「今ならやれる」と指令か…北朝鮮ミサイル発射 核実験“強行”の可能性は?総力解説[2022/10/04 23:30]

北朝鮮が4日朝、弾道ミサイルを発射しました。青森県上空を通過し、太平洋に落下したとみられています。日本上空を通過するミサイルは、5年ぶりのことです。

防衛省によりますと、発射されたのは午前7時22分ごろ。北朝鮮内陸部から中距離弾道ミサイル1発が東方向に発射されました。

午前7時28分〜29分ごろにかけて、青森県の上空を通過し、7時44分ごろに日本の東約3200キロのEEZ(排他的経済水域)外に落下したということです。

発射されたのは『火星12』と同型の可能性があるとしています。

最高高度は約1000キロ、飛距離は過去最長の約4600キロに及んだということです。

『火星12』は、液体燃料方式で射程約5000キロ、過去4回(2017年に3回、今年1月に1回)発射されています。

◆朝鮮半島情勢に詳しい慶應義塾大学・礒崎敦仁教授、安全保障が専門の東京大学先端研専任講師・小泉悠さん、政治部官邸キャップ・山本志門記者に話を聞きます。

【軍事力強化の狙いと“最終目標”は】

(Q.今回の発射で注目されるポイントはどこですか?)

小泉悠さん:「仮に火星12だとすると、5000キロくらい飛ぶだろうと言われていましたが、従来は高く放り上げる『ロフテッド軌道』で打っていたので、実際にどれくらい飛ぶか実証されていませんでした。今回、フル射程に近い射程で撃ち、実際にグアムまで射程に入ることを実証してみせたことが大きいと思います」

(Q.グアムは、アメリカ軍が東アジアに向き合う拠点としての意味合いがありますか?)

小泉悠さん:「これまで北朝鮮が開発してきたミサイルを見てみると、恐らく沖縄を狙うもの、グアムを狙うもの、ハワイを狙うもの、アメリカ本土を狙うものと、ターゲットを明確にシリーズを作ってきた感じがします。今回、そのなかの真ん中くらいの射程、グアムを狙うミサイルをフルスペックでテストしたということで、今度はハワイを狙えるミサイルをフルスペックでやる可能性も考えられます」

(Q.今年1月に発射した『火星12』はロフテッド軌道、今回は通常軌道でした。取るデータに違いはありますか?)

小泉悠さん:「本来は通常軌道で使うものですから、兵器としての試験であれば、通常軌道で撃ってみたいのだと思います。最終的に核弾頭が大気圏に再突入してきますが、ロフテッド軌道だと大気の中を通る時間が短く、通常軌道で撃つと大気の中を長い時間通るので、熱にさらされる時間が長くなります。核弾頭がそれだけの期間、熱にさらされてもつのかどうか試したいのだと思います。実際、これまで北朝鮮の核・ミサイル能力のなかでも、この部分が一番実証されていないのではないかと言われていました。ただ、北朝鮮は最近、弾道ミサイルの先端に複数の弾道を載せるとか、コースを変えられるような弾頭を載せるなど、色々なことをやっています。そちらの実験が行われた可能性も捨てきれません。最終的にどういう実験だったのか。その情報待ちです」

(Q.立て続けにミサイルを発射する意図は何だとみていますか?)

礒崎敦仁教授:「まず中期的な目標が立てられていると。去年1月に朝鮮労働党第8回大会で、金正恩総書記自らが、国防力強化・核ミサイル開発の大号令をかけています。それをさらに強化していこうと、何度も確認しています。特に今年1月に入ってからは断続的に、精度の良い多様なミサイルを作って、配備していく動きが明確にみられます」

(Q.米韓合同演習に対する反発という見方もありますが、計画に沿って着実に進んでいるとみたほうが良いですか?)

