立候補で解雇 選挙結果は改ざんも…統一地方選前のロシアに蔓延「考えたくない」[2022/09/10 10:30]

9月11日に統一地方選を控えたロシア。
ウクライナとの戦争が長期化する中、国内では何が起きているのか。言論弾圧が強まる中での選挙で、市民、経済人、政治家らは、どんな行動をとるのか。ANN取材団が見たモスクワの今を伝える。

■立候補を決断したら解雇された

30歳の女性ナージャさん(仮名)は、9月11日に予定されている統一地方選挙への出馬を決めた。その後に彼女に起こった出来事を打ち明けてくれた。

8月上旬、無所属で出馬すると会社に伝えると、上司から呼び出されたという。野党や無所属で出馬することは、「外国のエージェント」とみなされる可能性があるといわれ、出馬を思いとどまるように説得された。それでも出馬する決意を伝えると職場から解雇を言い渡された。

上司にとっても不本意な決断だったようだ。
「私には会社の経営上の問題はわかりません。ただ、おそらく上司にも何らかの圧力がかかっていたのでしょう。彼らもシステムの犠牲者にすぎません」
彼女は言葉を慎重に選びながら当時の状況を説明した。

なぜ、これほどのリスクを背負ってまで、出馬を決意したのか?
因みに、ナージャさんは「特別軍事作戦」に対する立場は明らかにしていない。あくまで地方議員の仕事がしたい、地域の住民の問題を見つけ、解決の手助けをしたいという。
 
いまのロシアの市民のあり様をこう表現する。「私たちの国は無関心に向かっています。人々は自分のアパートの外で何が起こっても気にしないようにしています」
その状況を変えることが出馬の狙いで、訴えの本質は「立ち上がる」ことだと強調する。
「私のスローガンは『隣人との団結』です。これが実現するとき、ロシアはより良い方向に動きだすと思います」

ナージャさんはいまも集合住宅で地道に集会を開き、ビラをまき、住民らと会話をかさねている。こうした選挙運動を通じて、地域の住民と向かい合うことで、ある変化を感じているという。
「住民と話していると、人々の希望、何かをしたい、生きたいという欲求がどのように目覚めるかがわかります」
特別軍事作戦の是非について直接口にすることはないが、ロシアの人びとが、ウクライナでの出来事から目を背けることを止め、「自分のアパートの外での出来事」に目を向けだした時、大きな変化が訪れるのかもしれない。

■60%が攻撃継続を支持、65%が軍事作戦停止求める?

いまのロシア社会の深刻な実態を浮き彫りにしている世論調査がある。
政府系の世論調査会社によれば、8割近くが「特別軍事作戦」に賛成を示しているというが、政府から独立した研究組織「ロシアフィールド」が行った調査によると、59%が軍事作戦は長期化していると考えており、41%はウクライナ関連のニュースに「うんざり」しているという。
そして、ウクライナへの攻撃を続けることを60%が支持しつつも、65%が軍事作戦の停止を求めているというのだ。

国民は戦争を続けたいのか?続けたくないのか?
どちらとも判別ができない結果について、調査チームはロシア人たちがこの問題について考えることを避けていると分析している。
隣の国で起こっていることから目を背け、「特別軍事作戦」に対して特別な意見を持たず、自らの生活にだけ目を向けているということだ。
さらに踏み込んでいえば、ロシア人にとって「特別軍事作戦」は、「積極的に考えたい」というテーマではないことは確かだ。

ナージャさんのいうように、ロシアの人々が、自分のアパートの外で起こることに無関心でいようとしていることを裏付けている。

■与党「統一ロシア」の重たいドア

一方で、プーチン大統領の足元、政権や支持者の間にも変化が起きているようだ。
政府の官僚が多く住むモスクワ北西部からクレムリンに至る幹線道路、クツーゾフ大通り沿いに建つ統一ロシアの本部には「Z」の文字が掲げられている。だが地区事務所では一部に巨大な「V」の字の垂れ幕を掲げている所もあるにはあるが、ほとんどの事務所に「特別軍事作戦」を支持する証である「Z」は見当たらない。

プーチン政権を支える与党「統一ロシア」のとある地区事務所の鉄製の重いドアは、びくともしない。強くノックをしても、窓越しに大声で呼んでみても誰も出てくる気配はない。ドアの脇の看板には、しっかりとオフィスの営業時間であることが明記されているにもかかわらずだ。

関係者によると、モスクワ市内だけでも146の統一ロシアの地区事務所が存在している。地区にまんべんなく構える事務所は一見、政党基盤の強さの証拠のように映る。しかし、9月11日の統一地方選が1カ月後に迫っているにもかかわらず、職員は1人もいない。
プーチン政権の土台となる統一ロシアこそ、ほかのどのような組織よりも「特別軍事作戦」の正当性を主張し、国民世論をたきつけるのが役割だと思っていると拍子抜けする。

この状況について、野党「ヤブロコ」の市議会議員は、こんな話をしてくれた。
「統一ロシアの議員も愚かではありません。多くの人はまともです。彼らの多くにとって、特別軍事作戦は、衝撃的で悲劇的なことでもあったのです。しかし、それを口に出すことはできません。だから私の同僚である市議会議員らでさえこの話題に触れないように、非常に注意深く、静かにしています。統一ロシアの議員たちは「Z」の文字を身に着けることもしません。これはとても興味深い現象です」

野党議員の言葉をそのまま受け入れることは控えるべきかもしれない。
ただ、統一ロシアから積極的な戦争賛成への支持が見えてこないのは事実だ。

さらに統一ロシアが地盤沈下を起こしているという実態も明らかになりつつある。

■実際の党員の数は6割少ない?

