える課題とは

<NY中丸>
そんな中、中国人自体は、人口減で30年、40年にピークアウトするって思ってないんですか?

<北京 千々岩>
思ってますよ。これが、中国が抱える最大の問題です。対米関係でもなければ、中国包囲網でもなくて、中国にとっての最大の課題は人口問題なんです。

<NY中丸>
どうしようとしてるんですか?

<北京 千々岩>
今のところ、解はないです。

<NY中丸>
そのうち、一党支配なんだから、「産めよ、育てよ」になるんじゃないですか?

<北京 千々岩>
その通りで、実際にその時代が来るかもしれないと見ています。今までは、増えることに箍をはめたでしょう。で、今はその箍を緩めてるわけだけど、そのうち、増やす方向にまた箍をはめるんじゃないかと。例えば、「女性は必ず2人出産しなさい」と、その次は「3人出産しなさい」という時代がくる可能性だってあると思います。

<NY中丸>
すぐやらないのは、なぜですか? 人は急には増えません。成人でいうなら20年かかりますよ。

<北京 千々岩>
中国も、出産制限を外しても無理だろうって、みんな分かってます。でも一人っ子政策を続けてきた人が内部にいるから、ドラスティックには変えられないという話も聞きます。民主主義は政権交代があるので、前政権のせいにして変えられるんですけどね。

<NY中丸>
その件で面子がある人がどっかに嵌ってるんですね。

<北京 千々岩>
そうなると、解決策としてあり得るのは、批判されるのを分かった上で、出産する方向に箍をはめるのがその1。2つ目は自動化で、生産年齢人口が減っても、機械やロボットで補うと。この2つしかないですよね。

<NY中丸>
移民は?

<北京 千々岩>
それはこの国には難しいかなと。欧米と比べても、異質なものを許容するのが苦手というか、多様性というのは、なかなか根付かないと思いますよ。

人口減少だけじゃなくて、社会保障の整備も日本から見れば遅れている。中国では、子育ては田舎から親がやってきて一緒に暮らしながら孫の面倒を見るんですよ。社会保障を、家庭内の支えあいに頼ってるのが現状で、これも早晩、立ちいかなくなるでしょう。そうなると、人口減少と社会保障費の増大がダブルでやってくる可能性があるわけでしょう。

共産党政権が揺らぐとすれば、アメリカとの対立や中国包囲網というより、こうした国内問題かもしれませんね。外圧に対しては、むしろ内部は結束してるから。赤い固まりとなって。

<NY中丸>
天安門からいつかは民主化するって観測もあったけれど、共産党だけじゃなくて、国民がいまの体制に自信を持つと、ゴール自体が変わりますよね。

<北京 千々岩>
もうね、それはないと思います。少なくとも我々がイメージするような民主化は、この先もないですよ。

<NY中丸>
連続的な動きなんだろうけれど、コロナが決定づけたというか。

<北京 千々岩>
そうです。中国の国民にはこれまで、アメリカへの憧れがあったし、今でも憧れはあります。でも、民主主義ってのはトランプみたいなのが出てくるぞ、コロナでどんどん人が死ぬぞ、黒人も差別されるし、連邦議会も襲撃されるぞと。まあ表面的な民主主義批判ではありますけど、でもこれを見せられて、本気で中国の体制が優れているって思う人がどんどん増えてるんですよね、今。これは構造的な変化です。

習近平主席が言う「中国夢」って、アヘン戦争以来の、列強に蹂躙されて失ったものを取り返す、過去の栄光を取り戻すという考え方でね。で、今はまだその途中段階だという意識なんですよ。

<NY中丸>
コロナの対応から、米中の未来予想をしてみましたけど、まだまだ不確定要素もあるし、目先の感染が抑えられたかどうかに留まらず、先手を打ってよくよく考える必要があるなと強く思っています。

<北京 千々岩>
良くも悪くも日々、価値観が揺さぶられるなというのが実感です。外にいるからこそ、日本の良いところもダメなところも強烈に見えてくるので、少しでも前向きに生かしていければと思っています。

アメリカ総局長 中丸 徹
中国総局長   千々岩 森生

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