「プーチン体制はウソと暴力の体制だ」 71歳ジャーナリストがロシアの若者と語る[2022/06/19 10:40]

ロシアのウェブサイト 「ソタビジョン」の番組 「シトープロイスホージット(なにが起きているのか)」(6月10日)で行われた、20代の若きジャーナリスト、アルチョーム・クリーゲル氏と、71歳のベテラン、イーゴリ・ヤコベンコ氏(71)との対話。
ヤコベンコ氏は元下院議員で、ロシアのジャーナリスト連盟理事を務めたこともある経験豊かなジャーナリストだ。

そのヤコベンコ氏が、クリーゲリ氏の「ロシアはなぜこうなってしまったのか」という率直な疑問に、社会情勢や歴史を踏まえながら丁寧に説明していく。

対話の後半では、2000年代の経済成長でロシアを軌道に乗せたプーチン大統領が、欧米との対決姿勢を鮮明にして独裁体制を確立していく過程と、今後のロシアについて話が進められている。


◆ 人びとは「情報カプセル」の中に閉じこもっている

アルチョーム  プーチンが大統領となった2000年代は素晴らしい経済成長の時代だった。最新型の洗濯機はある、クルマもある、給料も上がる。もう政治なんかどうでもいいじゃないか、街路に出て「抗議のデモ」をする必要なんてない、と多くの人が考えるようになった。
なぜロシア人はこうも簡単に、「デモなんて必要ない」「政治なんてどうでもいい」となってしまうのか。

ヤコベンコ  「ロシア人」という名前の人がいるわけではなく、それぞれ一人一人が別々の人間だ。デモに出た人もたくさんいる。
ある時は閉鎖される民主派テレビ局への支持のために何万人もがデモをしたし、2011年、2012年には数十万人が議会選挙の不正に対してデモをした。1990年代にも多くの人がデモに出て戦車を止めたりした。
だから「ロシア人は…」という問いの立て方は間違っているとわたしは思う。
ロシア人でもさまざまな人がいる。生き方も育ち方も違う。

たしかに2000年代前半には経済成長があり、ロシア人がこれまで経験したことのない良い生活があった。年金も給料も上がった。しかしおぞましいことも起きていた。
「独立テレビ」は閉鎖された。

わたしは当時ロシア・ジャーナリスト連盟の理事で、「プーチンは自由なメディアの敵だ」と言うと、支持してくれるジャーナリストもたくさんいたが、「なぜ必要のないことにくちばしを突っ込んでいるのだ。仕事も生活も普通にできるし、誰も邪魔をしないのだからいいではないか」と多くの人に言われた。
これが大衆の気分だったと思う。生活も安全も保障されていればそれでいい、という気分だ。

ジャーナリストやクリエーターたちも、海外へ自由に行けるし、自己実現したいなら外国へ行って勉強して職に就けばいい、という気分だった。
こういった状況では「街路に出てデモをしなければ」という、突き動かされるような感覚はなかった。

すでにその頃プロパガンダが進行していたせいもあり、「今日自由が少しでも制限されれば、明日には住みづらくなる」、という意識はなかった。
テレビも「エリツィンの頃はひどかった。プーチンのおかげでいまはいい生活だ。プーチンに反対するということは、この良い暮らしに反対することだ」と吹聴していた。

生活水準の向上はプーチンのおかげではなく、前の時代からの経済対策の結実だという人もあったが、これは証明するのが難しい問題だ。

人びとはテレビばかりを見るようになり、まったく別の「情報カプセル」の中に閉じこもってしまった。
一度「情報カプセル」の中に入ってしまうと、別の視点で世の中を見ることができなくなってしまう。
一人の人間に対しても、そこからひっぱりだすのは難しいのだから、数百万人もが同じ「情報カプセル」に入ってしまっては、もうお手上げだ。

だが、ロシア人だけがファシズムの誘惑に屈したわけではない。
ドイツ人もイタリア人も日本人もファシズムの誘惑に負けた歴史を持つ。オーストリア人もハンガリー人も負けた。
ファシズムの誘惑は共産主義の誘惑同様、きわめて深刻な誘惑だ。

◆ あの日、プーチンは西側に果たし状を叩きつけた

アルチョーム  2010年代はクリミア、ウクライナでロシアは集団ヒステリーのようだった。チェチェン紛争と2008年のグルジアとの戦争の後だったから、そのヒステリーもわかる。でも、こんなことになるとは思わなかった。

ヤコベンコ  ロシアの孤立主義は2007年のミュンヘン安全保障会議でのプーチン演説で表明されたものだ。ロシアの「孤立主義的ファシズム」はこのミュンヘン演説から始まった。
西側に果たし状を叩きつけ、ロシアは西側の価値観や秩序など認めない、ロシアは自分たちの道を行く、という演説だった。

プーチンのキャリアには三つの段階がある。
第一段階は「不正汚職時代」。恩師サプチャク市長の下でペテルブルクの副市長だった1990年代前半から2006年までだ。不正をして盗める物は何でも盗むという泥棒時代。
プーチンにとってはカネがすべてで大統領職など考えてもみなかった。
だが、大統領になってみると、大統領の立場を利用しても「盗み」ができるとわかった。

第二段階は、大統領となった後、権力が生き甲斐のすべてになった「皇帝時代」。大国の皇帝としての権力への固執だ。
2007年のミュンヘン演説はこの第二段階の始まりだ。
自分一人で世界全体と対決しているような気分で、アメリカの一極主義を批判した。