礒崎敦仁教授:「短いタイミングで、日米韓への反発という意図もあるでしょうが、北朝鮮は中長期的に物事を考えています。重要なのは、アメリカとの交渉が没交渉状態だからこそ、堂々とできることです。交渉が始まったら、北朝鮮も自制せざるを得ない時期がくるかもしれません。金正恩政権の10年間で、北朝鮮が核実験・ミサイル発射実験を1度も行っていない年は、2018年だけです。2018年はシンガポールで初めての米朝首脳会談があり、対話をやっている年は1発も撃てなかった、自制せざるを得ませんでした。今のように交渉をしていない状況だからこそ、軍事力を強化している段階です」

(Q.バイデン政権の足もとを見ているところもありますか?)

礒崎敦仁教授:「バイデン政権は交渉があったこともない政権です。今は遠慮なく撃っている感じがします」

(Q.北朝鮮は軍事的強化の目標はどこに設定していて、今どの地点にいるのでしょうか?)

小泉悠さん:「いずれにしても北朝鮮の経済力や工業力を考えて、アメリカ・ロシア・中国のように、ものすごい数の弾道ミサイルを持てるとか、原子力潜水艦を何隻も持てる可能性はありません。恐らく北朝鮮の核戦略としては、有事にアメリカを滅ぼすことはできなくとも、政治的に受け入れがたい打撃を何発か与えることを目標にしていると思います。大都市1つか2つに確実に核弾頭が落ちる状況ができれば、アメリカに対して一定の抑止力になるだろうというのが、現実的なゴールだと思います。そう考えると、北朝鮮の国防5カ年計画というのは、理にかなっていると思います。ただの弾道ミサイル、ロケットで核弾頭を加速させるだけのシステムは2017年中におおむね実証ができました。今度はアメリカに迎撃されにくい、コースを変えられる弾頭や、複数の弾頭を搭載できるようにするということは、国防5カ年計画の中ではっきり言っています。核兵器を戦術兵器化するということですから、もっと小さな核弾頭を作って、朝鮮半島内で使えるようにすることも考えられます」

【日本政府の想定は】

(Q.今回のミサイル実験は、日本政府にとって想定内でしたか?)

山本志門記者:「官邸では、想定内という見方が大勢です。実は先週末、官邸幹部に取材しましたが、『北朝鮮は現在、一連のミサイル計画を進めている。今は短距離が多いが、これからICBM、SLBMなど、だんだん長いものをやってくるので覚悟が必要』だと分析していました。そういう意味では、その通りになったのだと思います。ただ一方で、防衛省関係者に話を聞くと『日本列島越えは率直に驚いた。アメリカを刺激することにもなるし、これまで政治的に自制していた部分もあったと思うが、今回タガが外れた感じで、これからどこまでエスカレートするのか心配だ』といった見方も出ていて、日本列島の上空を通過したことについては、驚きを持って受け止められている部分もあります」

【核実験“強行”の可能性は】

(Q.北朝鮮が今後、核実験に踏み切る可能性はありますか?)

小泉悠さん:「そこは政治的な話ではありますが、北朝鮮が宣言しているように、弾道ミサイルに複数の弾頭を積みたい、戦術兵器化したいということであれば、小さい核弾頭が必要になります。現状、6回の核実験で、大きなロケットに積めるくらいに水爆を小型することができました。もっと小さいものを作るとすると、7回目の核実験がしたいのではないかと思います。ただ、核実験を行うのは非常に政治的に波紋を広げます。いつやるかは政治指導部の判断にかかっていると思います。今回、中距離弾道ミサイルを、日本を越えてフル射程で撃ったのは、政治指導部から『今ならやれる。今やれ』という指令があったのではないでしょうか。そう考えると、今、北朝鮮の自制が弱まっているように見えます。これまでも北朝鮮は、重要な実験などをやる時は一気にやる傾向があると思うので『今やれるうちに色々なことをやってしまえ』という話になっている可能性はあります」

(Q.核実験はいつ行われると思いますか?)

