「アフガン撤退」が送る日本へのシグナル[2021/08/18 20:00]

タリバンの電撃的な進攻を読みきれなかったアメリカ。
混乱の撤退劇にワシントンで高まる批判の声。緊急会見で反論したバイデン大統領が語ったのは「戦う意志がない国のためにアメリカが戦う理由はない」。

自由、人権、民主主義を掲げるバイデン外交から浮かび上がってきた「アメリカ・ファースト」というもう一つの顔。「アフガン撤退」がつきつけるアメリカの「リアル」に日本はー。
台湾有事、尖閣有事でアメリカはどう動くのか?

◆輸送機に800人詰め込み…緊迫の国外脱出オペレーション

離陸しようと滑走路を走り始める米空軍輸送機C-17。
機体に群がる人たち。脚の部分にしがみつこうとする人も。
高度を上げた機体から落下していくのは人だろうか。

イスラム主義勢力タリバンの手中に落ちたアフガニスタンの首都にあるカブール国際空港。
空港の様子を映したとみられるSNS上の映像には、荷物も持たず着の身着のままのアフガン人たちが輸送機に乗り込もうと押し寄せる様子が映し出され、警備にあたる米軍部隊のものとみられる、「退がれ」という怒号に、威嚇射撃のような音が響く。

アメリカ大使館員600人の国外退避が完了した今、最大の焦点は在留アメリカ人と、出国を希望するアフガン人協力者の安全な国外退避だ。特に1万7千人とも言われる、通訳から料理人、運転手、警備要員、エンジニアなどアメリカ政府のために働いたアフガン人とその家族たちは今やタリバンの標的になっている。

アフガン国軍は戦わずして消滅し、アフガン政府指導部は国外に逃亡した。
アメリカは、この20年間でアフガン政府を支えるため2兆ドル(約220兆円)を投下したともいわれる。ブラウン大学は、20年間でアメリカ軍が出した死者は6千人(請負業者含む)にのぼるとしている。アメリカ軍撤退後、アフガニスタンはタリバン支配下で女性や子供への人権侵害が懸念されている。

不名誉な撤退による混乱の中で、せめて自国に協力してくれた現地の人たちを一人でも多く国外に退避させるべく、空輸オペレーションが続けられている。本来は座席数が102のC-17グローブマスター輸送機に800人以上が搭乗したという例も。

バイデン政権は当初、カブール国際空港の治安維持にアメリカ軍部隊3000人態勢を想定していたが、カブールへのタリバンによる電撃的な進攻で、滑走路に避難希望の市民たちが押し寄せるなど事態が急速に悪化。3日続けて1日ごとに1000人の追加派遣の決定を余儀なくされた。

こうした兵力の逐次投入は軍事の基本原則に反する悪手であり、いかにアメリカ政府が急な事態の展開に泡を食って、対応が後手に回ったかがわかる。

◆軍も、与野党も…責任のなすりあい

ワシントンではこの混乱の責任のなすり合いが始まっている。
メディアや専門家から、タリバンの攻勢を予測できなかったインテリジェンスの失敗を指摘する声が上がると、「ホワイトハウスには情報を上げ続けていた」「軍からは国外退避の支援のために部隊の増強を上申していた」といった匿名の軍幹部のコメントが紙面に踊った。

来年11月の中間選挙で多数派奪還を狙う野党・共和党は「アフガン撤収は恥ずべきアメリカのリーダーシップの失敗だ」と非難し、ホワイトハウスは「トランプ前大統領からの宿題を引き継いだだけだ」と声明で反論するといった具合だ。

アフガン撤収に伴う混乱への批判が高まる中、バイデン大統領は急遽、夏休みを過ごしていたキャンプデービッドからホワイトハウスに戻り、釈明の会見をおこなう羽目になった。

だがバイデン大統領は会見で強気だった。
「あのままアフガンにアメリカ軍が残ったら、タリバンとの泥沼の戦闘にはまって、さらに何年も戦闘が続くことになっていた」、「このアフガン問題を次の大統領に先延ばしにはしない。オレの代で決着をつける」と反論。

質疑応答にも応じず会見場から立ち去る時の表情からは「歴代の政権が残したツケを払うため、あえて火中を拾ったのが、なぜわからない?」とでも言いたげな苛立ちと強気が入り混じっていた。

強気の理由はほかでもない、アメリカ国民の支持があるからだ。
シカゴ国際問題評議会の調査によれば、アメリカ国民の70%がアフガン撤退を支持している(反対は29%)。20年間続いたアフガンの泥沼に嫌気が差しているのは民主党も共和党も同じだ。