そして第三段階が「戦争時代」。
プーチンは生きている限り戦争を続ける。プーチンは戦争を止めない。

◆ 「敗北の負のエネルギー」を利用するプーチン

アルチョーム  ロシア人は政治に関心ももっていなかったのに、2014年になると急に、「ウクライナだ」「ナチズムだ」「民族主義者だ」といろいろと言い出した。
ロシア人はどうしてそんなことを信じたのだろう。わたしにはウクライナに大勢の親戚がいて、行ったり来たりしていたし、2013年にウクライナに行った時も、別にプーチンへの批判もなかった。

ヤコベンコ  「帝国シンドローム」というのは、「自分たちは他の者より上にいる」という意識だ。貧乏であっても、たとえ酔っぱらって自分の吐いたヘドの中に無様に転がっていても、「俺はロシア人だ。ロシアは偉大だ、だから俺はどんなアメリカ人よりもドイツ人よりもウクライナ人よりも上だ」と意識することだ。

そうなると、どんな嘘でもやすやすと受け入れるようになる。
「ヨーロッパには精神性がなく、すべてが汚濁にまみれていて罪深い。価値はなく、ヨーロッパの人間はみんな病的な異常者だ」――こんなことを簡単に信じ込んでしまう。

なぜなら、これは「帝国の病巣」をやさしく撫でることになるからだ。
「帝国の病巣」とは「ロシアは偉大であり、ロシア人はどんなヨーロッパ人やウクライナ人よりも上位にある。われわれには世界を支配する権利がある」という意識だ。

そして、帝国意識を燃え上がらせることが必要になるのだが、火種はなんでもいい。
テレビの番組でちんちくりんのウクライナ人を呼んでバカな芸をさせて笑いものにする。
ポーランド人がヘマをしてひっぱたかれるのを、自分はトレーナーで裸足にスリッパをつっかけてビールを飲みながら見て、「ポーランド人はバカだなぁ!」と笑う。
自分はあんなバカじゃないし、間抜けじゃない、自分の方が上だ、と内心で思う。自分を誰かほかの人より上だと感じることが快感なのだ。

これは第二次大戦の時のドイツ人の感覚と同じだ。
ドイツ人がユダヤ人に対してやったやりかただ。それが、次には「ユダヤ人がドイツ女を強姦した」という話になる。見たわけでもないのも誰かがそれを新聞に投書する。
それがドイツ人の鬱屈した帝国意識と第一次大戦の敗戦の屈辱感と結びついて、憎悪の火を燃え上がらせる。
敗北の負のエネルギーは「どす黒いエネルギー」だ。この「どす黒いエネルギー」は憎しみの出口を求める。
プロパガンダがその出口を与える。「あいつが原因だ」と。

「ソ連は偉大だった。いまは小さくなった。なんとか征服してでも大きくなろう、ではどこを征服するか… ウクライナ人が悪いのだ」となる。
プーチンが作り出したプロパガンダは「帝国シンドローム」と「敗北の負のエネルギー」を巧みに利用したのだ。

◆ 独裁者の体制が崩壊するなら外部からだ

アルチョーム  わたしたちの世代はヨーロッパ的な快適な生活に慣れてしまっている。携帯電話が欲しいと思えば買えるし、クルマでも時計でも欲しいと思えば買える。品不足で行列を作る時代には戻りたくない。そこそこの自由もある。
これからどんな時代に生きることになるのか。

ヤコベンコ  たぶん新しいiPhoneは買えなくなる。好きなクルマを選ぶことも無理だろう。でもそれに対する反応はさまざまだろう。

ロシアを捨てて他の国に行って自分の人生を組み立てる人もいるだろう。
それから、たくさんいるとは思わないが、抗議に立ち上がる者もいるだろう。
現在、この「特別軍事行動」への抗議は10年から15年の禁錮だ。抗議に立ち上がれば刑期を食らわなくても警棒で殴られたり、何日か拘束されたりするだろう。
それだけでも大変なことだが、治安部隊はデモ鎮圧のためのヘリコプターなどの大掛かりな装備をもっている。
今後の抑圧はたいへん過酷なものになるだろう。抗議活動は難しくなる。

そして、いろいろなクルマが買えなかろうが、この新しい条件に適応しようとする人たちがいるだろう。

現在の体制はウソと暴力の体制だ。
プーチン体制とスターリン体制の違いは、プーチン体制はウソを土台としていることだ。
スターリン体制は暴力を土台としていた。プーチンの体制は土台にウソ、上部に暴力だ。

あなたたちの世代はインターネットの世代で、あまりテレビを見ないだろうが、それでもテレビのウソに汚染されている。
テレビの毒は、親や教師を通してテレビを見ない人にまで浸透してしまっている。

こうした過酷な独裁者のファシズム体制は、内部から崩壊することはない。崩壊するのは外部からだ。
フランコのスペインのように、独裁者の死か、ドイツ、イタリア、日本のように軍事的大敗か、この二つしかない。
いまウクライナ軍はこの体制を崩壊させるために勇敢に戦っている。

アルチョーム  ではプーチンが去った後はどうなるのか。この3か月でロシアの頭脳といえる階層が10万人規模で外国へ出てしまった。この人たちは、外国で職を見つけるだろう。そうなると独裁者が去ってもロシアには帰ってこないのではないか。

ヤコベンコ  ソ連が崩壊した時、亡命者の中には帰ってきた人たちもいた。すべてはプーチンの後で何が起きるか次第だ。
わたしはロシアから出て行って、西側でとんでもなく成功した企業家を知らない。
外国に出たにしても、俳優や作家などの芸術家は結局、ロシア人を相手にしている。
戻ってくる人びとはたくさんいると思うし、国内でも新たな才能が生まれるだろう。

元ANNモスクワ支局長 武隈喜一(テレビ朝日)

画像:イーゴリ・ヤコベンコ氏のSNSより

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