「N分N乗」効果に疑問の声も 少子化対策の“手本”フランスで聞いたもっと大切なこと[2023/02/11 09:00]

岸田総理が「異次元の対策」を打ち出すなど、注目される少子化問題。議論の中で何度も取り上げられたのが、フランスが先んじて導入している税制「N分N乗方式」です。単純に言えば子どもが増えるほど税負担が減る仕組みで、出産を後押しするとして日本からは「画期的な税制」との声も上がりました。

しかし実際にフランスではどう評価されているのでしょうか。話を聞いてみると「効果は低く、それより大事なことがある」など厳しい意見も飛び出しました。


■「N分N乗」の恩恵を受ける一家

パリから車で1時間弱、戸建てが立ち並ぶ郊外の一角を訪ねました。子ども用のキックボードがいくつも並ぶ小道を通って玄関へ向かうと、マリーアメリさん(35)が笑顔で出迎えてくれました。日当たりのいいリビングでは、机を囲んで長女(7)、長男(4)、次男(2)が紙だけではなく手にもお絵描きをして楽しんでいます。

「子どもが大好きです。それが我が家の大切な価値観です。でも常に大変なことがあるのは事実です。誰かが泣いて、1時間後に別の子が泣いて、また別の子が泣いて……。毎日、小学校、保育園、託児所と3カ所も送り迎えがあるし、うるさすぎて夫がうんざりすることもあります」

同い年の夫はエンジニアで、眼科で勤務するマリーアメリさんの分とあわせて日本円で年に約700万円の所得があります。そこに政府の子育て支援策が受けられ感謝をしているといいます。
「自分が支援されていると感じます。子どもの医療にかかる費用はほぼ無料です。税の優遇もあり、所得税は7万円ほどです。所得の1%ほどだけです」

■「N分N 乗」の仕組み

税額が低く抑えられている理由のひとつが、「N分N乗方式」です。この方式では、日本と違い、個人ではなく世帯ごとの所得に課税されます。所得を家族の人数Nで割って、その額をもとに仮の税額を算出し、その税額に再びNをかけたものが最終的な所得税額となります。
1人目と2人目の子どもは0.5と計算されるため、マリーアメリさんの家庭の場合、夫婦と3人の子どもで、Nは4(1+1+0.5+0.5+1)となります。つまり世帯所得を本来の700万円の4分の1、175万円としていったん所得税が算出されます。所得が175万円なら所得税は最大で11%。その後に再び4倍するとしても、本来の700万円にかかる最大30%より低い税負担となります。ほかの優遇措置を合わせると税額は所得の1%程度になるわけです。

「もしいま所得の30%の税金を払うということであれば、3人目は持てなかったと思います。不可能です。その差は大きなものです」

■「N分N乗」の誕生と歴史

子どもが増えるほど税の負担が減るため、フランスでは1946年、戦争で人口が減ったことへの対策としてこの課税方式が始まりました。それから80年近くたち、パリで子どもを連れた親に聞いても肯定的な意見が返ってきます。

「この制度で税的にはずいぶん違ってくる。子どもを育てるのに役立ちます」
「制度があるから子どもを作りたいと思わせるかどうかは分かりませんが、もっと子どもを欲しい人たちが、経済的な面でブレーキをかけなくて済むことになりますね」

フランスでは女性1人が生涯に産む子どもの推計数を示す合計特殊出生率は1.83(2020年)と、先進国の中でトップクラスとなっています。

<各国の合計特殊出生率>
フランス 1.83
アメリカ 1.64
イギリス 1.56
ドイツ  1.53
カナダ  1.40
日本   1.34
中国   1.28
イタリア 1.24
韓国   0.84
(世界銀行 2020年)

 出生率が高い国を“お手本”にしようと、日本では「N分N乗方式」に注目が集まりました。しかし、現地フランスでの評価は肯定的なものばかりではありません。フランスの人口学の権威エルベ・ルブラス氏は、この制度について「効果は低い」と明言しました。

■人口学の権威との一問一答 「効果が低い」理由とは 

―「N分N乗方式」など税制上の優遇措置は出生率向上に効果がありますか

「効果は低いと考えています。第二次世界大戦後には、優遇措置があった国もなかった国もベビーブームが起きました。その双方で出生率に差はありません。子どもを増やすための経済政策は0.1%の効果しかなかったとの計算があります。
さらに、問題があります。この優遇措置が関係するのは所得が比較的高い層です。世帯数の多い低所得層は払っている税金がもともと少ないため優遇措置でも下がらず、あまり恩恵を受けません。実際のところフランスでは世帯の半数近くが所得税を払っていません。」

―日本では「N分N乗方式」導入の声が上がっていますが

「正しい手法かはわかりません。『子どもを増やせ』と提唱するより社会的な取り組みが必要です。子どもがより平等になるよう逆に最貧困層が恩恵を受けられるようにすべきです。」

―日本の少子化問題の原因は何でしょうか

「それは難しい問題です。東アジアを見れば、日本だけの問題ではありません。中国、韓国などと比べれば、日本の出生率は高いほうです。
考えられるのは、教育費が非常に高いこと、男女間の不平等、家父長制であることです。複数の子どもを持つには、男性、女性双方がそれをプラスなことだと思う必要があります。女性がそう思わなければ実現は難しい。男性優位の家父長制の意識が強いイタリアも同様に出生率は高くありません。」

―日本が出生率を上げるにはどのような解決策があると思いますか

「すべては女性の私生活に対する見方にかかっています。つまり女性にのしかかる“責任の重さ”です。
フランスは長い時間をかけて「家庭と仕事の両立」が可能だという考えをはぐくみ、その恩恵を受けてきました。女性は出産後にすぐ仕事へ戻ることができます。一方で子どもはきょうだいのほか、幼稚園などでほかの家庭の子どもと触れることになります。私たちはそういった交流が子どもの成長に重要だと考えています。女性を家庭に縛り付けるのではありません。」

「たとえば隣のドイツでは出生率はフランスほど高くありません。ドイツでは、出産後すぐに職場復帰する女性を指して“カラスの母親”(子どもの世話をおろそかにする母親の意味)という言葉があります。つまり、それが社会に根付いている精神なのです。フランスではそれを変えるのに1世紀近くかかりました。日本にも行動できるチャンスはあると思います。」

◇◇◇

 今回の取材で印象に残ったのは、少子化対策に「特効薬はない」というルブラス氏の言葉です。実はフランスも安泰といえる状況ではなく、出生率は2014年の2.0から下落を続けています。若者の仕事への不安、結婚年齢や初産年齢の上昇がその一因とされています。つまりフランスにも絶対的な正解はありません。子どもを持ちたい人は持てるようにする社会を作るにはどうしたらいいのか。日本は予断を排し、時間がかかる意識改革も含めて取り組んでいく必要があると思います。

ANNパリ支局長
金指光宏(ABC)

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