「ロシアに勝利の可能性なし」“FSB情報員の手紙”―真偽論争が続くその内容とは[2022/03/22 20:00]

(文中敬称略)
 ロシア軍の停滞について、さらに情報機関の失敗についても、さまざまな情報が出てきている(「苦戦するロシア軍 ある司令官の死で露呈した通信システムの脆弱さ」参照)。

ここに紹介するのは、ロシアFSB(連邦保安局)情報員の手紙とされるものだ。オランダのオープンソース・ジャーナリズム「ベリング・キャット」の代表クリスト・グローゼフが3月6日Twitterで公開したもので、反プーチンのサイトGulagu.ruの創設者が入手し4日に公表したこの手紙を、グローゼフは現役と退役のFSBそれぞれ1人ずつに見せ、二人とも「内容には同意できない点があるが、FSBに勤務する者が書いたことは疑いない」と語った、としている。(手紙の宛先は明かされていない)
グローゼフは、英国で起きた元情報員父娘の毒殺未遂事件容疑者についての調査報道でも知られ、2019年のヨーロッパプレス賞など数々の賞を受ける評価の高いジャーナリスト。彼が紹介し、本物と信じる、としたこの手紙の内容は英国のThe Times紙がすでに3月7日に報じていて、Daily Mail紙、共同通信などが転載している。

この「手紙」については、グローゼフのTwitter上で、真偽論争が今も続いている。ある単語について「FSBで使う用語と違う」、「ウクライナ語“訛り”があり、ウクライナ情報機関が流布したのでは」など、決着がついていない。実際、ウクライナの情報機関はこれまでもフェイク情報を流したことがある。

翻訳はロシア語原文から筆者が行ったが、一部省略し、適宜記述を簡略化した。ロシア語本文と英文翻訳、そして公表のプロセスについては、グローゼフがTwitter(@christogrozev)で公開している。この手紙の公表からすでに2週間以上が経過していることと、真偽論争が継続中であることを前提にして読んでいただきたい。筆者は、公開後に明らかになった情報や、現在の戦況との整合性から、この手紙の内容に注目している。

ANN元モスクワ支局長 武隈喜一(テレビ朝日)

===以下、“手紙”===”
本当のことを言おう。最近ほとんど寝ていない。ほとんどいつも現場だ。頭が少しクラクラする。霧の中にいるようだ。疲れ切ってしまっていて、ときどきすべてが現実ではないような状態だ。
パンドラの箱は開けられてしまった。夏までに世界規模で本当に恐ろしいことが起こるだろう。地球規模の飢餓は避けられない(ロシアとウクライナは世界の主な穀物供給地だ。今年は収穫も少ないし、その結果起きる問題は極限の破局を招くだろう)。
 この軍事行動をどうやって上層部が決定したのかはわからない。でもいまわたしたち(連邦保安局)は追い立てられている。分析は罵られている――これはわたしからすれば決して正しくはない。
 最近わたしたちは徐々に指導部の求めに合わせた報告をするよう圧力を受けていた。政治顧問やら政治家やら、その取り巻きたち、影響力のある連中がひどい混乱を作り出していた。
 一番重要なことは、誰もこんな戦争が起きると知らなかったことだ。誰からも秘密にされていた。誰もこんな戦争が起きるとは知らなかった。だから誰もこんな制裁に備えていなかった。これは秘密主義の一面だ。誰にも知らされないのだから、考慮のしようがない。
 電撃作戦は失敗した。与えられた課題を果たすのは、もう不可能だ。最初の1日か3日でゼレンスキーや政権幹部を捕まえ、キエフの主な施設を押さえ、降伏文書を書かせていたら、抵抗は最低限で済んだだろう。しかしその後はどうする? こうした理想的な想定でも解決できない問題があった。誰と交渉するのか、という問題だ。ゼレンスキーを排除したとしても、誰と合意を署名するのだ。ゼレンスキーと合意署名したとしても、彼を排除したら、合意書はただの紙切れだ。〈生活のための反対党〉は協力を拒否した。メドヴェドチュークは意気地なしで逃げた。ボイコというナンバーツーがいるがボイコはわれわれと協同することを拒否している。ツァレフを戻してもいいが、ツァレフには親ロシア派さえ反対している。ヤヌコヴィチを戻すか? どうやって? 占領する? それだけの人員をどこから持ってくるのだ。警察司令部、憲兵隊、内通者取り締まり、警備隊――現地の最低限の抵抗を見積もっても50万人かそれ以上の要員が必要だ。補給は別にしてもだ。人数不足を質の悪い者で補おうとすると、すべてを台なしにする。これは理想的な想定である。そんな理想的な状況はない。
 ではどうするか。動員令は二つの理由で宣言できない。
1)大規模動員はロシア国内の状況、政治的、経済的、社会的状況を悪化させる。
2)ロシア軍はロジスティックスが過剰に重荷になっている。大きな軍部隊を何度も送るとどうなるか。ウクライナは大きな国だ。われわれに対する憎悪はいまや渦を巻いている。道路は通行不能で補給部隊は立ち往生するだろう。行政もうまくいかないだろう。混沌だ。

