「今後は厳しい『陣地戦』に」ウクライナ元参謀本部将校が分析 西側供与兵器どう使う[2022/06/07 18:00]

ロシア軍のウクライナ侵攻から6月3日で100日が過ぎた。
ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーが1941年6月、独ソ不可侵条約を破りソ連に対してバルバロッサ電撃作戦を開始した時には、100日でモスクワ近郊に迫る進撃を続けた。
ウクライナ東部のドンバス戦線は、膠着状態が続いている。欧米からのウクライナ軍への最新兵器の供給は大幅に遅れ、戦況にも影響を与えているようだ。
これまで2度取り上げた元参謀本部将校オレグ・ジダーノフ氏が、ウクライナのテレビやネット番組で最前線の戦況と、欧米からの武器供与の遅れなど、今後の焦点について語っている中から、今回はUkraina24とUKLifeTVでの発言(6月4日)をまとめた。
ジダーノフ氏は非公式ながら、ウクライナ参謀本部のスポークスマン的役割を担っていて、その的確な分析と分かりやすい解説で人気を博している。最近では自分のウェブサイトを開設し、毎日の戦況と、ユーザーからの質問に答えている。

元ANNモスクワ特派員 武隈喜一(テレビ朝日)

◆ これからは精神的にきつい「陣地戦」になる

ロシア軍侵攻から100日が経ったが、いちばん重要なことは、軍事侵攻によって政治的にウクライナを転覆させるというロシアの主要な目論見を打ち砕いたことだ。こうしてキーウからニュースを伝え、ウクライナ国旗を掲げていられることが、その成果の証明だ。「世界で二番目の軍隊」と戦いながら、ウクライナ国家は存在を続けている。

5月末からはロシア軍が全力で多方面からルハンシクを攻撃し、戦況はたいへん厳しかった。ウクライナ軍がセベロドネツクをすぐに奪還することはできないだろう。橋が爆破されて落とされており、渡河を難しくしている。激しい市街戦が続いているが、前線は膠着状態だ。ウクライナ軍はロシア軍の攻撃を食い止めて街の一部は奪還している。
リシチャンシクについて言えば、防御を固めて要塞化し、両翼を固めてロシア軍が包囲できないようにしている。ルハンシクが取られてもドネツクは防御できる。

しかしこのあとすぐに反転攻勢にでられるわけではない。
今後1カ月かそれ以上、陣地戦が続くだろう。陣地戦は防御戦より精神的にきつい。ロシアは全戦力を投じて圧力をかけ、ウクライナ側をなんとか停戦協議のテーブルにつかせようとするだろう。
だがロシア軍が兵力を補充することは難しい。撃破されたBTG(大隊戦術群)の残余の兵を集めて再編し、前線に投入する程度だ。
ロシア軍の状況は悪化するだろう。6月半ばで短期契約切れを迎える契約兵がでてくるはずだ。法的には「契約期限が終了したので帰任する」と言えるのだが、「そうはいかない。小銃を持って塹壕に入れ」と言われた例がいくつもあるのを知っている。
またこの時期には療養していた負傷兵が松葉杖をつき、車椅子に乗って故郷に戻ることになる。多くの若者が戦場に出て傷病兵となって戻る光景は、ロシア社会にとって衝撃になる可能性がある。

ロシア側も作戦上の再編が必要だ。セベロドネツク方面に他の地域からBTGを集中させている。他に投入できる部隊がないのだ。
これからは、どちらの軍が早く、質の高い再編成ができるかという競争だ。この競争に勝った方が次の段階で有利になる。

◆ 「ベラルーシが侵攻してくる前提で準備している」

ウクライナと国境を接する、北西のベラルーシでは、ベラルーシ軍の演習が活発になっている。
ルカシェンコ大統領は、「今日明日にもウクライナ軍がベラルーシに攻め込んでくる可能性があるため、国民義勇軍を組織して国境の守りを固める必要があり参戦できない」とプーチンに説明しているのだが、プーチン側からの圧力は相当なものだ。
プーチンは最後通帳をつきつけて「参戦するか、さもなくば国家元首の座から引きずり下ろす」と脅している。しかし、ルカシェンコは、国内でコンセンサスを作り出さなければならない。
この2年間、抑圧と弾圧を重ねてきたため、国内向けには「ウクライナとの戦争はわれわれの戦争ではない。わたしはベラルーシ国民が戦争に引き込まれないようベラルーシを守るから、ベラルーシ社会はわたしを守ってくれ」というコンセンサスをとりつけようとしている。
しかしプーチンはいざとなったらルカシェンコを排除し、ロシアの「協力者」を政権につけるかもしれない。その「協力者」がプーチンの意向を受けて参戦を命じるというシナリオだ。
ベラルーシ参戦の可能性は五分五分だと思う。われわれとしては、ベラルーシ軍が侵攻してくる前提で戦術を組み立てている。

先日、ゼレンスキー大統領は、一日でウクライナ軍兵士60人が戦闘で死亡し、500人が負傷した、と発表したが、これはセベロドネツクの戦闘での数字だ。ロシア軍が兵力も重火器も集中した過酷な戦いだった。この数字はその時の損耗だ。
しかし、戦闘が100日続いているからといって、この数字を100倍して、ウクライナ側の損失がとんでもなく大きいとみなしてはならない。侵攻の最初の週のウクライナ側の損耗は最低限だった。
ゼレンスキー大統領は軍人ではないから、渡された情報をそのまま口にしたのだろうが、詳しい説明が必要だったと思う。残念だが、この数字は今回の戦争のひとつのエピソードにすぎない。

◆ ロシア軍で“懲罰人事”が始まった!?

