中国・武漢では約2年前、世界で初めて新型コロナ感染爆発が起き、当局の発表では約5万人が感染、4000人近くが死亡しました。武漢はどう変わっているのでしょうか。街の今を取材しました。
臨時の野戦病院となったホールは今、ワクチンの接種会場になっていました。子ども向けの接種も行われています。
8月中旬以降、市中感染は確認されていません。中国全土から多くの人が訪れ、人影が消えていた街も、休日にはにぎわいを見せるようになっています。長江を行くクルーズ船は満員の乗客を乗せていました。
観光客:「2年前にコロナは流行しましたが、ここには英雄の武漢市民がいます。コロナに打ち勝った勇敢さに触れたい」
世界で初めてクラスターが起きたとされる海鮮市場。今回、建物の中に入ることができました。市場の2階には、数多くの眼鏡問屋が今も軒を連ねています。市場が取り壊されるとの報道もありましたが、中では呼び込みの声が響いていました。
眼鏡問屋:「(Q.商売の調子はどうですか)コロナの前の方が良かったよ。今はコロナの後で、人が少なくなりました。(Q.1階の市場は取り壊されるのか)それはデマですよ。1階の店は全部引っ越しました。ここは安全ですよ」
1階の市場へ降りる道は封鎖されていました。
当時、市場で働いていた人に会うことができました。
海鮮市場で働いていた人:「隣の店の人が感染して、そのうち良くなりました。他にすっぽんを販売している人が、年齢は50歳くらいですが、彼女の夫が亡くなりました」
最初の感染者は、市場で売られていた野生動物を介して感染したという説は根強く存在します。
海鮮市場で働いていた人:「野生動物説には賛成しません。海鮮市場には十数年いたけど、野生生物が原因だったら、とっくに出ていたはずです」
コロナの発生源をめぐっては、中国側にとって敏感な場所は他にもあります。ウイルスが流出した可能性があると、アメリカ政府が指摘している研究所です。
WHО(世界保健機関)は今年初めに武漢を調査。発生源の特定には至っていませんが、ウイルス研究所からの流出は極めて考えにくいとしました。
中国政府は、コロナの発生源が「武漢とは限らない」と一貫して主張。武漢は「コロナに勝った街」として、
アピールしてきました。
こうしたなか、当局の不手際を追及する声がかき消されようとしています。
張海さんは、父親をコロナで亡くしました。父親の立法さんは、ロックダウンの直前の去年1月、骨折の治療のため、武漢市内の病院に入院。そこでコロナに院内感染し、2月に亡くなりました。
張海さん:「もし武漢市政府が感染情報を隠ぺいしていなかったら、父親は絶対に死ななかったと思う」
地元政府に対し、謝罪や賠償を求め、習近平主席宛に嘆願書を送ったこともありました。すると、自宅に警察が来て、取り調べを受けるなど、当局からの圧力が強まったといいます。
尾行されることも度々ありました。当局の圧力は、今も続いているといいます。
張海さん:「武漢警察は、私の銀行カードを調査した。そのせいで、今すべてのカードに制限がかかっている」
最近、ネットでの銀行取引ができなくなりました。張海さんは、これも圧力と受け止めています。
この2年をどう感じているのでしょうか。
張海さん:「今の私の気持ちは怒りです。流行から2年が経ち、表面的な生活は回復した。しかし、被害者や罪なく命を落とした人々は永遠に戻らない。私1人になっても頑張り続ける。地位の高い人であれ、一般人であれ、皆平等なはずだ」
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