対テロ戦争を後押しした米国メディア 日本への教訓[2021/09/18 10:30]

2001年10月の開戦から約1カ月でタリバン政権が陥落すると、アメリカは攻撃ターゲットをイラクへとすぐにシフトさせ、2003年3月、イラク戦争へと突き進んだ。

筆者は、2001年から2003年まで、アメリカ・ジョージア州アトランタに特派員として勤務。当時、テレビ朝日は海外支局を提携関係にあるCNN本社の中にも置いていたことから、筆者はCNNのミーティングにも参加し、頻繁にやり取りを重ね、アメリカメディアを内部から観察する機会も得た。(テレビ朝日アトランタ支局は2003年に閉鎖)。

2つの戦争の中で、高まる国民の愛国心=ナショナリズムを背景に、アメリカメディアは様々な問題、ジレンマに直面した。それはいま振り返っても、我々日本メディアに貴重な教訓を与えてくれる。

◆不人気だった大統領から一転して…

フセイン政権を崩壊させたものの、武力行使を正当化する根拠のひとつとした大量破壊兵器そのものも、また証拠も見つからず、アメリカの権威と信頼は大きく失墜した。しかし、開戦まで、ブッシュ政権を少なからず後押ししたのは、アメリカの世論とメディアでもあった。

同時多発テロの前年、2000年の大統領選挙では、ブッシュ氏は民主党のアル・ゴア氏に一般投票では50万票以上の差で負けながらも、最終的に大統領の座を勝ち取った。そうした経緯から、ブッシュ氏に対しては、大統領としての資質だけでなく、正当性にも疑問符がつけられていた。

それが一転、テロの直後に支持率は急上昇する。調査会社ギャラップの調査では、51%だった支持率は90%にまで跳ね上がった。

CNN、FOXニュース、MSNBCといった24時間のケーブルニュースネットワークは、同時多発テロと戦争報道で、軒並み視聴率を伸ばしていく。その視聴率競争を制したのは、テロの5年前に開局したばかりのFOXニュース(以下、FOX)だった。

◆テロをきっかけに台頭した保守メディア

トランプ政権では、「トランプ氏のチアリーダー」とも言われたFOXは、「メディア王」として知られるルパート・マードック所有のニューズ・コーポレーションによって1996年に設立され、当時すでに、「米政権のチアリーダー」として知られるようになっていた。

戦争がはじまると、画面上に星条旗をたなびかせ、アメリカ軍を「わが軍」と呼び、ブッシュ政権支持、つまり好戦的な報道を連日続けた。同時多発テロの翌年の1月には、平均視聴世帯数で初めてCNNを抜き、その後、FOXの独走態勢が継続するようになる。

ブッシュ政権や戦争への支持を明確にするFOXの報道ぶりは、他国のメディアにとっても衝撃的なものだった。当時、イギリスの公共放送BBC会長だったグレッグ・ダイク氏は2003年4月にイギリスで行われた講演で、「あまりに(政府に)追随的で、公平性を欠き、アメリカメディアの信頼性を脅かした」と、苦言を呈した。

筆者は、トランプ政権下での2017年から2020年、ニューヨークに駐在して再び米ニュースネットワークをウォッチする機会を得たが、この時には、FOXがトランプ支持を鮮明にしていたのに対し、MSNBCは反トランプの急先鋒とされ、CNNはFOXとMSNBCの間で、どちらかというとMSNBC寄り、とアメリカでは一般的に言われていた。

しかし、同時多発テロに対する事実上の「報復」だったアフガニスタン戦争だけでなく、一部の国が反対していたイラク戦争でも、戦争に反対するような論調は、当時、主要テレビメディアではあまり見られなかった。CNNの画面上にもFOXと似たような星条旗が取り入れられるようになり、「CNNのFOX化」が進んでいるようにすら思われた。

◆「ナショナリズム」に配慮したCNN

アフガニスタンへの攻撃開始直後の2001年10月末、CNNが内部に出したある通達が、他社の報道で大きく取り上げられた。

CNN幹部がスタッフ宛に送ったメモには、「アメリカの軍事行動は、5000人(当時の推計)の罪なき市民の命を奪ったテロ攻撃への対応であることを忘れてはならない」と書かれている。そして、ニュースでアフガニスタンの被災状況を伝える際に、「武力攻撃の結果起こったことは、タリバン側にもともとの責任がある」というコメントを付け加えるよう徹底を図った。

