ポスト・プーチン狙いか 何者?「ワグネル」創設者 プリゴジン氏 本拠地の謎のカフェ[2022/11/23 10:30]

ロシア・プーチン政権のなかで急激に存在を高めているのが「プーチンの料理人」と呼ばれるエフゲニー・プリゴジン氏だ。
民間軍事会社「ワグネル」の創設者であるプリゴジン氏は、これまで「影」の存在だった。それが最近、表の発信を強化している。

なぜ、表舞台に出始めたのか?
西側諸国はプリゴジン氏が政治的な地位を確立しつつあるとみていて、ロシアの独立系メディアなどは、プリゴジン氏が、ポスト・プーチンを狙っているのではないかと警戒している。
 「ワグネル」の活動を伝えるSNSが脱走を告白する兵士の頭をハンマーでたたき割る残忍な映像を公開し、プリゴジン氏がそれを称賛したことは記憶に新しい。もしプリゴジン氏がポスト・プーチンとなれば、事態は一層悪化する危険性がある。

プリゴジン氏は一体どのような人物なのか。
そして本当にポスト・プーチンを狙っている可能性はあるのだろうか?

プリゴジン氏、そしてプーチン大統領の地元、サンクトペテルブルクを歩いた。

■プーチン氏とプリゴジン氏

プリゴジン氏は1961年レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)生まれで、ソ連時代に強盗や売春斡旋などで9年間、服役している。
ホットドック屋から始めた商売を拡大し、地元で「ニューアイランド」という洋上レストランを始めた。
このレストランはプーチン大統領のお気に入りとなり、2001年にはフランスのシラク大統領、翌2002年にはアメリカのジョージ・ブッシュ大統領との会食の会場に選んでいる。2003年にはプーチン氏は、自分の誕生会もここで開いた。

「ニューアイライド」でプーチン氏との関係を深めたプリゴジン氏は、行政やロシア軍との関係を築き上げ、学校給食やロシア兵士への配給なども請け負うようになる。
その後、2014年に傭兵を集めた民間軍事会社「ワグネル」を創設した。
なお、西側諸国はワグネルについて、アフリカやシリアで残虐行為を行ってきたとウクライナへの侵攻以前から危険視し、批判してきた。

■週末だけ開く謎のカフェ 足を踏み入れると…

プーチン大統領の故郷サンクトペテルブルクを流れるネバ川――。
記録によると、プリゴジン氏の洋上レストンラン「ニューアイランド」の住所は、ウニベルシチェースカヤ・ナーベリジナエ通り15番地となっている。
当時の写真を手掛かりに近くの岸辺を探してみると、船の係留に使われていたとみられる数本の太い杭が川面から飛び出している場所が見つかった。
ここが「ニューアイランド」が停泊していた場所のようだ。

プーチン大統領とプリゴジン氏の関係が始まったその岸辺から目と鼻の先にある同じ通りの25番地に、最近、週末の夜だけ開く「カフェ」がオープンした。
一面ガラス張りのカフェだが、目立った看板はない。ガラスもブラインドが完全に下ろされ、店内がのぞけないようになっている。
人を寄せ付けないたたずまいにもかかわらず、土曜日の夜6時を過ぎると、一人、また一人と吸い込まれていくように、カフェに入っていく。

店に足を踏み入れると、50代くらいのショートカットの女性に出迎えられる。
「このカフェのことをどこで知りましたか?」
初めて訪れたとおぼしき客に女性はそう話しかけてくる。
「SNSで見ました」
「そうですか。これからも是非いらしてください。どうぞ」
女性は、感じよく店内に通してくれる。
「イベントは間もなく始まります。好きなものを注文してください」
メニューにはハンバーガーやポテトなどが並び、値段も良心的だ。

ただ、異様なのはそのネーミングだ。
ハンバーガーは「バイデンの嫉妬」、チーズバーガーは「NATOの敵」となっている。
壁にあるスクリーンには絶えず発射されるミサイルや戦闘機など、ウクライナに攻撃をするロシア軍の映像が流されている。
客の多くは慣れた様子で、これまでにもよくこのカフェを訪れているようだ。
イベントの司会をしている女性によれば、プーチン氏を支える与党「統一ロシア」に所属している若者もいるという。

■カフェで始まった“政治イベント”

