「恐怖を克服し戦争反対を訴え続ける」−−ロシア国内で戦い続けるブロガーの覚悟[2022/06/22 18:00]

3月18日にモスクワで行われた、10万人規模集会「クリミア併合記念コンサート」での熱狂した若い観客の姿や、5月9日の戦勝記念日で、一糸乱れずに「万歳!」と叫ぶ国家親衛隊の姿が強く焼き付いていて、モスクワでは「特別軍事行動」が圧倒的に支持されているような印象がある。
しかし国内にとどまって「戦争反対」を発信し続けるブロガー、イリヤ・ヤーシン氏の観察によれば、2014年のクリミア併合の時のような熱狂や興奮は、今のモスクワには感じられないという。
その一方でロシア当局の戦争反対運動への取り締まりは以前に増して過酷になってきていて、その恐怖感から、市民は行動に出られないのだと指摘する。
ヤーシン氏自身、多くの「反プーチン」集会の仕掛け人として活動してきたが、日々繰り返されるロシア政府のプロパガンダと厳しい取り締まりに直面する苦悩を、ブログや
YouTubeで発信し続けている。(彼のYouTubeチャンネルには129万件の登録者がいる)
モスクワに残って戦争反対を言い続けることの恐怖心を吐露しながら、声を上げ続けることが自分にとっての「戦い」なのだというヤーシン氏。
6月15日のネットチャンネル”ラトィニナTV”でのインタビューをまとめた。


◆行動すればプーチンは「市民に実弾を使うだろう」

「わたしは学者でもないし、専門家でもない。ただモスクワに住み、町を歩き、地下鉄やバスで店に行って普通の人たちと話をするだけだが、主観的な感想としては、戦争を支持する空気は全く見えない。この4カ月で『Z』を掲げたクルマは2、30台しか見かけなかったし、『Z』マークのタンクトップを着た人も2,3人しか見なかった。毎日町を歩いていてこの程度だ。
もちろん役所や企業は別だ。うちのアパートの近くに鉄道省の建物があるが、暗くなると窓に大きな『Z』の文字がライトアップされる。戦争支持の垂れ幕がさがっている役所もある。でもこれは行政の決め事だ。
クリミアを併合した2014年は、モスクワ中が沸き立っていた。クルマの3台に1台はオレンジと黒のストライプのゲオルギー・リボン(ロシアの戦勝を象徴するリボン)をつけていたし、『クリミアは我々のものだ』という手書きのステッカーもあった。現在のモスクワにはそういったものはまったくない。興奮がない。実際、目に見える形では戦争への支持は感じられない。」

その一方でヤーシン氏は、戦争が始まった当初に見られた都市部での反戦集会や「戦争反対」のアピールなどが姿を消していることも事実だと言う。その背景には過酷さを増したロシア当局の取り締まりに対する恐怖心があるのだ、と強調する。

「それは当然だ。デモに出れば警棒で殴られるし、拘留される。みんな怖くなったのだ。法を犯して留置所に入れられるのではないかと心配なのだ。だからと言って、モスクワの住民の多くが戦争を支持しているのか、というと違う。
ウクライナ人はよく、自分たちは2014年のマイダン革命でヤヌコビッチ大統領を引きずりおろしたし、はるかに決然と行動した、ロシア人は抵抗もしない、もっと過激に行動すればいいのに…と言ってわれわれを非難する。でも考えてみて欲しい。ヤヌコビッチとプーチンを比較することはお笑い草だ。ヤヌコビッチは市民を撃つ決心はつかなかったが、プーチンが市民に対して実弾を使わないと考えるなら、それは幻想にすぎない。ロシア人が怖がっているのは事実だ。」

◆西側諸国の「戦争疲れ」が心配だ

戦争の開始から4カ月が経ち、西側諸国のウクライナ支援の声が徐々に「戦争疲れ」の様相を見せ始めていることを危惧しているというヤーシン氏は、プーチン大統領への譲歩は西側にとって最大の脅威につながる、と警鐘を鳴らし続けている。

「人間の心理は何にでも慣れてしまう。戦争が始まって4カ月経ち、いまは主戦場がウクライナ東部のドンバス地方だ。そうなると、西側諸国の選挙民にとっては、『第三次大戦が始まりかねない。プーチンが核のボタンを押す可能性がある。それをみんなでとめよう!』という呼びかけは意味をなさない。
西側の選挙民たちが徹底的にウクライナを支持しようと強い気持ちになっているとは思えない。西側の政治家も市民もこの戦争に疲れたのだ。この複雑な問題をもっと単純に解決できないか、と考え始めている。現在、欧州各国の経済は悪化している。だが、プーチンに譲歩すればするほど、欧州の安全保障や経済的安定は脅かされることになるだろう」。

◆プーチン大統領周辺の滑稽な出世争い

ヤーシン氏は、アレクセイ・ナワリヌイ氏の支援活動を続けている。プーチン大統領をはじめとするロシア政財界の汚職と不正を暴き、クレムリンによる毒殺未遂にあいながらも2021年1月モスクワに戻って逮捕され、今は獄中にいる反体制政治家だ。
ヤーシン氏の指摘するプーチン独裁の仕組みは、この政権だけでなく、腐敗していくあらゆる権力の仕組みの本質を突くものだ。

