「あなたは口座開設します」…日本人狙う“ロマンス詐欺”中国人グループの拠点はタイ[2022/08/12 18:00]

 タイ警察の捜査員が見せた携帯電話をのぞき込むと、そこにはLINEのトーク画面が表示されていた。「これも日本語だろう?何て書いてあるんだ?」と尋ねられた。
やりとりは男女間のものとみられ、お互いの顔写真を送っているようだ。
「若くてかっこいいですね」
「梨菜さんもお願いします」
「とてもかわいいですね」…日本人とみられる男性とLINEでやり取りしていたのは、女性になりすました“ロマンス詐欺”グループだった。

■貸切リゾートホテルは“ロマンス詐欺”の拠点だった

 タイ北部・チェンマイ。その中心部からさらに2時間ほど車を走らせた先に、農地が広がる地帯がある。トラックやバイクがときおり行き交う、のどかな風景の中にぽつんと建つリゾートホテルが、日本人を巻き込んだ“ロマンス詐欺”の拠点になっていた。

 「不審な人の出入りがある」との情報提供をもとに、タイ警察はこのホテルをマークしていた。電気やインターネットの使用状況などを慎重に調べ、何らかのオンライン詐欺行為が行われていると判断。5月下旬、拠点の急襲に踏み切った。

 そこにいたのは中国人20人とタイ人4人、合わせて24人だった。大部屋にはパソコンが並び、まるでオフィスのようだ。それぞれのデスクの上には、携帯電話が並べられていた。この拠点から、244台の携帯電話が押収されたという。タイ警察はグループのメンバーを立ち会わせ、その場でパソコンや携帯電話のデータをチェック。すると、大量のLINEのやりとりが見つかった。そのほとんどは日本語だったという。

取材班は、押収されたLINEのやりとりをもとに被害に遭ったとみられる複数の男性にコンタクトをとった。突然の問い合わせに、男性らは驚いた様子だった。現金を振り込んでしまい、被害にあったことは誰にも相談していなかったからだ。このうち、神戸市に住む50代の男性はタイには全く心当たりがないと話した。なぜ騙されてしまったのか?
 
■「誰にも相談できず泣き寝入りしようと思っていた」

6月の日曜日。
多くの家族連れが行き交う神戸市の中心部で被害者の男性Sさん(50代)と取材班は接触した。

黒い半袖のTシャツを着て現れたSさんは同居する妻子に気づかれないよう、慎重に待ち合わせ場所にやって来たという。 Sさんは喋りには自信がないと言うものの、理路整然と“ロマンス詐欺”の被害について話し始めた。
タイでこの事件について取材していた記者から5月に連絡があった時、Sさんは「いかがわしいとすぐさま警戒した」と語った。かつて先物取引詐欺の被害にもあっていたらしく、赤の他人が突然連絡してくることに「また、騙されるのでは」と怪しんでいたという。
しかし、Web上で記者の名前を確認できたので、今回の取材を受けることに決めた。
「誰にも相談できず泣き寝入りしよう」と思っていた矢先のタイからの知らせだった。

■“春奈”の手口 「彼氏と言って口座開設して…」

Sさんは4月、英会話の相手を探すために登録した海外の出会い系アプリで“天辺の雲”というニックネームの35歳の“女性”と知り合った。写真をみて、お互い気に入れば、メッセージ交換できるアプリだった。
2人はアプリ上で簡単なやりとりを始める。そこで相手は“春奈”と名乗った。その後、LINEのアカウントを交換し頻繁に連絡をとり合うようになる。

Sさんと“春奈”との間で交わされたLINEでのやりとりをみせてもらうと、そのメッセージの量に驚かされる。スクロールしても次から次へと出てくるのだ。

「私の両親は日本人です。私は子供の頃父が商売に、失敗して、最後にカナダに行きました。」
「私は東京の外資系企業で働いており、自分もここで甘い店を開いています。」
「甘い店は自分で毎日見る必要はない」

スイーツ店を「甘い店」と表現するなど、日本語がところどころ不自然なものの“春奈”がSさんを信用させるために自分の経歴を丁寧に説明していたことがわかる。

Sさんは仕事が終わった後に、“春奈”と連日1時間程やりとりしていたというが、一度も電話は繋がらず、“春奈”の肉声を聞くことはできなかった。
しかし、メッセージが比較的すぐに返ってきたことや、写真で顔もわかっていたことから特段、怪しいとは思わなかったという。

Sさんが“春奈”とLINEを始めてからおよそ2週間後、住宅ローンや子どもの養育費などの話題になった。すると、“春奈”は「仕事以外に収入はありませんか?」「投資プロジェクトに触れてみてください」と投資の話を持ちかけてきた。
“春奈”は新宿でスイーツ店を経営しながら、FX取引もしていると説明していて、投資で成功しているような残高のスクリーンショットなどもSさんに見せていた。また、投資で数千ドルの利益を出して、自宅の購入資金にあてたということも自慢していたという。Sさんは「この女性は比較的裕福な人なんだな」と信用してしまう。