当時の筆者のメモを見返すと、この対応について、一部メディアからの批判だけでなく、1991年湾岸戦争当時のCNNの武勇伝を知る古参のスタッフからも、上層部の決定に疑問の声が上がっていた、と記されている。

ニュース部門を率いていたイーソン・ジョーダン社長(当時)は筆者のインタビューに対し、「常に公平な報道を心掛けている」と強調しながら、「国民もこのテロを起こした者たちに対し、断固とした行動を起こすことを強く望んでいる」として、一連のテロ報道で、これまでの戦争とは全く違う国民感情への配慮もあったことを認めている。

◆史上初の「戦場からの生中継」

イラク戦争では、米軍とメディアの「一体化」という問題も生んだ。

2003年頃、米テレビ界では「リアリティー番組」がブームになっていたが、戦争報道は「最もリアルで視聴率が取れるリアリティー番組」だと、皮肉交じりに称された。製作者は国防総省とテレビメディアだ。

米国防総省はイラク戦争への従軍取材を広く受け入れ、記者に対して開戦前に「戦争トレーニング」まで施した。

筆者は当時、バージニア州の米軍基地で記者を対象に行われた「訓練」を取材した。紛争地での行動の仕方、巻き込まれてけがをしたときの対処方法などが中心だったが、訓練中、軍が設置した模擬爆弾で記者が負傷する事態も目の当たりにした。参加していた主要メディアのエース記者たちは、概ね従軍取材に前向きだった。

競争が激しいアメリカメディアの中で、「従軍取材」は記者個人にとっても、組織の中で自分の能力や存在をアピールチャンスでもある。

そして2003年3月にイラク戦争に突入すると、米メディアは競って戦場の様子を生で伝えた。

CNNも、中東に約200人のスタッフを送り、最新鋭の衛星アンテナを使った「ビデオフォン」といわれる機材で、海兵隊が地上を進撃する映像をリアルタイムで報じた。そして戦況を米軍が、ハリウッドデザイナーが装飾を手掛けたカタールにある会見室から発表したことも話題になった。

テレビ各局は、米軍の勇ましい快進撃を生で伝える一方で、イラクの国営テレビが放送したイラク人の被害状況や、米兵がイラク人を殺戮している映像については、放送に一定の歯止めをかけることが多かった。背景には、ブッシュ政権の度重なる圧力もあった。

◆強烈な世論(視聴率)に流されず客観報道ができるのか

イラク戦争でアメリカのメディアは、同時多発テロを受けた国民感情、「愛国心」の高まりに配慮したことで、全体として、戦争に対する歯止めの役割とはならなかった。さらに戦争開始後も、米軍の戦況と比較し、イラク軍やイラク国民の被害状況についての報道は圧倒的に少なく、客観性、公平性に欠けるという指摘も上がった。

こうした状況は、1990年代後半から2000年代頭にかけて、新たな24時間ニュースネットワークの設立や、メディアの大型買収が相次いだことで、テレビメディアにおける視聴率競争が激しくなったこととも無縁ではない。

そして、現在、報道において、イラク戦争時と決定的に違う点がある。それは、SNSの存在だ。2000年代初頭には報道機関やフリージャーナリストらのテレビカメラが現場に入らないと、映像は世界に伝えられなかった。しかし今、SNSがより早く情報や映像を発信し、それをもとにテレビも含めた既存メディアが報じるということも日常的になってきた。

もはや政府もメディアも、情報を独占することはできない時代。SNS社会の到来で、「発信者」が増え、多角的な情報が伝わりやすくなった反面、強い国民感情も共有されやすくなり、それによる「分断」も生まれている。

戦後70年以上経ち、日本の安全保障環境も変わりつつある。2015年に成立した安全保障関連法により自衛隊の役割も拡大した。そして今、日本周辺での軍事的緊張はじわりと高まってきている。

米中対立が深まる中で、中国は尖閣諸島や台湾周辺での軍事活動を活発化させている。そして北朝鮮も9月15日、短距離弾道ミサイル2発を日本海に向けて発射するなど、挑発行為を再び見せ始めている。

有事の際にテレビ報道ができることは、そしてなすべき役割は何か。対テロ戦争における米メディアが示した問題は、我々もいつか直面する日が来るかもしれない。歴史を踏まえ、さらに新たな環境に対応できるか、我々は常に問われ続けている。
(了)


テレビ朝日 外報部デスク 新谷 時子
2001年から2003年までアトランタ支局特派員。その後、政治部、経済部記者などを経て、2017年から2020年までアメリカ総局長。

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