礒崎敦仁教授:「金正恩国務委員長の判断によりますが『すでに核実験の準備は完了状態にある、秒読み段階である』と言われたのは今年5月で、そこから5カ月ほど経っています。なぜ3月にICBM実験を再開し、今回のようなミサイル発射実験も、アメリカに遠慮なくやっているのに、核実験だけ自制しているのかをみると、やはり中国の目を気にしているということです。忘れてはならないのは、2017年9月までに4回の核実験を金正恩政権は強行してきましたが、2017年まで金正恩国務委員長は、習近平国家主席と一度もあったことありません。労働新聞が中国を名指しで批判するくらい中朝関係が悪化していたからこそ、核実験を強行できた。さらに、中朝関係が悪化する。この繰り返しでした。中国がミサイル発射実験に目をつぶってきましたが、北朝鮮の核実験・核開発には明確に反対しています。北朝鮮はこれを気にしているということです」

(Q.中国も10月は大事な時期になりますね?)

礒崎敦仁教授:「党大会が控えているので、その前まではないだろうとみられています。ただ、状況はその後も変わらないように思います。最終的には、軍事的な利益を取るか、中国の目を見て外交的な利益を取るか。中国の存在は今、ワクチン・医薬品を手に入れるなど、様々な状況から重要であるように見えます」

【北朝鮮の外交戦略】

先月、アメリカ国防省のライダー報道官は「ロシアが北朝鮮に弾薬を要求している兆候。
ウクライナでの戦況を示している」と述べました。

これに対し北朝鮮は、朝鮮中央通信を通じて「これまでロシアに武器を輸出したことはなく、今後も計画はない」と否定しました。

また、4日の朝鮮中央通信では、北朝鮮外務省が、ロシアによるウクライナ4州の併合について「支持する」とコメントを出しました。

(Q.北朝鮮はロシアに接近しているように見えますが、どう考えていますか?)

礒崎敦仁教授:「思いっきり、すり寄っていますね。これは北朝鮮の国際環境認識で、去年秋に金正恩国務委員長の口から始めて『新冷戦』という言葉が出ました。中国とロシアがバックにあるんだという感覚です。しかも、9月8日の施政演説では『世界がアメリカの一極化から、多極化している』という表現が出ています。北朝鮮はロシア・中国に必要によってすり寄って利用したいと思っている。ただ、ロシアが本当に恩義を感じているかどうかは別の問題だと思います」

【日本の対応と抑止力の“現在地は”】

(Q.日本政府はどう対応していきますか?)

山本志門記者:「これまで以上に、日米・日米韓・日韓の連携が重要になってきていると思います。政府高官によれば、本来は国連の安保理に働き掛けをして、北朝鮮への制裁を強めていきたいところです。ただ現状、中国・ロシアに否決されるため、安保理は機能不全に陥っています。北朝鮮のミサイルは、最近は移動式だったり、潜水艦からであったり、
日本だけでは探知しにくいミサイルもあるので、アメリカや韓国などとの情報連携も含めた、日本の外交上の努力がより一層大切になってくると思います。そのうえで、ある防衛省幹部は、ミサイルの迎撃を念頭に『守りはコストがかかりすぎる。抑止力のためにも打撃力が必要だ』と話しています。政府・自民党で検討が進められている、いわゆる“敵基地攻撃能力”を保有すべきというムードに弾みがついているのが現状と言えます」

(Q.日本が東アジアの火種に対応するうえにおいて、大事なことは何だと思いますか?)

小泉悠さん:「北朝鮮の脅威が上がっていることは間違いありませんので、我々の防衛体制もアップグレードしなければならないと思います。ただ、北朝鮮のミサイルは全部移動式で、潜水艦発射型も作っているため、こちらも同じものを持てば、撃つ前にたたけるという敵基地攻撃論はそもそも破綻していると思います。北朝鮮の脅威に対抗するイコール、敵基地攻撃論に流れていくのは、非常に違和感があります。我々が持っている色々なオプション、米韓との協力など、もっと幅広に検討できるのではないかと思います」

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