統一地方選を1週間後に控えた9月2日、ロシアの大手経済紙「RBC」は、統一ロシアの実際の「支持者」の数は、公表されているものの4割しかいないということを明らかにした。
統一ロシアが管理する支持者名簿を内々に整理し、党に不誠実と見なされる人物や、データが古いとみられるものを排除したところ、2500万人から約1000万人に減少したと報じたのだ。記事によれば、この整理は、今年2月から始められたという。

すでに亡くなった人物や、存在していない電話番号で登録している者、さらに、ソーシャルネットワークを分析し、たとえばプーチン氏の政敵であるナワリヌイ氏を支持していることが判明した場合も削除していったという。その結果、6割の名前が消されたというのだ。

統一ロシアは、2024年の大統領選挙までに、支持者を3000万人に増やすことが課題だとされている。
野党議員によれば、モスクワ市議会でも、統一ロシアの議員が「特別軍事作戦」にふれることはほとんどなく、日々の経済問題などが話題の中心だという。さらに、日々議会などで接するソビャーニン・モスクワ市長についてさえこう指摘する。

「ソビャーニン市長はプーチン大統領の部下です。しかし、彼は明らかに特別軍事作戦を支持していません。慎重に行動しています」

ソビャーニン氏は、ロシア大統領府の長官も務めたプーチン氏の側近である。
モスクワ市民のみならず国民からの人気も高く、ポスト・プーチンの候補ともされる人物だという点は重要だ。

■「経済は大丈夫だ」なんて信じられない―

実は、ソビャーニン市長に限らず、オリガルヒや元政府高官など、いわゆるエリート層の間でプーチン大統領に対する疑念や不満が高まっていることは、ロシアの独立系メディアでもたびたび指摘されている。
多くのオリガルヒは侵攻の開始と同時に国外に脱出し、あからさまにプーチン政権を批判をするもののもいた。

その一方で、ロシア国内にとどまったオリガルヒの一部は、不可解な死を遂げている。
家族が同時に不自然に亡くなっていることもあり、エリート層からの表立った批判や反論を封じ込めるための暗殺の可能性も指摘されている。

経済制裁の影響はまったくなく、むしろ傷ついているのは欧米側だという主張を繰り返すプーチン大統領に冷ややかな視線を送っている人も少なくない。

かつて政府の要職を務めたこともある男性は「経済は堅調だなどという発言には驚いた。
物価は確実に上がっている。ジャガイモばかりを食べてきた時代に戻ることは目に見えている。なぜ見え透いた嘘をつくのか」と一蹴する。
 
このようにプーチン氏への不信は、政権に近い人の間にさえもじわじわと広がりつつある。

■選挙は世論を左右するか?

「選挙結果の集計で何が行われるのかは分かりません。ブラックボックスです」
野党候補は、ため息交じりに、選挙結果は改ざんされ、統一ロシアが圧倒的に勝利するだろうという。

前述の通り、野党候補は、立候補の段階から圧力をかけられ、選挙が始まる前から、野党は候補者を立てられないという事態に直面した。

立候補者自体も激減している。モスクワ市でも立候補者数は4年前の前回に比べて、8330人から7326人まで、およそ1000人も減ったのだ。

さらに野党側は投票結果が書き換えられるとも懸念している。
特に、現金や車が当たるなどという賞品を付けてまで政権が利用を推進する電子投票は結果の改ざんが行われていると繰り返し指摘をしている。

例えば、昨年の下院議会選挙では、投票所では野党候補が勝利していたにもかかわらず、集計結果が遅れに遅れた電子投票の集計を足したところ、一気に与党候補が逆転するケースが多発し、疑惑が深まった。
国営企業などでも、上司の目の前で電子投票するよう強要された職員の証言もでてきている。彼らは仕事に支障が出ないよう、上司に与党候補に入れる様子を見せざるを得ない。

厳しい弾圧の元で行われる選挙で、これまで述べてきたようなロシアの社会に充満しつつある不満が表に出るきっかけにできるかはわからない。

それでも野党議員は選挙を戦うことの意義を強調する。反政権票が積みあがることが、当局へのプレッシャーとなり、流れを生み出す可能性に期待を込める。
「選挙は市民がウクライナへの侵攻を支持していないことを当局に示す機会になります。選挙は当局の行動に影響を与える可能性があります。他の方法を私は知りません」

画像:統一地方選の投票所

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