その後、Sさんは“春奈”から“アカウントマネージャー”という人物を通して、強引にFX口座を作るように迫られる。

LINEでのやりとり:
春奈:「あなたは春奈の彼氏だと彼女(担当者)に言って、取引所に口座を開設して彼女に口座を開設してもらいます。明日、口座を開設すると伝えて下さい」
Sさん:「分かったよ」
春奈:「ハートマークのスタンプ」

Sさんは促されるままにFX口座を開設。500ドル(当時の相場で約6万5000円)を2回振り込んだ。
“春奈”のアドバイス通りに取り引きしていると、少額でも利益が出た。一方で“春奈”のアドバイスを無視して、自己流で取り引きすると損失が出たといい、ますます“春奈”を信用するようになった。

しかし、急遽まとまったお金が必要となったSさんは、入金してもらうよう“春奈”に依頼。すると、そこから一切連絡がつかなくなり、いつのまにか口座の残高はゼロになっていた。

■「本人が本当に本人なのか…」

これとは別にSさんは、同じ海外の出会い系アプリで知り合ったという“杏子”から紹介された“アカウントマネージャー”と作った口座にも500ドルを振り込んでいて、その口座は操作ができないようになったという。振り返ってみると、“春奈”ルートから紹介された入金口座も“杏子”ルートのものも全く同じだったと言うが、

「あやしいなと思いながらも利益が出ていたので何もしなかった」
「少額でできるところが自分の油断を生んでしまった」

“春奈”の写真が映るLINE画面を見ながら、Sさんは後悔の念を語る一方で、
「連絡がつけば、今の状況を教えてほしいと。(春奈)本人が本当に本人なのか分からない状態。」
タイで大規模摘発があり、“詐欺集団に”騙されていた可能性が極めて高いという現実を完全には受け止められない様子だった。

■美女の偽アカウントの先には中国人グループ

神戸のSさんがSNSでやり取りしていた画面の先は「春奈」ではなく、タイ・チェンマイのリゾートホテルを拠点にした中国人グループだった。メンバーのほとんどは日本語を全く話せない。タイ警察は、翻訳プログラムを使用して日本人男性とコミュニケーションをとっていたとみている。 「春奈」 の日本語がたどたどしかった理由もこれなら説明が付く。

押収された彼らのパソコンのフォルダには、大量の女性の写真が保存されていた。摘発されたメンバー24人のうち、女性は2人だけ。当然、LINEアカウントの画像とは顔も全く違う。女性の写真はSNSから勝手にダウンロードしたのだろう。

ドライブ中とみられる写真や桜、夜景、料理、犬の写真なども見つかった。ターゲットとのやり取りの中でこうした画像を巧みに使い、「存在しない女性の生活像」をつくりあげていたのだろうか。他のフォルダからは高級車や札束、女性物の下着などの写真も確認された。投資で稼いでいるように見せ、あるいは相手の下心なども利用しながら、うまく投資に誘導していたとみられる。

投資に誘うテクニックもグループ内で共有されていたようだ。押収されたパソコンから見つかった資料には、13ページにわたりびっしりと中国語でセールストークの文言集が書かれていた。
「リスクを恐れるのではなく、リスクコントロールが重要なのです。車の運転と同じ。スピードを出してもうすぐぶつかりそうな時に、ブレーキをかけなければ交通事故になるが、ブレーキをかけるようにリスクをコントロールすれば、事故は避けることができる」

迷う相手の背中を押すような具体的な文言も書いてある。それだけではない。
「Q:興味がない A:時間をかけて勉強すれば、きっと投資の魅力に気づくはずです」
「Q:じっくり考えたい A:優秀なビジネスマンはチャンスを手放さない。チャンスに即応すれば、だれよりも早く成功できます。あまり心配し過ぎずに、できるだけ早く最初のトライをするのがいいと思います」
「Q:妻に相談すべきか A:ビジネスで一番大切なのは、その瞬間をつかむ決断力です。奥さんに決断力があれば、正しい判断に導いてくれますが、もし優柔不断であれば、損してしまうかもしれません」
 などという20問以上の想定問答集も含まれていた。 中には「ニュースでは顧客に損失をもたらす詐欺師も多くいると報じられている。こうした人たちは業界のクズです。この業界に悪影響をもたらしている」「パートナー選びは慎重に行うべきです」などと、自分たちを棚に上げるような表現もみられた。
 こうした資料をマニュアル代わりに相手を勧誘していた様子が想像できる。