だから共和党の批判もアフガン撤退そのものに対するものではなく、アフガン撤退のやり方とタイミングのまずさに対するものだ。

また、アフガン問題は従軍経験のある軍人や家族、一部の専門家の強い関心を呼んでいる一方、アメリカの一般国民が選挙での投票基準にする経済や移民問題、コロナ対策と同等の重要課題として捉えるかどうかはわからない。確かにアフガン撤収はバイデン大統領にとって手痛い政治的打撃だが、致命傷にまでは発展するとの見方は今のところない。

とはいえ、バイデン外交には今後、大きな影を落とすことにはなるだろう。
トランプ時代の「アメリカ・ファースト」から脱却し、国際社会との連携を重視する「アメリカが戻ってきた」と高らかに謳ったばかりのタイミングでのアフガン撤収と、それによる混乱だ。

◆バイデン流「アメリカ・ファースト」

さらには、自由や人権といった価値の重要性を外交の柱に位置付け、中国の専制主義との対決を強調してきたバイデン大統領にとって、タリバンの人権侵害の前にアフガン女性たちを置き去りにしたと見えるような今回の撤退はボディブローのようにダメージが残るだろう。

今後、人権や自由の重要性や同盟国やパートナーを守る決意を口にする度に、戦略的ライバルからは「アフガンを見捨てたではないか」というツッコミを受け、同盟国の間には「本当にアメリカを信じていいのだろうか」という一抹の不安が消えることはないだろう。

むしろ決意を示せば示すほど、アフガンの影はシミのようについて回ることになるかもしれない。
その影は、アメリカが同盟に定められた防衛義務を履行してくれるだろう、という信頼に、自らの安全を委ねている日本にも深刻な問題として降りかかってくる。

人権や自由といった価値を外交の柱に置くバイデン大統領だが、8月16日の会見で「女性を中心にアフガニスタンの人々の人権のためにこれからも声をあげていくが、その方法は際限のない軍事力の展開を通じてではない」と述べ、アフガン撤退の方針に変わりはないと強調している。

バイデン政権は国内外の人権団体、そして何よりも与党・民主党内の左派リベラル系議員からの批判を気にしてか、タリバン政権を認める条件として「女性の人権を尊重する政権」を挙げて、人権の看板を下ろしたわけではないとアピールしている。

しかし、この条件をタリバン側が受け入れ、アフガニスタンでの人権状況が劇的に改善する見通しは残念ながらなく、アフガンから手を引くことのショックを最小限に抑え、ソフトランディングさせるためのレトリックの域を出ないと言わざるを得ない。

そうなるとバイデン会見から読み取れるのは、人権外交の追求や国際協調主義よりも、最後は国益で行動するという意味では、トランプのものをきれいにラッピングして整えた、もう一つの「アメリカ・ファースト」だ。そもそもアフガン撤退は「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ前大統領の看板政策であったことは記憶に新しい。

普段、自由や人権を口にしていても、自国民の生き死にに関わる局面では、国益という冷徹な基準に基づいて国家は行動する―。
そうしたごくごく国際政治においては当然ともいえる原則がバイデン会見の裏テーマのように感じられた。

そうなると次に反射的に思い浮かぶのが、「台湾有事や尖閣有事で、『アメリカ・ファースト』のアメリカは駆けつけてくるのだろうか」という素朴な疑問だ。

◆「アフガン撤退」日本への影響…台湾、尖閣有事にアメリカは?

中国の環球時報(8月15日付の論説)は早速ここぞとばかりに「アメリカの撤退計画は同盟国への約束が頼りないものだと示した。利益の観点から同盟国を捨てる必要があれば、アメリカは様々な理由を作ってこうやるのだ」と痛烈に指摘している。

イギリスの高級紙フィナンシャル・タイムズ紙までも8月13日付の「バイデンの信頼性はアフガニスタンで粉々になった」と題するコメンタリー欄で「台湾や南シナ海はアフガニスタンとは状況も、問われる利益も異なるが」という注釈をつけながら「タリバンとも事を構えたくないアメリカがなぜ中国やロシアと戦争すると思えるのか」と指摘している。

FT紙に指摘されるまでもなく、アメリカが世界に張り巡らせている同盟ネットワークは、最後はアメリカが助けに来てくれるという信頼に支えられて機能している。

なにかと話題となる台湾有事だが、「台湾の自由と民主化を守るべき」という文脈で台湾への支援はするべきだ、あるいはアメリカは支援に来るはず、とする専門家は多い。「台湾を見捨てたりすれば、同盟の信頼性が揺らぐことにもなるからアメリカは駆けつけて来る」という意見も定番だ。

果たしてそうなのか。アフガンと台湾では条件や前提が全く違う、とわかってはいても、アフガン撤収で見えたアメリカの本音を考えると疑問は頭を離れない。

このモヤモヤ感を旧知のアメリカ海軍幹部と元国務省関係者の知人にぶつけてみた。
アメリカ海軍氏はインド太平洋軍司令部勤務経験もあるアジア通で、元国務省氏は日本勤務経験もあるほか、NSCなどとのやり取りも現役時代に豊富な人物だ。