プーチンがドボルニコフに代えて新しい司令官を任命したという情報もあるが、現場の司令官を頻繁に変えるのは、軍の統制に混乱をもたらし、現場の士気に響く。参謀本部の作業そのものも不安定化させる。
しかし、米国の情報機関はウクライナ作戦の司令官が誰なのかは明言していない。司令官は単なる交代ではなく、更迭されたとも言われている。
ロシアはいま階級の垂直構造は変えずに、人事異動をおこなっている。実際の役職実務からは引きはがすのに、職位はそのままにしておくのだ。外から見ると何事もなかったかのように見える。垂直構造はそのまま保たれているように見える。
ドボルニコフがいまどこにいるのかは不明だ。

師団レベルでも旅団レベルでも懲罰人事が始まったと言われている。軍事的課題を解決できず甚大な損害を招いたことに対する懲罰人事だ。これは軍の上層部を不安にさせている。次の司令官も同じ目に遭うのではという疑心暗鬼が生じるからだ。
軍内部では地殻変動が起きている。われわれからもロシア社会からも見えないが、エリートたちは戦々恐々としているだろう。
第二次大戦末期の1945年のナチス・ドイツでもまったく同じように、ヒトラーは毎週司令官を替えた。ことに対ソ連の東部戦線では頻繁だった。
頻繁な人事異動がロシア社会にどんな結果をもたらすのか、予測するのは難しい。

◆ 我々は米国からの「最新兵器」を待っている

米国のレンドリース法(=武器貸与法 5月9日成立)による武器の供与は当初の想定より2カ月遅れている。いま受け取っている武器支援はレンドリース法のものではない。レンドリースの支援はまだひとつも来ていない。
われわれは最新兵器を待っている状態だ。現在、ウクライナへ向かって運搬中だ。その兵器に習熟し、反転攻勢の部隊を再編しなければならない。反転攻勢の部隊編成が終了するのは早くとも夏の後半になるだろう。
高機動ロケット砲「ハイマース」はもうヨーロッパには到着した。ウクライナ軍にとっては今日明日にでも欲しい。
いまのウクライナの深刻な問題は、砲弾の不足だ。武器庫が炎上したからだ。ただ、
ウクライナ側にも西側からの武器供与の遅れの原因がある。政府内で誰が武器供与の交渉を仕切り調整し、まとめるかが曖昧なままなのだ。
確認しておきたいのだが、NATOは軍事同盟組織としてはまったくウクライナを支援していない。バイデン米大統領が戦争の最初期に言ったように、「NATOはこの戦争と距離を置く」ということだ。侵攻当初、50トンの燃料を供与してくれたが、NATOそのものからは、その後は一切何の支援もない。
支援してくれている諸国はNATO加盟国だが、各国がパートナーとして個別に支援してくれているわけだ。英国はつねに米国より先に最先端の精密兵器を提供してくれている。それによって、遅れがちな米国の決定を促しているのだ。スロバキアなどの小国も数量は少ないが、できるだけの供与をしてくれている。

◆ 高機動ロケット砲「ハイマース」はクリミア半島にも…

ハイマースは80キロから300キロの射程があり、たしかに米国内では、ウクライナが300キロの射程のハイマースをロシア領に打ち込むと侵略行為になり、世界戦争につながるから、射程は短くしろ、という議論がある。しかし駐ウクライナ米国大使は、どこでどの射程で使用するかはウクライナが決めることだ、と言っている。
ロシア軍の主力は50キロ圏内に配置されているし、予備弾薬、医療、食糧、指令部も補給の鉄道駅も50キロ圏内なので、現状では80キロで十分だ。ロシア側は米国がハイマースを提供することにいら立っている。

混乱があるように見えるが、大事な点がある。ゼレンスキー大統領も「ロシア領内には発射しない」と約束したが、欧米各国はいまでもロシアのクリミア併合を認めておらず、法的にクリミア半島はウクライナの国土としていることだ。つまり、1991年時点でのウクライナ領土内で、われわれは自由にハイマースを使うことができる。

この西側仕様の第四世代高機動ロケット砲システムはウクライナには使いこなせない、などと言われているが、ウクライナはクリミア併合が起きた2014年以降のこの8年で、軍ではなくて、技術ボランティアが手作りで第四世代の変換モジュールを開発した世界で最初の国であり、ハイマースを始め、西側のあらゆる兵器に応用が可能だ。

ウクライナでは兵士がいるからといって闇雲に銃を持たせて前線に送りだすことはしない。この戦争は第一次世界大戦ではないのだ。西側の最新兵器が入ってくるのに合わせて訓練し、兵器を扱えるよう訓練して前線に送りだしている。

画像:ジダーノフ氏 UATVのYouTubeから

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