プーチン大統領は「核を使えない」? 情報分析のプロ指摘 クーデターの可能性は[2022/05/20 18:00]

プーチン大統領は「核を使えない」? 情報分析のプロ指摘 クーデターの可能性は――

イギリスのスカイニュースのインタビューに答えて、ウクライナ国防省の諜報部門トップのブダノフ准将が、ロシアの軍と治安機関の上層部でプーチン大統領に対する「クーデター計画」が進行していると伝えたのは5月14日のことだった。
ブダノフ准将はその具体的な根拠を示さなかったが、ロシア軍の打ち続く敗北が、最終的にはプーチン大統領を引きずりおろす策動につながると見ていて、「この動きはすでに始まっている」と話した。

同じようにプーチン政権内の異変を指摘する人物がいる。
オランダに拠点を置くオープンソース・ジャーナリズム「ベリングキャット」のクリスト・グローゼフ氏だ。
ロシア・ウクライナ情勢に関する様々な情報を分析してきたグローゼフ氏は、Radio Svobodaの番組”Grani Vremeni”(5月16日)で、プーチン大統領と軍・治安機関上層部の溝は確実に深まっていて、「明らかに対立が起きている」と語ったのだ。


■ プーチン“側近”が抱く恐怖と不安

クリスト・グローゼフ氏が代表を務める”ベリングキャット”は、ネット上にアップされるオープン・ソースの情報を積み重ね分析する手法で、権力が隠ぺいする「ファクト」をあぶりだしてきた。
2014年にウクライナ東部の親ロシア派支配地域で発生したマレーシア航空17便墜落の「撃墜犯」や、幾人ものジャーナリストや反体制活動家の殺害を企てたクレムリンの「暗殺部隊」を明らかにするなど、その活動は国際的に高く評価されている。

(グローゼフ氏の報道については3月22日に公開した「『ロシアに勝利の可能性なし』FSB情報員の手紙」でも紹介した。また、ベリングキャットについてはE・ヒギンズ著『ベリングキャット――デジタルハンター、国家の嘘を暴く』筑摩書房、に詳しい)

いま「ベリングキャット」が積極的に行っているのは、ロシア軍の戦争犯罪の事実を明らかにして戦争犯罪人たちを法廷に立たせるための証拠と証言の収集だ。
そうした作業の中で、グローゼフ氏のもとにはプーチン政権の異変を示唆する様々な情報が集まってきているようだ。

グローゼフ氏によれば、プーチン政権の軍・治安機関上層部は、これまでプーチン大統領の庇護の下、汚職まみれで私腹を肥やし、法を超えた特権を得てきていたが、それが今回のウクライナ侵攻によって、ことごとく失われてしまう恐怖と不安に直面している、という。
「プーチンの側には利益誘導できる元手がもうないのだ。2014年のクリミア半島併合の時は、プーチンの取り巻きとオリガルヒ(新興財閥)とで、風光明媚な保養地クリミアを分け合ったが、この戦争では分捕るものもない」。

その結果、今後政権の上層部で危機感が深まることは確かだとグローゼフ氏は見ている。
「最近はクレムリンの情報を盗み出すハッカーからもさまざまな情報が出回っているが、プーチン周辺の不満は高まり、この戦争に皮肉を言う者も出てきている。プーチンが戦争を始める決定を下したことに対して激しく批判する者もいる。対立があることは明白で、今後プーチンがどういう行動をとるかが注目だ」。

■ 「参謀本部に戦略も戦術もない」と批判の声

こうしたプーチン政権中枢の情報について、グローゼフ氏はどのように信ぴょう性を確認しているのか。
Radio Svobodaのインタビューでグローゼフ氏は、「治安機関はわざと偽情報を流すが、良質のファクトと偽情報をどうやって見分けていくのか」という質問に、「最初はすべて偽情報だと疑ってかかり、意外に思われるような方法を積み重ねて、仕分けしていく。二重三重にチェックしていくことで、小さな情報が価値あるものになることがある」と答えている。