「アフガニスタンと、東アジアでは戦略環境も違うし、問われる国益の大きさも全然違うから、アフガンでの動きを単純にアジアに当てはめて考えるのは間違いだ」という反論が案の定かえってきた。

元国務省氏いわく「日本との同盟関係はアメリカのアジア太平洋でのまさに要石だ。これがなくなるとアジアから追い出されることになる。それは中国の覇権を認めることになり、今のワシントンの雰囲気では絶対に受け入れられない」という。

海軍氏もこう断言する。
「正直、オバマ政権のあたりでは東シナ海にある、誰も知らない「岩」(=尖閣諸島)のために、我々が出ていくのか、という感覚もないわけではなかったが、中国との戦略競争関係にある今、我々が退くことはあり得ない。」

アフガン撤退でアメリカへの信頼性が揺らいだとしても、アジアへの関与は簡単には揺らがないから安心しろ―。つまりはそういうことのようだ。

むしろ、アフガン撤収にまつわるアメリカの動きで注目すべき点は他にあるという。

まず、元国務省氏が指摘したのはアメリカ本土へのテロの脅威が高まることのリスクだった。アフガンが再びテロの温床となり、再びアメリカはテロ対策に忙殺されることになりかねないと憂慮する。

そもそも、バイデン政権がこのタイミングで20年来の懸案であったアフガン問題の幕引きをはかろうとした目的は中国対応に集中するためだった。実際、バイデン大統領もブリンケン国務長官も「この先もずっとアフガニスタンにアメリカが足を取られているのを見て喜ぶのは中国だ」と再三、言っている。

巨大なマンパワーを誇るアメリカ政府なのだから、テロ対策も中国対策も同時並行でできそうなものだが、元国務省氏いわく「ホワイトハウスだって同時にいくつもの懸案に取り組めるわけではなく、人間と同じで結局、1つか2つの課題に集中せざるを得なくなる」という。

「だからアメリカ本土へのテロの脅威が高まることになれば、中国との競争どころでなくなってしまうだろう。当然、それは中国が歓迎する展開だ」と指摘する。

実際、嫌な兆候はすでに出ている。
カブールが陥落したその日、アメリカ軍制服組トップのミラー統合参謀本部議長は議会指導部に対してアフガニスタン国内でテロ組織が再編成される可能性を報告した、とオンラインメディア「アクシオス」が伝えている。タリバンが制圧したバグラム空軍基地からは収監されていたタリバン関係者5000人が釈放されたとの情報もある。

2001年、アメリカ同時多発テロを受けてテロを根絶するためアフガニスタンに介入し、その20年後、中国との戦略競争に備えるためアフガニスタンから撤収を決めたアメリカだが、再びテロの脅威と格闘することになれば、思い描いていた戦略目標はどちらも達成されないことになってしまう。

中国に対するアメリカの注意力が落ちることは日本の利益にもならない。
アフガン撤収がテロの拡大というパンドラの箱を開けることになるのか、注視していく必要があるだろう。

◆「自分の国を自分たちで守らない国には…」

一方、前述の海軍関係者が指摘したのはテロではなかった。
「おまえはアメリカが本当に助けにきてくれるかどうかを気にするが、自分の国を自分たちで守らない国にはアメリカは助けに行けないよ。バイデン大統領が言っていることはそういうことだ。」

バイデン大統領が会見で語気を強めた箇所がまさに、この海軍氏が指摘した点だった。
「アフガン国軍自身が戦おうともしない戦いで、アメリカ人が死んだり戦ったりすることはできないし、するべきでもない。」

会見でバイデン大統領は「あれだけアフガン軍に支援したのに」と恨み節を隠そうともしなかった。武器を与え、給与まで支払った。30万人規模に育て上げ、それはNATO諸国のどの軍よりも大きい規模だ。しかし、規模が大きくても戦う意思がなければ、どうにもならない。

戦う努力をしない味方に差し伸べる救いの手はない。なぜ、そんな味方のためにアメリカ人が犠牲にならなければならないのか。まさにこの苛立ちが、あれだけ撤退の手法を批判しても、アフガン撤収そのものには共和党も民主党も一致して賛成である理由なのかもしれない。

これを尖閣有事や台湾有事に置き換えると、どうだろう。
「まず自分で自分を守る努力をしなければ、助けに行かないよ」という強烈なメッセージになっているようにも読み取れる。

人権を語っていても、国益に基づいて行動したアメリカ。
今後もアメリカの対中国、対アジア政策を左右するかもしれないアフガン情勢。
そして自助努力をしないパートナーにいら立ちを見せたアメリカ。

アフガニスタンという遠い国の混乱は、アメリカを媒介にして、この日本にも、強烈かつ示唆に富むシグナルを送っている。

ANNワシントン支局長 布施哲(テレビ朝日)

こんな記事も読まれています