損害については誰も知らない。最初の二日間はまだコントロールが効いていたが、いまはどうなっているのか誰にもわからない。大規模な部隊が通信連絡を失っている。司令官さえも、何人死んで何人捕虜になったかわからない。死者は何千人の単位だろう。1万を超えるかもしれない。司令本部では誰も正確には知らない。
もうゼレンスキーを殺しても捕虜にしても、何も変わらない。われわれに対する憎悪のレベルはチェチェンと同じだ。われわれに忠実だった人までも反抗している。計画を立てたのは上層部で、まさかわれわれが攻撃されるなどということが起きるとは言われていなかった。言われていたのは、最大限の脅威を作りだし、必要な条件で平和裏に合意することだった。なぜならば、われわれは最初は、ウクライナ国内でゼレンスキーに対する反対行動を準備していたからだ。直接侵攻することは考えていなかった。
これからは市民の損害は幾何級数的に増えるだろう。われわれに対する抵抗戦も強まる一方だろう。歩兵を市街に入れるのは失敗した。二十の降下部隊でなんとか成功したのは一隊だけだった。
包囲戦を行うか? ここ数十年の欧州の経験では(セルビア)、包囲されても何年にもわたって町は機能する。
一応のデッドラインは6月までだ。一応、というのは6月にはロシアの経済も何もかもすっからかんになるからだ。来週にはどちらかが折れて出るだろう。この極度に緊張した状況はこれ以上ありえないからだ。本能で行動し、感情で行動するーーしかしこれはポーカーではない。賭け値は上がっていくばかりだ。ひょっとして何かが当たることもある、という希望で。ただ困ったことにたった一歩ですべてを失う可能性もある。
ロシアには出口がない。勝利の可能性がないのだ。敗北は大いにありうる。弱い日本に蹴りを一発入れて、早々に勝利してしまおうとしたが、戦争を始めてみると軍は負け戦を続けた前世紀初頭とまったく同じことが繰り返されてしまった。
良いことと言えば、われわれが「牢人」たちを大量に前線に出すことを食い止めたことだ。囚人や「社会的不適合者」を前線に送ると軍の政治的道徳的な精神が堕落する。敵は恐ろしいほど戦う意欲に燃えている。戦闘もできるし、中級司令官も豊富だ。武器もある。支援もある。……
誰が「ウクライナ電撃作戦」を考えついたのは知らない。もし実行計画が提示されていたら、われわれは最低でも、当初計画には議論の余地があり、多くの点で再確認する必要がある、と指摘しただろう。たいへん多くの点を。いまではわれわれは首まで糞に埋まってしまった。そしてどうしていいのかわからない。「非ナチ化」「非武装化」というのは分析的カテゴリーではない。それが達成されたかどうかの明確な基準がないからだ。
今後、待ち受けるのは愚かな補佐官が経済制裁を弱めるよう欧州と紛争を始めるよう上層部を説き伏せることだ。経済制裁を弱めるか、あるいは戦争か。もし拒絶されたら、その時は1939年のヒトラーのように、真の国際紛争になるだろう。後世、われわれの”Z”はナチスのカギ十字と並べられるだろう。
限定核の確率はどうか? 軍事目的ではなく、脅しのためだ。そしてすべてをウクライナのせいにするだろう。現在、連邦保安局は坑道を掘っている。ウクライナが秘密裏に核兵器を作っていたと証明するためだ。
 わたしはプーチンが、世界を破滅させるために「核ボタン」を押すとは思わない。
第一に、上層部では一人の人間が決定を下すのではない。最後には誰かが「ジャンプ」するのだが。人は多い。「一人の核ボタン」というものはないのだ。第二に、核がうまく機能するのかについて疑念がある。管理の透明性が高いほど欠点を明らかにしやすいが、上層部では誰がどう管理しているのか不明だ。すべてがいつもなにか変なのだ。核ボタンのシステムがデータ通りに機能するという確信はない。しかもプルトニウム弾は十年ごとに交換しなければならないのだ。
 そして第三に、議員やもっとも身近な閣僚さえ自分のそばに寄せ付けない人間に、核のボタンを押して自分を犠牲にする決意があるとは思えない。それがコロナウィルスへの恐怖なのか、襲撃されることへの恐怖なのかは問題ではない。もっとも信頼する人さえ近づけない人間がどうして自分自身と近しい人間を破滅させようと決心できるだろうか。

画像:グローゼフ氏とツイッターへの投稿

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