「独裁の本質は、20年も権力の座についていれば、その権力者の周りには、反対したり失敗を指摘したり、その決定がもたらすかもしれない最悪の結果について事前に助言する人など残るわけがないということだ。権威主義的リーダーが20年も権力を維持していれば、まわりに残るのはすべてにおいて同じ意見で首を縦に振る人間か、権力者の決定を誉める人しかいなくなる。そうなると決定の仕組みが意味を失う。なぜならば、決定が批判されないということは、その最悪の結果について考えを巡らすことができなくなるからだ。
今回の電撃作戦が失敗したのもそのためだ。プーチンは、フェイクなウクライナという国のフェイクな軍隊など2,3日で何とかできると思ったのだろう。そしてみんな『うんうん』と首を縦に振った。そうしたら現実にぶちあたった。

ロシア政界で成功する唯一の方法は、徹底的に権力者に忠誠を尽くすこと、プーチン以上にプーチンになることだ。プーチンが何を望んでいるのかを忖度し、プーチンが憎んでいる人びとがいるのなら、その人たちをプーチン以上に激しく憎む。もしプーチンがあるアイデアを好んでいるのなら、そのアイデアにとことんのめりこみ、声を大にして宣伝する。プーチン自身よりもプーチンにならなければならないのだ。プーチンの周囲の人びとが『誰が一番プーチンか』を競い合う。笑えるが、これが出世の方法だ。普通の人間ならこういう競争は軽蔑するだろうが、プーチンは20年間権力の座にいた結果、自分に反対する人間をひとりも容赦しなかったし、自分に近くなる人間を意識的に引き上げてきたのだ」。

◆戦艦「モスクワ」で死亡した兵士の父は…

では、ロシア国内に、モスクワに残って何ができるのか、何をするつもりなのか。ヤーシン氏はこう答えた。

「批判的な大衆世論を作り出すことがきわめて重要だ。『戦争に反対するのは一握りのごく少数、大多数は軍国主義者で戦争支持者』というのは、そう思い込まされているだけで、一人一人が自分の近しい人とチャットで意見を交換するなりして、居心地のいい言論空間を作り出すことが大切だ。そして手元にあるコミュニケーション手段を何でもいいから使って情報を交換し合って拡散することだ。
いまのロシアの問題は、ゾンビ化を目的とするメディアが独占的に世論を操作していることだ。だからオールタナティブ(別の選択肢がある状態)なメカニズムを作る必要がある。
ジャーナリストはみんなユーチューバーになったが、これはテレビとの戦いなのだ。もしこの情報戦で負けさえしなければ、ロシアにも未来がある。なにしろオールタナティブな情報を拡散する方法を獲得することだ。
沈没した戦艦「モスクワ」に乗っていたある兵士の父がいる。この父親は戦争当初は熱烈な戦争支持者だった。『退却するな。攻撃だ』という人だった。息子が戦死するまでは。
戦争が自分の生活や運命に直接関わってこないうちは、戦争を論じることも、熱中することも簡単だ。テレビの中だけで自分に悲劇が起きないうちは。ただ戦争が自分の家に入ってきて、自分自身や近しい人に及んできた途端、みんな目が開かれる。近しい人を失うことは恐ろしいことだ。」

◆戦争反対の声をモスクワで響かせることが大切なのだ

ヤーシン氏は、恐怖心と闘いながらも、モスクワに残って戦争反対のブログを更新し続ける気持ちを、こう語った。

「もちろん外国へ出ようかとも思った。何度も仲間や家族と話し合った。でも残ることに決めた。簡単な決断ではなかった。友人もたくさん逮捕された。市議会の知り合いの議員は、『軍事侵攻』が進行中なのだから、市の祭りは延期したほうがいいと発言し、収監された。もう1カ月も、4人部屋に6人で押し込まれている。でもわたしにとって、祖国はただその名前だけではない。プーチンの反対派だった有力政治家ネムツォフが射殺され、ナワリヌイが毒物で殺されかけて、それでもロシアに戻ってきて、そして逮捕されて――そうしたことの後では、誰かがロシアに残らなければならない、と思った。戦争反対の声をモスクワで響かせることが大切なのだ。
いつ口をふさがれるかはわからない。でもモスクワから戦争反対の声を上げられる限りは、その可能性を利用したい。残っていて何か得になることがあるのか、とよく聞かれる。でもこれは心の決断、信念の問題だと思う。もし外国に出ると、自分が心理的にキツイだろうと思うのだ。リスクは伴うけれど、自分の祖国、自分の故郷にいるほうが、正常でいられると感じられるのだ。ここに残っていると、自分のブログを見てくれる人がいることに勇気をもらえる。政治団体や臨時政府は海外に持っていけるだろうが、ロシア全部を海外に持ち出すことはできない。ここはわたしたちの大地だし家だ。ここに残って恐怖を克服しながら戦争反対を表明すること自体が、わたしにとっての『戦い』なのだ」。

ANN元モスクワ支局長 武隈喜一(テレビ朝日)

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