■貸切ホテルで12時間労働 「数」で被害積み上げ

 このようなうまいセールストークがあったとしても、そもそも一度も会ったことのない異性との不自然な日本語でのやりとり…怪しさはある。たとえ投資話を持ち掛けられても、応じる人はそれほど多くはないだろう。
この疑問に対し、タイ警察は摘発されたグループは「数」をこなすことで被害者を積み上げていたと指摘する。

 警察の摘発時、表示されていたパソコンのモニターには、いくつものLINEの画面が開いていた。同時進行で複数の日本人とLINEのやりとりをしていたとみられる。警察によると、摘発されたグループのメンバーは、貸切ったホテルの中で寝泊まりし、平日は午前9時から午後9時、土日は正午から午後5時まで大部屋で詐欺をはたらく、まるで会社員のような規則正しい生活を送っていたという。
 20人以上が1日中ターゲットを探し、多くの日本人とのやりとりをひたすらに“仕事”のようにこなしていく…ほとんどの人が騙されなかったとしても、100人に1人、1000に1人でも騙される人がいればよいという考え方なのだろう。

「春奈」「梨菜」「奈子」「晴子」「杏奈子」…日本女性風のアカウントとは少し印象の異なるアカウントが、押収されたパソコンから確認された。ポーズを決めたビジネスパーソン風の女性のアイコン「Behler(ベーラー)」。Sさんの話していた“アカウントマネージャー”だ。口座を管理するとうたい、被害者に現金を振り込ませる役回りなのだろう。やりとりを見る限り、口座開設の代行を口実に、個人情報を吸い取っているようだ。「13万円」「10万円」…口座への入金の名目で男性側から送られてきた明細票の写真も複数確認できた。摘発されたグループが指定した口座に振り込んでしまっている。
取材班が接触した男性らは、いずれもこの「Behler」を名乗るアカウントと具体的な送金のやり取りをしていたという。

■なぜ日本人をターゲットに? 背景に「便利さ」が

 今回摘発されたグループには、日本人はいなかった。それなのになぜ、日本人が狙われたのだろうか?今回の事件の捜査を指揮するタイ警察の幹部は、日本の「便利さ」が背景にあると指摘する。多くの人がLINEなどのコミュニケーションツールを普段から使っているため、そもそも顔を合わせないコミュニケーションにつなげやすいという。
また、日本でもサービスが普及しているオンラインバンキングやオンライン投資などのシステムを使えば、被害者の財産を素早く簡単に移動させることができるというのも理由のひとつだという。他人に現金を振り込ませる詐欺の特徴として、相手にゆっくり考える時間を与えないようにする点があげられる。携帯電話上でも可能なオンラインでの投資と騙れば、他人に相談する機会も少なくさせることができる。 

 今回摘発されたグループは、こうして被害者1人あたり10万円〜100万円、わかっているだけで少なくとも10人の被害者から現金をだまし取っていたと捜査当局はみている。
 さらに、被害者が振り込んでしまった日本の金融機関の口座は、いずれも日本人や、ベトナム人と思われる個人名義のものだった。日本側で、犯罪に使われる口座の売買も行われていると推測される。

■国をまたいだ犯行 摘発や被害回復は難しく

「中国人がタイを拠点に日本人を騙す」という奇妙な構図の今回の事件。タイ警察幹部は、「インターネットが使えさえすれば、彼らはどこにでも拠点をつくってしまう」と話す。
また、犯罪組織の指示役やその実働部隊、被害者がそれぞれ別の国にいることで、法の執行が遅れるとも指摘する。今回の事件に照らすと、タイ警察としては日本に住む被害者に直接状況についての確認ができず、被害者の数がつかみにくい。
さらには、騙し取られた現金はタイを介さず、日本の金融機関から別の国に送金されているとみられている。捜査を進めるには国同士の連携が必要となるが、詐欺グループ側もこうした連携には手続きなどに時間がかかるという事情を理解し、あえて国をまたいだ形で犯行を繰り返しているとみられる。

 このような電話やインターネットを使った詐欺はタイで「コールセンター詐欺」と呼ばれ、拠点の摘発が相次いでいる。2019年にはリゾート地・パタヤで日本人の特殊詐欺グループも摘発されているが、主に中国人を中心としたグループが多い。
 監視や取り締まりの強化されている中国を避け、時差も少なく、拠点にしやすい東南アジアが“隠れ蓑”として選ばれているとみられる。

今回、摘発されたグループのメンバーの身柄は今もタイ国内にあり、今後の裁判で事件の概要も明らかになっていくだろう。しかし、事件の構図が明らかになったとしても、被害の回復は見込めない。取材で接触した日本人男性らも、返金の可能性は低いことは理解していた。後ろめたい気持ちもあったのかもしれない。「高い勉強料だった」として警察などへの相談もしていなかった。こうした“泣き寝入り”により被害が明るみに出ないケースは、実際の被害届の数よりもはるかに多いと思われる。

ANNバンコク支局 久須美 慎(メ〜テレ)
テレビ朝日 外報部 所田 裕樹

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