店内が50人ほどの客で満たされたころ、ゲストスピーカーによる講演が始まった。
テーマは毎回異なるが、ウクライナへの侵攻に関することや、ロシアとウクライナの歴史を巡るものだ。
小難しいテーマでも、老若男女問わず真剣に聞き入っている。
講演後は、参加者もマイクを握り、ロシアの正統性をアピールする主張を語る。この日も夜が深まるまで2時間以上続いた。
ネットやテレビなどを通じたプロパガンダとは違い、カフェの中は異様な一体感に包まれる。
カフェの客たちは、プーチン氏が演説で繰り返すように、歴史上ウクライナはロシアの一部であり、ウクライナへの侵攻は正しいものだと確信を深めているようだ。

■謎のカフェのスポンサーはプリゴジン氏か

カフェの主催者団体は「サイバーフロントZ」となっている。
イベントの司会をしていた女性に合間に尋ねる。
「このイベントは、誰が主催しているのですか?」
嫌な顔はしないが、真剣に取り合おうとはしない。
「愛国者が支えてくれています」
女性は上手くはぐらすが、サンクトペテルブルクの地元メディア「フォンタンカ」によると、スポンサーはプリゴジン氏だという。
プリゴジン氏は表向きは否定しているが、フォンタンカによれば、カフェはプリゴジン氏の名義であり、今も関係していることは間違いないという。
プリゴジン氏がこのカフェを運営しているとすれば、その狙いとは何だろうか?

プリゴジン氏は、アメリカの選挙への介入も自ら暴露したように、これまで偽広告や偽情報を拡散してきた“フェイクニュース工場”にもかかわっていたことが知られている。
単にロシア国内で、ウクライナ侵攻を支持する世論を作り上げようとすれば、インターネットで、都合の良い情報を拡散する方が、効率が良いことを誰よりも熟知しているはずだ。
にもかかわらず、サンクトペテルブルクの一等地で毎週末、手間のかかるイベントを開催する狙いとは何なのだろうか?

■プーチン氏の故郷で…権勢拡大中

プリゴジン氏は、プーチン氏と関係を深めたサンクトペテルブルクを足場にしている。
フィンランド湾に面する歴史的地区「ラフタ」は、世界最大のガス生産会社ガスプロムも本社を構える。プリゴジン氏は、この地区の出資にもかかわっている。つまり、プリゴジン氏はロシアでも屈指のオリガルヒ(新興財閥)たちと肩を並べているのだ。
ホテルや“北のベルサイユ”と名付けられた高級な住宅街など、それぞれプリゴジン氏の企業か家族が関係する会社が関係している。

サンクトペテルブルク市中心地の伝統ある高級食材店「エリセエフスキー」も2016年にプリゴジンが購入したとロシアメディアが報じている。
従業員に「この店はプリゴジン氏のものか?」と尋ねると「そうだ」とはっきりとした答えが返ってきた。
1903年に建てられたアールヌーボー様式の建物で、華やかなステンドグラスの窓やブロンズの内装から、この建築物自体が重要な歴史的価値を持つことが見てとれる。
また、市内中心部にある「レッドスターホテル」は、最近、プリゴジン氏の未成年の娘に譲渡されたと指摘されている。娘は西側諸国による制裁の対象になっていないため、制裁回避のためだとみられている。

■表舞台での活動を活発化させる狙いとは?

ロシアでは、2024年に大統領選挙が予定されている。
ウクライナでの戦況が思わしくない中、プーチン氏が再び立候補するのか、それとも別の誰かが名乗りを上げるのか。ロシア国内でも関心が徐々に高まっている。
その最中、「影」の存在としてプーチン政権内での影響力を確立してきたプリゴジン氏は、明らかに意識して表舞台での活動を始めている。

プリゴジン氏は、サンクトペテルブルク市内にワグネルの活動拠点とする「ワグネル・センター」を開所した。11月4日のことだ。
市の中心部にそびえる近代的なガラス張りのビルには「民間軍事企業 ワグネル・センター」と名前がしっかりと記されている。
これまで秘密裏に行ってきた「軍事ビジネス」までも正式に表舞台に出したのだ。

仮にポスト・プーチンを狙っているとすれば、政権内での影響力を高めるだけでなく、資金や活動の拠点が必要になる。
 ワグネル・センターや週末だけのカフェもまた、政治活動のための足場の一つとして準備の一環なのかもしれない。
カフェに集まる人々がこの先、プリゴジン氏を支える集団になるのだろうか。

ANN取材団

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