その例として、FSB(連邦保安局)の第五局局長がウクライナでの事前の工作活動の失敗を責められて自宅監禁に置かれたという情報(「苦戦するロシア軍 ある司令官の死で露呈した通信システムの脆弱さ」3月17日参照)について、「最初は偽情報かと疑った。しかし複数の筋から入ってきたため、その人物に関係する親類縁者に電話をかけまくった。その時つながったいくつかの電話が半日後か一日後に突然つながらなくなったりしたため、情報の信ぴょう性が高まったと判断し、調査を続けた」とその地道な調査方法の一端を明かしている。

また、最近急増しているハッカーからの情報についても、グローゼフ氏は「このウクライナ戦争は、主権国家ではないハッカーなどのさまざまな諜報集団が、これまで国家機関では考えられなかった手法によって戦争の行方に大きな影響を与えている最初の出来事だ」と評価している。

こうした情報を分析した結果のひとつとして、政権の基盤を支える「シロビキ(力の組織)」のエリート層で、今後プーチン大統領への不満はさらに高まる可能性があるとグローゼフ氏は指摘する。
「国防省やFSB(連邦保安局)の高官たちは多くの情報を得ているので、この戦争が負けていることはわかっている。
第一段階はすでに負けた。第二段階も勝てるかどうかわからない。
この戦闘を現地で戦った民間軍事会社ワグネルの傭兵までもが、『将軍連中にも参謀本部にも戦略も戦術もない』、とコテンパンに非難している通りだ」。

そのため、幹部の間では、ペシミズム(悲観論)が広がっている、とグローゼフ氏は言う。
「国防省やFSBの上級将校たちは、勝機を得るためにはすべてのロシア国民を戦争態勢に引きずり込む国民総動員が必要だと考えている。しかし、それをやればロシア社会が暴発しかねないため、プーチンが総動員体制を敷かないこともわかっている。だから、彼らの間にはペシミズムが広がっているのだ」

■ プーチン氏が核使用を「ためらう」理由

こうした幹部たちとの「溝」が、プーチン大統領に核兵器のボタンを押すことさえもためらわせる要因になりうるのだと言う。

「あと1万人のロシア将兵を死亡させるより、化学兵器や核兵器など、極端な戦術を使うべきだと考える軍人もいる。
プーチンが核兵器使用の命令を下す場合、後に続く者すべてがそれを実行する、という確信がなければならない。だが、プーチンが戦術核兵器の使用を命じた時、命令を拒否する者が出る可能性もある。
核ボタンにつながる5人の手のうち、一人でもボタンを押すのを拒否すれば、それは『お前には従わない』というシグナルだ。それが連鎖していけば、プーチン自身の肉体的な抹殺につながる恐れだってある。クーデターにつながる可能性だ。
だから、全員が自分の命令に従うという確信がない限り、命令は出せないのだ」。

「皇帝」を頂点としたピラミッド型の命令システムは、その一角が崩れ出すと、ピラミッドそのものが崩壊する危険性がある、とグローゼフ氏は指摘する。

「なぜ、こういった確信をプーチンがもてないのかといえば、それは、数カ月後も彼が権力の座にいるかどうかを不安視しているシロビキ(力の組織)たちが醸し出す『空気』を、プーチン自身が感じているからだ」。

そして最も深い不安を抱えているのが、皮肉なことに、プーチン大統領の出身母体である諜報機関なのだという。
「最もたくさん正確な情報を持っている部署のエリートが最も不安を感じている。つまりGRU(参謀本部情報総局)とFSBの幹部だ。
FSBはロシア側の死傷者の正確な数を知っているし、戦死者や消息不明者の母や妻たちから、ひっきりなしに軍検察やFSBに手紙が届いていることもわかっている。これがコントロール不可能なことも理解している。このエリートたちは現政権が危険水域にあることを知っている。
彼らの中には家族を国外に出したりして、自分たちの将来を守ろうという動きも始まっている。汚職で得てきた大金をドルやユーロに替える人もいる。
彼らはプーチンのイデオロギーに従っていないのだから、このこと自体がすでに反逆行為の始まりと言えるだろう」。

ANN元モスクワ支局長 武隈喜一(テレビ朝日)

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